目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第138話  教会へ③

「ジェスティード殿下、ではあなたのお望み通りに致しましょう」




 そう言ってパチンと指を鳴らしてから、1枚の紙を取り出して目の前に突き付けてやった。今、1番お求めの物……婚約破棄の同意書だ。


 え、なんでそんな物を持ってるのかって?もちろん本当はただの白い紙なのだが、ポンコの精霊魔法で見えるようにしているだけである。こうやって真っ白な紙が1枚あるだけで色々と応用が効くので便利だから、つい習慣で持ち歩いているのだ。逆にポンコの精霊魔法は媒体が無ければ役に立たないという欠点もある。精霊の弱点を補うのも契約者の務めだろう。なによりも、あんな合図ひとつでこちらの意図をすぐに理解して魔法を使ってくれるポンコに感謝しかない。


「ではここに、あなたの意思で婚約破棄すると書いてください。そうすれば“私”とは無関係になるので、きっと“感染”も治るのでは?」


「へ?」


「あなたがそう言いました。今の状況は婚約したせいだと……その思いの丈を全て書いてください。きっと人間どころか精霊すらもジェスティード殿下に同情して状況も良くなるのではないでしょうか。……ねぇ?クロ」


『……精霊は気まぐれだからなぁ』


 クロくんは無感情にそう言い捨てた。もちろんYESともNOとも言ってはいないが、それをどう解釈するかは個人の勝手である。案の定、ジェスティード王子は再び目を輝かせ始めた。


「し、しかしペンがない……」


『そんじゃあ、俺様の鬣を使うといい。俺様の力を込めるから、後から手を加えたり出来ない精霊の文字になるはずだ。悪いのかを全部書けばいいんじゃねぇか』


 そう言って、クロくんが鬣を一房渡した。その辺にあった小枝にその鬣を括り付けるために髭まで差し出したのだ。クロくんのその行為に、ジェスティード王子は感動したのか涙を浮かべていた。


「そこまで俺のことを……。そうか、フィレンツェアとの悪縁を断ち切らせて俺を助ける為にフィレンツェアと行動を共にしていたんだな。さすがはパーフェクトファングクロー、俺の守護精霊はやっぱりお前しかいない!」


 それから意気揚々と都合の良い戯言を散々書き綴った。余程浮かれていたのだろう、書いた内容が少し変化している事に全く気付いていないようだった。最後にサインと血判も忘れない。王族の血は鑑定ですぐにわかるはずだからこれがジェスティード王子本人が書いた証拠にもなるのだ。


 こうして、ただの白い紙にジェスティード王子が精霊文字で綴ったが完成したのである。これまで婚約者に対してどれだけ酷い対応をして蔑ろにしてきたかを自ら綴ったのだ。これを王家に提出すればどちらの有責になるかは明白だろう。これで王家と公爵家の縁は切れるし、その後で王家がどうなろうと知ったことではない。


 その紙を丁寧に折り畳み服の中に仕舞うと、ジェスティード王子は「パーフェクトファングクローは……」と縋るように手を伸ばしてきた。クロくんがその手を黙ったまま避けるがその態度を理解していないようだ。


「……クロは、もう少し私の用事に付き合ってもらう約束なんです」


「な、なるほど、つまりその女の監視だな?!婚約破棄手続きに不正行為をしないように見張るんだな?!さすがはパーフェクトファングクローだ!」



『……』


「では、さようなら」




***




「……あんなデタラメな話に引っかかるなんて、箱入り王子過ぎないかい?こう言ったらなんだけど、あれだけ散々貶めた婚約者が甘い言葉をかけてきたらもう少し疑うべきだと思うんだけどね。あれはクロくんが戻って来ると信じているようだよ。それにしても、今の状況が側にいて“加護無し”がうつったからだとか……それなら公爵家の人間は今頃みんな“加護無し”だろうに。何を考えてるんだか」


『冷静さを失ってたにせよ、考えることを放棄して自分に都合のいい事しか信じないようにしたんだろうさ。そうやって生きる方が楽だからな。俺様にした事が冗談だったとか言ってやがったが、あんなのが冗談だったなんてタチが悪いにも程があるだろーがよ。……それに、あんな濁った目をした人間は俺様の知ってるジェス坊なんかじゃねぇ』


 まぁ、本当に反省出来るかどうかは別として、確かに「冗談」では済まされない事があると知った方がいいとは思うけどね。



 そうして奥にあった部屋の前で立ち、こちらをずっと見ていた男の元へと足を進めた。クロくんは『なんか疲れちまった』と肩を落としていたが、男はその様子を見てまたもや嬉しそうだ。クロくんが落ち込んでいると思っているんだろう。


「……遅かったですね。何かありましたか?」


 ジェスティード王子とフィレンツェアの関係を知らないはずがない。それに、声は聞こえなくてもやりとりは見えていたはずだ。殴ったことも、何かを書かせたこともわかっているのに言及しないのはなぜなのか。



「いえ、別になにも」


「そうですか、それはよかった。さぁ、あなたを待っている方がこの部屋にいますので……」



 そう言って開かれた扉の中に入った途端、周りの景色が変化した。その中には、が待ち構えていたのだった。








この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?