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第64話

国王陛下のベッドの脇で私は溜息をつく。こんな事になるなんて。国中がフィリップの婚約に沸き立ち、更に大聖女、白百合乙女の存在も公表されたこのタイミングでの国王陛下の昏倒…。


白百合乙女ならば、或いは国王陛下も治癒出来るのでは?と期待したのに、大聖女であっても治癒出来ない毒が使われていると報告を受けた。治癒が出来ない聖女なんて!大聖女だなんて言っておきながら、国の一大事にその力が使えないなら、その存在意義など無いも同然だわ!国王陛下の手を握り言う。


「私が聖女であったなら…神聖力が使えたら…」


独り言を呟く。神聖力では治せないと言われても尚、私はその力が憎かった。




昔から神聖力の使えた者たちが羨ましかった。その力を持っているだけで、誰よりも崇められ、果ては神のように人々から扱われる神官や聖女たち。彼らが特別である事は分かっている。そしてその力は平等では無いのだ。私は家柄が良く、幼い頃から王妃教育を受け、いかなる場面でも冷静に振る舞って来た。グレゴリーとの結婚は家同士が決めたもの。でも長らく一緒に居て、私とグレゴリーは慈しみ合って来た。そのグレゴリーが病に倒れ、多くの神官や聖女たちが代わる代わる治癒に来たが、誰も治癒出来なかった。


それが。


あのリリアンナという子が治癒を成功させた。目の前で治癒しているところを見て、私は恐れおののいた。これが真の神聖力というものなのだと。


それなのに。


大聖女にも癒せない毒が使われたせいでグレゴリーは伏せっている。意識も戻らない。何という事なの…。こういう時にこそ、私がしっかりしなくてはいけないのは分かっているけれど、私はそれをやるにはグレゴリーを愛し過ぎている。不意にノックが響く。振り向くとあの子が入って来る。


「王妃殿下、失礼致します。」


リリアンナはそう言うと深々とお辞儀する。


「何かしら?」


聞くとリリアンナが言う。


「国王様の治癒に参りました。」


今更、治癒をしても意味など無いのでは無いの?そう思いながらも一縷の望みをかけてしまう自分も居た。


「入りなさい。」


そう言うとリリアンナが部屋に入って来て、ベッドの脇に立つ。


「私は手を離した方が良いのかしら?」


聞くとリリアンナが言う。


「いいえ、そのままでも大丈夫です。」


リリアンナは私とは反対側に回り、グレゴリーの手に触れる。祈り始めると光が漏れ出し、その光がグレゴリーを包む。グレゴリーの手を伝い、その光が私の手にも広がり、私の体を包む。私は生まれて初めて光に包まれ、その偉大さを身をもって知る。涙を流しながら私も祈る。グレゴリーを治して…、お願い、お願いだから…。




治癒が終わってもグレゴリーは目を覚まさなかった。それでも幾分、顔色は良くなったようだった。


「お力になれず、申し訳ございません…」


リリアンナがそう言う。私は自分の涙を拭い、言う。


「あなたの力の及ばない事象もあると聞いています。今回はそれが毒だった…それだけの事です。」


そしてリリアンナを見て言う。


「私は今日、初めてあなたの力に直接触れました。あなたの力に触れ、私が抱えていた疑念は消えました。あなたは素晴らしい力を持っている。今まで居たどの聖女よりも、どの神官よりも素晴らしい力だった。それは誇って良い事だわ。」


ノックが響き、入って来たのはフィリップだった。


「母上、お話がございます。」


フィリップがそう言う。その顔は何かを決意している。


「分かりました、お部屋を移動しましょう。」




母上の部屋に来る。


「人払いをして頂戴。」


母上が侍女にそう告げる。侍女が下がり、部屋には私とリリー、母上の三人になる。


「それで、お話とは?」


母上はソファーに座り、私たちが座ると、そう聞く。


「これは今まで私が独自に調べた事と史実を比べ、導き出した仮説になります。」


母上はまっすぐ私を見ている。


「母上もご存知の通り、リリーは白百合乙女です。そして今回父上に毒を盛った罪人が口にした、とある魔術師の名前。西の森の黒魔術師ディヤーヴ・バレド。この二つが史実にもはっきりと記されています。そしてそこから導き出されるのは、」


