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第62話

クラーク卿に支えられ、歩く。私は自分の不甲斐なさに絶望していた。私の力が跳ね返された。そんな事が起こるなんて…。歩きながら涙が出て来る。私は無力だ。


「リリアンナ様。」


彼が私に呼び掛ける。


「あれは何か邪悪なものが関わっている証です。リリアンナ様のお力が跳ね返されたのですから。」


邪悪なもの…だとしても私の力でどうにも出来なかった、それでは意味が無い。優しくしてくださった国王様が…。


「今はとにかく一度お休みになって、力を蓄えてください。リリアンナ様が倒れられては元も子もないのですから。」


部屋の前に到着する。


「リリアンナ様。」


もう一度呼ばれる。私は彼を見上げる。彼は優しく微笑み言う。


「此度の件、何としてでも調べ上げます。」


彼はそう言って私の涙をその大きな手で拭う。


「貴方を泣かせた事を後悔させてやります。」


そして私の手を取ると手の甲に口付ける。


「今はお休みください。」




夜が明ける。宮廷医に扮していた男は捕らえられ、地下牢に入れられた。私はリリーの治癒を受けた父上と共に夜を明かした。黒く筋の出来ていた首はその筋が消えた。顔色は幾分良くなった。本物の宮廷医は王宮の隅で気絶していたのが発見されている。大神官のハビエルがやって来て、父上を診たが、リリーよりも力の弱い大神官では何も出来ない。それでも大神官も力を使って、父上の治癒を試みてくれたが、何も起こらなかった。セバスチャンは拾った瓶の中身を調べる為に席を外し、母上は父上が倒れた事でショックを受けていたので、自室で休んで貰っている。王妃である母上にまで何か危害が及んではいけない。爆発的な力を使ったリリーはフラフラだった。リリーに倒れられては打つ手が無くなる。




一体、何が起きている?私は何を見落としているんだ。父上の容態を見ながら私は一晩中、考え続けた。


「殿下、お話が。」


近付いて来たのはクラーク卿だ。


「何だ?話してくれ。」


父上から視線を逸らせない。私が父上を見ながら言うとクラーク卿が言う。


「捕らえた者は何も語らず、ずっとニヤニヤと笑い、これで終わりだと言い続けています。」


これで終わり…何が終わりなんだ。そう思った時、ハッとする。


そうか。そうだったのか…!私は立ち上がり、クラーク卿に言う。


「その者に会おう。」


その時、部屋にセバスチャンが駆け込んで来る。


「殿下、協力者が到着致しました。」


協力者…西の森に居る者か。


「連れて来てくれ。宮廷医に扮した者と会う。」




地下牢に行く。地下牢にはその男が椅子に括り付けられていた。自由を奪わないと何をするか分からないからだ。


「殿下、お気をつけを。」


クラーク卿にそう言われて頷く。その男の前に立つ。その男は私を見て、ニヤニヤと笑う。


「お前は何者だ。」


聞くと男は笑って言う。


「俺が何者かは重要じゃないさ。」


それを聞いて私も笑う。


「確かにそうだな、ディル・マルタン。」


私に名前を呼ばれてその男の顔色がサッと変わる。男の素性は割れていた。優秀な私の影が割り出していた。ソンブラは私の命を受け、会場中を見て回り、小さな痕跡を集め、王宮の隅で気絶していた宮廷医を見つけ出したのだ。その時に宮廷医の近くにあった物を調べて、この男の素性が分かった。


ディル・マルタン…ここ王都の西の郊外に住んでいる子爵家の次男坊。表向きは品行方正に振る舞っているが、裏では違法な取引を手引きしている。


「俺はただの子爵家次男で終わる男じゃないのさ。国王を毒殺した男として有名になるんだ。」


ディルがそう言う。私は笑う。


「父上は亡くなってはいない。」


そう言うとディルは更に笑う。


「時間の問題だ。あれはいくら聖女でも、たとえ大聖女でも癒す事の出来ないものだ。」


ディルがそう言った時、背後で声がする。


「イービルの事か。」


その声に振り向く。そこには長い髪を腰まで伸ばした初老の男が立っていた。脇にはセバスチャンが居る。神官のような格好のその男はゆっくりと近付いて来て、私の前で片膝を付く。


