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第61話

お部屋に戻って、着ていた服を脱ぐ。


「湯浴みの準備は整っております。」


キトリーが笑顔でそう言う。


「ありがとう。」




湯船に入って考え事をする。とりあえず大きな夜会は無事に終わった。お父様やお母様、お姉様とも対面は果たした。このまま私が王宮に居る事になっても、モーリス家の人は王宮には入れないだろう。彼らがどんな理由を言ったところで、相手はあのフィリップ様だ。笑顔で帰れと言える方。そんなふうに考えていたら笑えて来た。そう、フィリップ様は王太子様なのだ。だからいつでも誰にでも命を下す事が出来る。それだけの権力を持っている方。私と一緒に居る時は、そんな態度も言葉遣いも一切しないけれど。いつも同じ目線に立ってくれるけれど、冷徹に判断を下す事が出来る方。


そして蘇る、彼とのダンス。彼がダンスの申し込みに来てくれるとは思わなかった。彼のリードで踊ったダンス。慣れていないと仰っていたけれど、とてもお上手だった。遠慮がちだけれど、しっかりと私の手を取ってくださった。彼の事を考えると体が熱くなる。ブクブクと鼻までお湯に浸かる。のぼせそうな気がして、湯船を出る。




帰りの馬車の中で私はやっと息をついた。フェイ様と触れ合った箇所がチクチクと刺すように痛む。会場にいる間中、ずっと重苦しく圧し掛かるような何かの圧を感じていた。見た目には何も無いのに、皮膚の下で、体の内側から何かが突き出して来そうなチクチクした痛み。背もたれに寄り掛かる。しっとりと冷や汗をかいている。王宮から出て、そこを離れると呼吸が楽になる。何故こんなに痛むのよ!そう思っていると頭の中にあの声が響く。


…だから言っただろう?痛みを伴うと


頭がガンガンと痛む。これは一体何なの?そう聞く。


…憎き白百合乙女のせいさ


白百合乙女…初めて聞いた。何百年も前の大聖女だとフェイ様が教えてくださった。あの忌み子のリリーが大聖女?イライラして扇子を握る。


…だが、エリアンナよ、良く耐えた。お陰で色々と仕掛ける事が出来た


仕掛けるですって?一体何を仕掛けたというの?そう聞いた瞬間、頭の中で割れるような笑い声が響く。




その日の深夜、ベッドで休んでいた私の所へセバスチャンが駆け込んで来る。


「フィリップ殿下!大変です!」


私は起き上がって聞く。


「何だ、何があった?」


セバスチャンの顔は真っ青だった。


「国王様が…お倒れになりました…」




急いで父上の部屋に行く。父上の部屋の前は黒い騎士たちが警備していた。その中にクラーク卿も居る。


「クラーク卿!」


言うとクラーク卿が私の所へ走って来る。


「一体、何があったんだ。」


聞くとクラーク卿は首を振って言う。


「私には何とも。今、宮廷医が国王様を診ています。」


私はクラーク卿に言う。


「リリーを呼んで来てくれ。」


クラーク卿が頷いて走って行く。


「殿下。」


そう言ったのは傍に居たソンブラだ。


「ソンブラ、悪いが、夜会の会場を今一度、見て来てくれ。何かあるかもしれない。」


ソンブラが頷き、すぐに走り去る。部屋の前で待つしか無いのか?中には入れないのか?そう思いながら待つ。一体何があった?ここ最近はずっと、父上はリリーからの治癒を受けてお元気そうだったのに。執務にも復帰して、この夜会で父上も私も健在であると皆に見せる事が出来たと、そう思っていた。私は何か見落としているのか?注意の対象はリリーだけでは無かったのか?父上は誰かに狙われたのか?それとも持病の悪化か?もし持病の悪化なのだとしたらそれはリリーが対処出来る筈だ。


…待ってくれ、何故、すぐにリリーを呼ばない?大聖女と公表したのだから、どんな病であってもリリーの力なら治せるのでは無いのか?おかしい。何かがおかしい。そう思った私は部屋の前に居る騎士に告げる。