そこまで言うと母上が言う。


「双子の王子の誕生。」


母上を見る。母上はそこでふっと笑みを漏らす。


「そうです、フィリップ、あなたには双子の弟が居ます。」


そう聞いて私はやはりか、と思う。


「そしてその弟は近くに居ますね?」


聞くと母上が諦めたように頷く。


「えぇ、そうよ。」




部屋に通された彼は私たちを見て視線を下げる。


「お呼びでしょうか、王妃殿下。」


彼がそう言う。母上は彼に言う。


「こちらへ来て座りなさい。」


彼は小さく会釈して、私たちの居る所へ来ると、空いている椅子にマントを翻して座る。


「今、フィリップと話をしていたの。あなたに関わる事よ。」


母上がそう言う。彼も私から事前に聞かされていた事だからなのか、落ち着いている。


「可能性の話として、フィリップ殿下から伺っております。」


見れば見る程、彼のその姿は父上を彷彿させる。


「あなたの本当の名はフェイロンというの。」


母上がそう言う。クラーク卿は少し微笑んで言う。


「フェイロン…素敵な名です。」


彼のその様子に母上は安堵したのか、少し微笑む。


「あなたたち二人を産んだ時に、国王であるグレゴリーと話し合い、弟であるフェイロンを王家から出したの。忌み子という慣習にならって、ね。」


母上は彼を見て頭を下げる。


「本当に申し訳ない事をしたわ。謝って済む話では無いけれど。」


彼は慌てて言う。


「お止めください、王妃殿下。」


母上は頭を下げながら涙を流している。きっと我が子を手放さなければならなかった親の心情は私たちには分かるまいと思った。クラーク卿が私を見る。私は頷いて見せる。クラーク卿も頷き、母上に寄り添い、母上の肩を抱く。母上は彼を抱き締め、言う。


「いつか、こんなふうにあなたを抱き締められたら、と思っていたの…」


隣でリリーが涙を流している。私はそんなリリーに微笑んでリリーの頭を撫でる。


「母上。」


声を掛ける。母上が彼を離し、私を見る。


「フェイロンが私の弟であると公表なさってはどうですか。」


母上が驚く。


「父上は今、お倒れになっています。そんな時に火種を燻らせておくのは良くないと思うのです。フェイロンとも話しましたが、フェイロンは私を支えてくれるそうです。」


母上がフェイロンを見る。フェイロンが言う。


「私はこの国の騎士団長です。そしてフィリップ殿下の弟でもある。ならば私がフィリップ殿下をお支えするのは至極当然の事。」


フェイロンのその姿に父上が重なる。


「双子の王子の誕生が凶兆だとするならば、私たちがそれを変えて見せます。」


私がそう言うとフェイロンが頷く。




母上の部屋を出る。私はフェイロンに言う。


「これからこの事が公表される。そうなればフェイロン、君の立場もガラッと変わる事になる。今までは子爵家の次男坊だったが、これからは王族だ。そして私の弟でもある。」


フェイロンの肩に手を置く。


「急ではあるが、私たちは兄弟である事が分かったのだから、これからは少し砕けた物言いで良い。言いたい事や考えた事などは遠慮なく言ってくれ。」


フェイロンは少し笑って言う。


「あぁ、分かった。兄上。」


そう言われて何だか少し嬉しくなる。


「これから忙しくなりそうだ。リリー、手伝ってくれるかい?」


聞くとリリーは微笑んで頷く。


「はい。もちろんです。」




「エリー!エリアンナ!聞いたか?これは一大事だぞ!」


お父様がノックも無しに部屋に飛び込んで来る。


「えぇ、知っているわ。」


そう、私は知っている。お父様がこんなにも興奮して私の部屋に飛び込んでくるのは何故なのか。つい先程、大きな発表があったのだ。


王国騎士団の騎士団長フェイ様がフィリップ王太子殿下の弟だと。


私は心の中で歓喜した。でも表には出さない。それが淑女としてのマナーですもの。


「このままあの男と婚約、そして成婚したら、お前は王子妃、いや、体の弱い王太子を廃してあの男が王太子になれば!お前は晴れて王妃にもなれる!」


お父様ははしたなく大声でそう言う。


「ウフフフ…お父様、大きなお声でそんな事を。お止めになって。」


お父様は笑いながら言う。


「これで我が家門は安泰だ。リリーがフィリップ殿下と、お前があの男と成婚すれば、どちらかがダメでも王族との繋がりが出来るのだからな!」


どちらかがダメでも?私がダメになる事など有り得ないわ。だって私は誰よりも美しいもの。リリーには這いつくばって貰うわ。あの子は生きていたらダメなのよ!忌み子なんですもの!


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