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54 呪いの先に

「お、おいっ。凜ちゃん、何を言っているんだよ」


俊太が、慌てて凜の側に駆け寄ってくる。今や映画館のスタッフも数人が混じり、ロビーは警察が来ている気配がありざわついている。さらに、他の会場だった観客たちも事件に気づき始めたようだ。啖呵を切ったものの、手が震えている。幽霊の言うとおりにしてよかったのだろうか。観客も困惑した様子でささやき合い、凜の指さした女の子はいらつきを隠すことなくこちらを睨みつけている。


……私、見ていたんだから!


「私、見ていたんだから」


 今や、モンペの幽霊は凜の真横に立っている。彼女がいう言葉をそっくりそのまま凜も繰り返す。


「凜ちゃんっ! ちょっと、こっちに来て!」


 動揺を隠さず、俊太が凜の手を引いて会場の隅にくる。さすがに我慢できないようで、まるで小さい子供を叱る様な顔だ。背後に顔を隠すと、逆に凜は困った表情で訴えた。


「ごめんなさい! だって、この人がそういうから!」


 俊太がぎょっとした表情で凜の隣を見る。


「えーっつと……何かがいるってことね」


 モンペの幽霊は笑顔で会釈をする。そして、見えないのをいいことに俊太の首の匂いをかいだり、服の埃を払う仕草を見せたりする。


「でも、証拠がないんじゃ断定はしちゃだめだよ。君は探偵でもないし、間違えた時には『ごめん』で済まないんだからね」


……なに、この人。私を疑っているの?


「違うよ! でも、もし証拠があったら教えて欲しいの」


 まるで一人で喋っているような様子の凜を、俊太が気味悪そうに見る。


「おー、新藤のコピーがいるみたいだ」


「ふざけないで。なに?」


 モンペの幽霊が耳打ちしたことを、凜が再び俊太に伝える。


「なんか、男の人が刺された場所に証拠が落ちているって言っているよ」


 俊太は半信半疑で死体のある席へと駆けていく。それを、壁際に並んだ人たちが遠巻きに目で追う。凜が注目していると、確かに犯人だと言われた女性の目が泳いでいる気がしなくもない。そして、俊太が席の下を覗き込むような体制をとった途端、叫んだ。


「あったー!」


 証拠品だというのに、俊太は真っ先にそれを手にとり掲げている。凜が駆け寄ると、それは映画チケットの半券だ。よく見せてもらうと、会場の一番右端の席が書かれている。


「君! どうして、このチケットがあんなに真ん中の席の足元に落ちているのかな」


 凜が横を見ると、モンペ幽霊も満足そうに顎を上げている。


「そんなの、偶々でしょ。さっき悲鳴が上がって、私は真っ先に席へ行ったから。私、看護師の資格を持っているから役に立てると思ったの。でも、一目で無理だって分かったから離れたの」


「看護師……?」


 殺された男の彼女が、怪訝な顔をする。


「郁夫が遊んでいた女も看護師なんだけどっ。あんた、まさか」


「私、知らないっ! こんな男」


 女同士で言い合いが始まった時、再びモンペの幽霊が凜の前で両手を振ってアピールする。


「……何? まだ何か証拠はあるの?」


 口で話せば凜には伝わるのに、わざとモンペの幽霊は拳を突き上げている。


「俊太さん!」


「え?」


 二人の諍いの間に立っている俊太が凜を見たので、とりあえず同じ動作をしてみる。だが、自分が分かっていないのに、俊太に伝わるはずがない。首を突き出すようにしてから、傾げる様子を見せた俊太は、何度か自分でも同じことをした後、ひらめいたように手を打った。


「あなた、ベルトについているストラップの先は、どこにあるんですか」


「え?」


 俊太の言葉に、女が慌てて腰元を確認する。確かにそこには有名なアニメキャラクターの一部がぶら下がっている。しかし、体の一部が欠けている。


「あなたが犯人だという証明をしてみましょう! ズバリ、この彼の手の中にあるものは何だと思いますか」


 その場にいた全員の視線が、死体の手に注目される。それは、固く握られているようだ。俊太がそっと指先を開くと、中からキャラクターのストラップがころりと床に落ちた。背後から、「おーっ」という歓声が上がる。モンペの幽霊が真ん中に躍り出て、喝さいを浴びるように両手を上げている。


「だって……、この人、私と結婚するって言っていたのよ。それなのに」


「あんたは、騙されていたの! 郁夫は私と半年後に結婚する約束だったんだから」


「私にもそう言って、最後はお金を持って出て行ったのよ!」


「だから、それを捨てられたっていうの!」


 今や取っ組み合いの喧嘩になりそうなのを、俊太が文字通り間に入って止めようとしている。周りの人間が、早く帰りたいと文句を言ったり、女たちの喧嘩を煽ったりしている。


「君は、初めから殺人をするためにここに来たんだ。恐らく、入ってきた時に電話で話していた呪いというのも出まかせなんだろう」


 凜は、俊太の言葉を聞いて、思い出した。確かに、開始何分のシーンを見たら呪われると話していて、二人は目を覆ったのだ。


「それ、私もロビーにいるときに聞こえた! だから、トイレに行ったのよ」


 彼女が、さらに怒り狂ったように言う。


「だから! あんたも詐欺にあうところだったんだって! むしろ感謝して欲しいくらいよ」


 殺された男より後ろに座っていたものは、凜と俊太だけだ。二人が目を覆ってしまえば、隙は出来る。さらに、彼女もいなくなってしまえば、後は急所を狙うだけである。


「まぁ、上手くいくとは思っていなかったけど。こんなに早く見つかっちゃうとはね。ストラップ、この人にもらったんだ。外してくれば良かった」


 項垂れる犯人の女に、モンペの幽霊が神妙な顔で手錠をはめる真似をしている。凜は、もはや突っ込む気にもなれない。さらに、犯人の腕を引こうとして、俊太がモンペの幽霊の腕に半身を突っ込んだようだ。立ち眩みのように一瞬体が傾いたが、すぐに頭を振って気を取り直している。自然と会場に沸き起こる拍手に、再びモンペの幽霊が真ん中に出てお辞儀をしている。


「はぁ……結局映画もちゃんと見られなかったし、もういいや」


 俊太を先頭に、集まっていた警官もロビーへと出ていく。凜の脇を通る時に、俊太は片手を挙げていった。


「ごめんね、助かったよ。新藤にも連絡をしておくから、近いうちにご飯でも食べに行こう」


 軽く頷いて、凜は近くのシートに腰かけため息を吐いた。どうしていつも、こうなるのだろう、と。そんな中、まだ幽霊は楽しそうに観客の間を行ったり来たりしている。


「もう、絶対ここに映画なんて見に来ない」


 すぐにサイレンの大きな音が響いてくる。この中も騒がしくなりそうだ。早く会場を出るのが得策だろう。だが、あまりにも満足そうなモンペの幽霊に、凜は呆れたように笑った。



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