「中に入らせて貰う。」


そう言って部屋の扉を開ける。


私の視線はベッドに注がれる。そこには宮廷医の服を着た何者かが父上に何かを飲ませていた。


「待て!それは何だ!」


私が大声でそう言うと、宮廷医が振り返る。振り返ったその者は見た事が無い人間だった。私は駆け寄って、その者からそれを奪おうとした。宮廷医の格好をした男は何とか父上にそれを飲ませようとしていて、私はそれを阻止しようと手を出し、奪い合いになる。力で押し負けたが、背後から騎士たちが私に応戦してくれて、その男は捕らえられた。奪い合いになった瓶は中身が半分以上残っていた。押し負けた私をセバスチャンが助け起こす。


「殿下、お怪我は?」


聞かれて私は言う。


「大丈夫だ、それよりも、それは何だ?」


転がった瓶を拾おうとした瞬間、セバスチャンがそれを制する。


「直接触れてはダメです!」


そう言われて手を引く。瓶の中身は紫色の液体、中身が絨毯に染みを作っている。セバスチャンがハンカチを出し、その瓶をハンカチで覆い、慎重に拾う。不意に取り押さえられている男が笑い出す。


「フフフ…ハハハハ…もう手遅れさ。」


父上を見る。父上は真っ青な顔をしている。


「父上!」


私は父上に近付く。父上の首に異変が見えた。血管という血管が黒い。血管が黒いせいで父上の首に黒い筋が出来上がっていた。


「これは、一体、何なんだ…」


恐れおののき、後退る。見た事の無い症状だ。…何かの毒か?




「リリー様、リリー様!」


ベッドでうたた寝していた私を起こす声。ハッとして起きる。見ればそこにはキトリーが居た。キトリーの表情が暗い。


「何か…?」


聞くとキトリーが言う。


「大変です、国王陛下がお倒れになりました。」


そう言われて血の気が引く。お倒れになった?何故?ここ最近はご体調もかなり良くなっていた筈なのに。私は急いでベッドを出る。ガウンを着るとキトリーが言う。


「フィリップ殿下がリリー様をお連れしろと、クラーク卿に言われたそうで、クラーク卿がおいでになっております。」


部屋を出るとクラーク卿が待っていた。


「リリアンナ様、お連れ致します。」


私は彼に頷いて足早に歩く。


「一体、何があったと言うのです?」


聞くとクラーク卿が言う。


「私にも分かりません。夜会が終わり、陛下がお部屋に戻られる途中で急にお倒れになったのです。」


そこで私は聞く。


「王妃様は大丈夫なんですか?」


彼が私を見て微笑む。


「王妃様は大丈夫です。」




国王様のお部屋に入る。フィリップ様は力無く椅子に座り込んでいる。入って来た私を見て言う。


「リリー…父上を、父上を頼む…」


私はベッドに駆け寄って国王様を見る。見た瞬間、息を飲んだ。お顔の色が真っ青で、首に何本も黒い筋が出来ている。これは何なの…?そう思ったけれど、私は出来るだけの事をやろうと思い直し、国王様の手に触れ、祈る。


≪癒すのよ、リリー、国王様を治すのよ…≫


私の手から、体中から光が溢れ出す。光の球体が出来上がる。光が国王様と私を包む。金色の光の粒が国王様の首筋に出来ていた黒い筋を消して行く。


≪もっとよ、もっと!リリー!≫


自分にそう言い聞かせて、私は湧き上がってくる力を全力で注ぐ。光が強くなった途端、パチパチと音が鳴り始める。そしてその音が大きくなり、バチンと大きな音と共に私は何かの反動で跳ね返され、後ろに倒れ込んだ。その私を受け止めたのは背後に居たクラーク卿だった。


「リリアンナ様、大丈夫ですか?」


私は息を切らしていた。何かに弾かれた…。


「えぇ、大丈夫です…」


そう言って体勢を戻そうとした時、クラッとして膝の力が抜ける。クラーク卿が支えてくれる。フィリップ様がすぐ傍に居て、私の肩に手を置く。


「リリー、ありがとう、休んでくれ…」


そう言うフィリップ様は悲しく微笑んでいる。国王様を見る。国王様は首筋の黒い模様は無くなったけれど、意識は無い。


そんな…、私の神聖力で治せないの…?


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