「王太子殿下、お初にお目にかかります、西の森の監視者ハリッシュ・カーンと申します。」


西の森の監視者…。それがセバスチャンの言っていた協力者か。


「ハリッシュ、良く来てくれた。それでイービルとは?」


聞くとハリッシュが立ち上がり、言う。


「イービルとはこの男の言う通り、神聖力では癒す事の出来ない毒の事でございます。」


そう言ってハリッシュは懐からあの瓶を取り出す。紫色の毒々しい色の液体が入った瓶。


「イービルは単体では作用致しません。対象者の有している物と混ぜ合わせて、初めてその効果を発揮致します。」


対象者の有している物…つまり父上の何かがこの毒と混ざり合っているという事か。するとディルが笑い出す。


「そうさ、国王の何かを手に入れるのは骨が折れた。だが、夜会で警備が手薄になる。お前らはきっとあの聖女もどきに注視すると思っていたからな。それが思っていた通りになった!あのお方の言う通りだった!」


あのお方?それは一体誰の事なんだ、そう思っているとハリッシュが言う。


「西の森の黒魔術師、ディヤーヴ・バレド。」


ハリッシュはそう言うと、括り付けられているディルに近付く。ディルに手を伸ばし、嫌がるディルの服を緩め、鎖骨の下を露出させる。


「ご覧ください。」


ハリッシュはそう言うとディルの鎖骨の下を見せる。そこには黒い何かの紋様が浮かんでいる。


「これは、何なんだ。」


聞くとハリッシュが言う。


「これは黒魔術師ディヤーヴから支配を受けている者の証でございます。この紋様は一度受けると一生消えず、その者の一生をディヤーヴ自らが支配し、動かす事が出来るのです。」


なるほど…だから封印が必要だったのか。この紋様があればディヤーヴはその意思だけで思いのままに人を操れる。ハリッシュがディルから手を離し、私に言う。


「西の森の黒魔術師は何百年も前、正確には三百年ほど前に封印されております。我が一族は代々、封印された石板の監視者として、西の森の一部を住処とし、監視を行っておりました。」


ハリッシュが溜息をつく。


「ここ数年で黒魔術に関する噂が立つようになり、監視を緩めずにいたのですが、封印が一度解かれてしまえば、後はディヤーヴの黒魔術で隠匿する事は造作も無い事でしょう。」


ハリッシュが私に頭を下げる。


「申し訳ございませんでした。」


私は頭を下げているハリッシュに言う。


「今はそんな事はどうでも良い。父上に盛られた毒の解毒は可能なのか?」


聞くとハリッシュは頭を上げ、言う。


「どんな毒にも解毒薬はございます。ですが、イービルに関してはその解毒に使うものが解明されておりません。」


もう一度ハリッシュがあの瓶を取り出す。


「私が伝え聞いたところによると、この毒に何かを混ぜ合わせる事により、解毒薬になる、としか。」


何かを混ぜ合わせる…。それは一体、何なんだ。


「無駄さ!あの毒は誰にも解毒なんて出来ない!」


ディルが叫ぶ。私はディルを一瞥して言う。


「塞いでおけ。」


地下牢を出る。何かある筈だ、何か…イービル…どこかで聞いた覚えのある、音…。




部屋に戻った私は部屋中を歩き回り、考え込む。何かある筈だ…何か見落としが…。ノックが響いてセバスチャンが入って来る。


「クラーク卿がいらっしゃいました。」


セバスチャンの後ろからクラーク卿が入って来る。


「殿下、一つ、思い当たる節が。」


クラーク卿が言う。思い当たる節?


「何だ?」


聞くとクラーク卿が言う。


「以前、モーリス家から反転させて来た羊皮紙に、それらしき記述があった事を思い出しました。」


反転させて来た羊皮紙…。


「確か、クラーク卿が触れた時に黒ずんだという、あれか。」


あの時、何が書かれていたか…。私はその紙をデスクの引き出しから出す。掠れた文字でこう書かれている。


「イー…ル…」


これがイービルの事なんだろうか。デスクの上にその紙を乗せる。もう一つの言葉は…。


「セラ…ア…」


これが何を意味するのだろう?


「ハリッシュに聞いてみてくれ。」


セバスチャンにそう言うとセバスチャンが頷き、部屋を出て行く。


「もし万が一にもこれが何かの手掛かりになるというのなら、モーリス家の人間は大罪人だ。」


言うとクラーク卿が頷く。


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