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第128話  精霊の気持ち②

 ジェスティードが“加護無し”として教会に連れて行かれてしまった事も気にならないと言えば嘘になるだろう。動揺を隠す為に最初の予定より派手な演出をしてしまった自覚もある。例えクビにされてもジェスティードの側にしがみついていれば、“加護無し”になることは無かったのだ。しかし、やはりそれは無理な話だとも思う。ジェスティードの言葉に確かに自分は傷付いて心が離れてしまったのもまた事実なのだから。


 それに、国王や王族の守護精霊たちとはそれなりに顔馴染みだ。彼らは“王族”そのものを気に入っているはずなので、もしも自分がいなくなってもどうにかなると思っていた。それこそジェスティードの言葉通りに、新しい守護精霊を見繕って連れて来るだろうとさえ思っていたのだ。まさか彼らにさえも見捨てられるとは想定外だったが、これも運命だと受け入れるしかない。


『……これがジェス坊の選んだ道だからなぁ』


 誰に聞かせるわけでもなくそう呟いて、自分の隣にチラリと視線を動かした。今にも倒れそうな青白い顔を見てその心情を察してしまい申し訳なさでいっぱいになってしまった。


 先に馬車に乗り込み、馬車の中をぐるりと見渡してみる。何の変哲もない質素な馬車の内部は少し狭かった。たぶんこの馬車は人よりも荷物を乗せるのに適しているようだ。乗り込んだ途端に扉を荒々しく閉められ、すぐさま走り出したかと思えば途端に揺れは酷くなる。公爵令嬢を乗せていると言うのにクッションのひとつもなく、気遣い的なものなど欠片も無いくらいだ。


 だが以外に誰もいないのは好都合だ。あの教会の人間の守護精霊が見張っているかもしれないと考えたがそれもなさそうである。まぁ、これならなんとかなるだろう。と、御者に気付かれないように精霊魔法を使った。


『……よし、軽くだが結界を張ったぞ。俺様は結界魔法はあんまり得意じゃねぇんだが、これで話し声くらいなら外には聞こえやしねぇだろ。────少し休憩といくかって、おぁっ?!』


「………………」


 苦手分野の魔法だった為に集中していたが、馬車の中があまりに静かなことにハッとする。慌てて振り向くと、そこには揺れる馬車の中で器用に立ち竦むその人物が静かな過ぎるまま俯いていた。微動だにしないその姿は少しゾッとするくらいだ。


『……お、おい!大丈夫か?!』


 その様子に心配になり慌てて顔を覗き込むと、その人物……フィレンツェアお嬢ちゃんの顔は限界とばかりに眉をハの字していた。口を手で覆っていて、震える唇を開いてなんとも情けない声を絞り出したのである。


「は、吐きそうだよぉぉぉ……!」


 そう言うのと同時に、フィレンツェアお嬢ちゃんの姿がぐにゃりと大きく歪み出した。そしてその足元には小さなたぬきがころんと転がり、目を回しているのを見て思わずため息が漏れてしまった。


『……おいおい。こんなところで吐いたら大惨事だぞ、我慢してくれや。あーあ、姿が戻っちまったなぁ。まぁ、頑張った方か……。出来ればこのまま寝かしておいてやりてぇんだが、あとひと仕事やってもらうためにはもう一回変身してもらわねぇといけねぇからなぁ。ほーれ、なんとか起きてくれよ』


「うぅぅ……。途中で何度も気絶しそうになったよぉぉぉ……」


 爪を出さないようにして肉球でそのたぬきの頬をプニプニとつついて起こしていると、その横からまたもや涙声が聞こえてくるのだが……その人物は言うまでもなくもちろんフィレンツェアお嬢ちゃんではない。


『あんたも、もうひと踏ん張り頑張ってくれよ……フィレンツェアお嬢ちゃんのおっとさんよ』


「わかってるよクロくん……可愛いフィレンツェアの為にもなんとしてもアオくんを取り戻さないと……。でも、アルバートくんが王子だなんて聞いてなかったから、すでにびっくりし過ぎてポンコがキャパオーバーになってるんだよぉぉぉ!持ち堪えた方なんだから、もっと優しく起こしてあげてぇぇぇ……ううぅっ」


 その人物の正体はフィレンツェアお嬢ちゃんの父親……ブリュード公爵その人である。そのいかつい見た目からは到底想像出来ないが、守護精霊同様にちょっとしたことですぐに目を回して気絶してしまうのだとフィレンツェアお嬢ちゃんが心配していたのを思い出した。


『まさかこんな臆病で気弱な精霊が、珍しい幻術魔法を使えるなんて俺様も驚いたぜ……。いざとなったら俺様が大暴れしてやるが、頼みの綱はあんたらなんだからな』


 未だにグスングスンと泣きながら肩を震わせているブリュード公爵のその姿に一抹の不安を覚えながら、俺様は昨夜のあのやりとりを思い出していたのだった。




***




『────どこで間違えたのか、俺様には……出来なかったことだ』


「クロ……」


 すっぱりと断ち切ったつもりだったが、つい愚痴めいたものが口から漏れ出てしまっていた。


 そのせいで俺様とフィレンツェアお嬢ちゃんの間には少し重たい空気が流れてしまう。フィレンツェアお嬢ちゃんが被害者なら、俺様はどちらかと言うと加害者側だ。ジェス坊の暴走を押さえられなかったのだから。それなのにフィレンツェアお嬢ちゃんどころか、この公爵家の人間も守護精霊たちも誰も俺様を責めたりしないのだ。アオに恩返しがしたいのはもちろんだが、それを抜きにしてもフィレンツェアお嬢ちゃんのために何かしたいと思っていた。それなのにこんな空気にしちまうなんてと、さらに申し訳無くなった時。その空気を払うかのように扉がノックされた。









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