「ああ、そうだよ。俺は第一王子さ。君の国では愚かな弟が世話になっているようだね。俺はね、全ての国を手中に納めたいんだ。でも上手くいかなくて……そんな時に俺の目の前に賢者の本が現れた。その本が運命を変えてくれた。フィレンツェアを差し出せば俺の願いを叶えてくれると……最高の協力者に出会った俺はもはや無敵だ!せっかくだから、真実を教えてやろう……賢者の真実をね」
浮かれているらしくペラペラと語り出した男だったが、その男の口から出た言葉に驚くしかない。精霊すらも知らない、賢者と精霊の関係を。
それは、とても残酷な真実だった。
精霊は気まぐれだ。それは今も昔も変わらない。それを怖がった賢者は、自分の守護精霊が自分の元を去らないようにする方法を考えたらしい。
それは、精霊との間に子供を作る事だった。精霊と人間が婚姻出来たことも驚いたが、力の強い精霊ならば人間の姿になる事が出来るし子供を作ることも可能だとわかった初めての事例だったそうだ。
だが、賢者はそこまでして生まれた我が子よりも妻にした精霊に夢中だった。そして最終的に賢者はその守護精霊を食べたと言う。どうしてもひとつになりたかったのか、すでに狂ってしまっていたのかはわからない。そして呪われた。精霊の思念と言うべきモノを“賢者の本”に閉じ込めたらしい。そして、興味の無かった我が子はいつの間にどこかへ消えてしまっていたのだとか。
しかし精霊の方もおとなしくしているわけではない。本に込められた怨念は我が子を誰かに奪われたと勘違いした。なぜかはわからないが、その怨念は強い魂を持つ人間を手に入れれば自分の子供を取り戻すことが出来ると信じていると。
その狂った怨念が、フィレンツェアお嬢ちゃんに目をつけてしまったのだ。
守護精霊を食べたおかげで精霊魔法を使えるようになったそうだが、その力が暴走して自身で書き上げた賢者の本に取り込まれたのだとか。だから、精霊を落ち着かせる為にフィレンツェアお嬢ちゃんを欲していると。
『精霊を食べただと……そいつは、本当に人間なのか?』
「どちらでもいいことだ。さぁ、おしゃべりの時間は終わりにしよう。フィレンツェアを賢者に捧げたら、お前も大樹の生贄にして他の精霊たちと同じように永遠の眠りにつかせてやる」
男の手が向かってくると、鬣の中でポンコがブルリと震えた。もうとっくに限界なのだ……そして目の前にいるフィレンツェアお嬢ちゃんの姿が────ぐにゃりと歪んでしまった。
「なっ……フィレンツェアじゃないだと?!」
その動揺は男だけではなかった。たぶん賢者とやらも動揺したのだろう。体を締め上げる蔦が少し緩んだ。精霊を食べるような化け物すらも完全に騙していたのだからポンコを褒めてやらないとな!
『燃えろぉぉお!!』
この隙を逃すはずがない。蔦が緩んだ事により力が使えるようになった。最大限にまで力を込めた俺様の炎で全て燃やしてやろうじゃねぇか!
蔦が怯んだ。そう感じた瞬間────天井が……いや、空が光った。
「ボクが来るまでよく耐えたね!皆さまお待ちかねのボクだよ☆」
「ギリギリ間に合ったでござるなぁ」
「ちょっとぉ!展開が早過ぎてわけわかんないんだけどぉ?!」
『わたくしだって頭がパニックなんだわよぉう!』
「もう、こうなったらもう何が出てきても驚きませんよ……。あれが神様とか世も末だ」
『そう言えば、神様ってこんな感じでございましたわね』
「お前たち、ソッリエーヴォの魔法で体を包んで速度を落としてるだけなんだから暴れるんじゃない!」
「……アオ」
そして、うるさいくらいに騒がしい数人の人影が空から落ちてきたのだ。その中には、蜂蜜色の長い髪を靡かすひとりの少女の姿もあった。
その少女は手からは白く輝く剣が伸びていて、落下しながらその剣はぐんぐんと大きさを増していった。それこそ、禍々しい大樹を真っ二つに出来るくらいに────。
「アオ!今、助けるから……!!」
フィレンツェアお嬢ちゃんの体からは強い輝きが放たれている。
とてつもない力を感じた。あの剣からも、フィレンツェアお嬢ちゃん自身からもだ。だがあの力は精霊魔法ではない。フィレンツェアお嬢ちゃんの中にある魂の力だと感じたのだ。確かに人間には魂の強さが存在する。だが、それを力として使えるかと言えば否のはずなのだ。
だがフィレンツェアお嬢ちゃんのその姿は、例えるならば戦女神かのような神々しさが感じられた。それは精霊にも人間にも真似出来ない、闇を一瞬で浄化する輝きだ。
そしてその戦女神は、俺様の目の前で巨大な剣を力いっぱいに振り下ろした。
「や、やめろぉぉぉぉお!!」
『ギャァァァァァァ!!』
男と、誰かの叫ぶ声が重なって聞こえた気がしたがそんな事が気にならないほどに目の前の光景が美しいと感じる。
あれほどに恐怖を感じていたはずのその大樹が、熱されたナイフで切られたバターかのようにあっさりと左右に別れて倒れたのだ。
そして、その場に現れた青い光の塊に目が釘付けになったのだった。