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第61話 首都ダルク

 神聖ダルク法王国。

 首都ダルク。


 その町の全貌は城塞都市アイアスからの街道から見る事が出来る。



 まず、山脈より流れ出るグレゴリウス川。

 これは、青く輝くヒジノ湖へと流れこむ。

 ヒジノ湖の中央に浮かぶのは偉大なる純白のホワイトパレス。

 そこからさらに海へと流れるグレゴリウス川。

 川沿いには、金色に輝く大聖堂と、銀に光る聖騎士軍本部が存在している。

 周囲には賽の目状に並んだ規則正しい町並みが広がる。

 そして町を囲むように配置された勇ましき七つの塔と、外に大きく広がる草原地帯……。


 尊厳と調和。

 二つを併せ持つ、この世界で最も美しい都市である。


「どうだ、凄いだろ?」


 今まで殆ど無駄話をしてこなかった馭者がアルに問いかける。

 その問いにアルは素直に心からの言葉を口にする。


「すげぇ……」


 アルの反応に満足そうな顔をする馭者の騎士。きっと彼等聖騎士からしても誇り高いのだろう。


 馬車は街道を抜け、グレゴリウス川沿いに首都ダルクへと向かう。

 悠然と手綱を握る馭者の横ではアルのテンションが上がりっぱなしである。


 そしてとうとう馬車が首都ダルクの城門へ辿り着いた。

 銀色の鎧の縁が緑色をした甲冑を着た衛兵と馭者がやり取りをしている。

 馭者が何かを発した途端に衛兵の態度が急変したので、おそらく荷台に乗っている人物について知らされたのだろう。

 なので、アルの偽造通行証を使うまでもなく首都ダルクの中へ入る事が出来た。


 城門をくぐると、賽の目状に区画が分かれており、その最奥──湖の中心にそびえたつホワイトパレスに向かっている。

 道中、道行く人々がアルの乗る馬車に注目し、手を合わせる。

 ジブリールの魔力は馬車ごと隠蔽しているはずなのだが、どうして人々が祈る様に手を合わせるのか疑問に思い、ついつい馭者に尋ねてしまう。


「どうしてみんなこの馬車に祈るんだ? ジブリールの魔力は隠蔽してあるんだろ?」

「ジブリール様の魔力は隠蔽しているが、この馬車はシド・ティアヌス様の紋章が入っている。皆、シド様に祈りを捧げているのだ」

「へ~、なるほど。大司教様は凄いんだな」

「……」


 アルの平凡な感想に馭者がどこか呆れたようにため息を吐き、手綱の操作に集中する。

 アルの反応は宗教に興味がないからこその反応だ。これがもし、ダルク教徒であれば真反対の反応を示したであろう。


 馬車がとうとう湖のほとりから中心にあるホワイトパレスとを結ぶ大橋へと差し掛かり、馬車が停車する。

 ここでも聖騎士による検問があるようだ。

 馭者が対応すると、今回は荷台の中を確認するらしい。

 その事を馭者が馭者台から降りて荷台のドア越しに伝える。相手はきっとシドだろう。

 そして荷台のドアが開き、シドだけが降りてきた。ジブリールとクレアは大丈夫なのか? と不安になる。

 しかし、衛兵がシドの姿を確認した途端にひざまずく。


「シド大司教、今日はどのようなご用件で?」

「急な訪問で申し訳ない。丁度近くを巡礼していたので祈りを捧げようと思ったのだ」

「左様でございますか……」

「何か問題でも?」

「いえ……」


 言葉に詰まった衛兵がアルに視線を移し、意を決したようにシドへ質問する。


「そちらの人物は何者なのですか?」

「ここへ来る途中、珍しく魔物に襲われてな。その時助けてくれた御仁じゃ。折角なので大聖堂でお祈りしたいと申してのう。身元は私が保証するから心配無用だ」

「そのような事が! シド様を救ってくださり私からも感謝申し上げます!」


 深々と頭を下げる衛兵にアルが「いえいえ、人助けは当然ですよ」とシドと口裏を合わせた。それを見たシドがニッコリと笑う。


「して、もう行ってもいいかのう?」

「はっ! お時間を取らせました、問題ありません!」


 こうして何事もなく馬車は大橋を進む。

 しかし、いくら大司教のシドだからといって荷台を確認しなのは警備的に大丈夫なのか? と疑問に思うが、それだけ大司教という立場の人間が信用されている証拠だろうと結論付けた。

 だが、裏を返せばやりたい放題できるということになる。

 一体どれだけの聖職者が清廉潔白なのか──。



 そして、とうとうアル達を乗せた馬車がホワイトパレスの城門に辿り着いた。



 荘厳なるホワイトパレス


 白き輝きに包まれた荘厳な宮殿、ホワイトパレスは天と地を繋ぐ架け橋。

 その塔は雲を貫き、純白の壁は陽光を受けて黄金に輝く。


 静けさが支配する中庭では、風が奏でる調べが聖歌のように響き渡る。

 水鏡の湖には空の青が映り、漂う白い花は大地の清らかさを象徴する。


 門は威厳に満ち、その扉の向こうには無垢なる者のみが立ち入れる聖域。

 訪れる者を包むのは、神聖なる安らぎと永遠の光。


 ホワイトパレス、それは人々の祈りが形を成した奇跡、そして、天上の美を映す現世の楽園のようだ。



 圧巻という言葉だけでは言い表せない程の神聖さと荘厳さにアルの胸は高鳴りを抑えきれないでいた。


 どうやら馬車はここまでしか入れないらしく、馭者が荷台のドアを開け、シド達が荷台から降りるのを待つ。

 荷台から外に出て来た人物たちの反応は様々だった。


 シドは何回も訪れているという事もあり、然程感動している様子はない。


 シドとは正反対の反応を見せたのはクレアだった。


 クレアは目の前の光景に心を奪われた。その壮麗さに息を呑み、全身が震えるような感動が押し寄せる。純白の塔は天を貫き、陽光が無数の宝石のように煌めく壁を照らす。それはただの建物ではなく、人々の祈りと奇跡が結晶化したものだと確信させる。胸の奥から熱い想いが湧き上がり、目頭が熱くなる。

 気づけば涙が自然に流れていた。

 それをアルに指摘され、クレアは流れる涙を拭いながら心情を吐露する。


「初めて見たはずなのですが、何故か懐かしく感じました。きっとワタシの中のウリエル様の感情なのかもしれません」


 ウリエルの感情と言ったクレアの予想。それは大きくは間違ってはいなかった。

 1000年前に神界の扉が閉ざされた時から四大天使は散り散りになり、生死不明になっていた。ジブリールやミカエルの様に人間と共に歩む者もいれば、存在自体が消えかかり、数百年の時をただ彷徨うだけの存在になってしまった。

 それが、クレアという宿り木を得て、再びかつての仲間と再会することに感動するなという方が難しいだろう。

 アルは何も言わず、ただただクレアが泣き止むのを待った。


 そして、ジブリールの反応だが、こっちはこっちで淡泊な反応だった。

 そびえ立つ白亜の塔を見上げ、一言だけ呟いた。


「こんな立派なところに引きこもってるなんて、贅沢過ぎです」


 ジブリールとミカエルがかつてどんな関係だったかは知らないが、最初にその言葉が出てくるのはどうなんだ? はたしてこのままミカエルと会わせて大丈夫なのだろうかと不安になるアルだった。

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