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第65話

弟のフェイロンが王家の王子である事は瞬く間に王国中に広まった。双子の王子という事も含めて、隠さずに発表した。そのタイミングで国王が倒れた事も伝わった為、やはり凶兆であると噂になったが大罪人であるディルを既に捕らえた事で、その噂が鳴りを潜めた。国政は混迷を極める事になり、私はその混迷を収める為に人前に立ち続けた。



「殿下、少しお休みになられた方が…」


セバスチャンが心配そうに言う。


「あぁ、分かっている。だが、今は皆の前に立たなければならない。父上がお倒れになって、皆が不安なのだ。それを収める事が出来るのは私だけだからな。それよりも、何か分かったか?」


聞くとセバスチャンが言う。


「ハリッシュと共に調べておりますが、まだ何とも。」


溜息をつく。


「そうか、悪いが急いでくれ。父上も今は小康状態だが、あの毒がどれ程の作用なのか、分からないからな。」




フィリップ様はここの所、毎日、正殿にて国政をされている。国王様がお倒れになってから、フィリップ様の負担がかなり増えた。私も自分に出来る事をと思って、時間の許す限り、国王様の治癒を行っている。王宮に来てから絶えず日に三回行っていたフィリップ様への治癒も、国政の忙しさから、日に一度きりになっている事も気掛かりだった。フィリップ様は大丈夫だと仰るけれど、心配だった。


そして。クラーク卿がフィリップ様の弟だと分かった。私と同じ双子の忌み子…でも彼はそれを知っても凛としていた。この混迷の中、自分が双子の弟だと公表するのはきっと勇気がいっただろう。何か悪い事が起こればそれは全て忌み子のせいにされる。私はそれを身をもって知っている。フィリップ様とのお話し合いで彼は表舞台には極力立たない事になったようだけど、それでも口さがない人たちは影で今回の国王様の事も全て、双子の王子が誕生したからだと噂している。悪いのは毒を盛った者とそれをそそのかした者である事は誰の目にも明らかなのに。それでも噂程度に留めているのは双子の王子を非難する事が、ひいては国王様、王妃様を非難する事にも繋がるからだ。私に出来る事、それは治癒と人々の幸福を祈る事…。私は祈った。全ての人が悪しきものから護られますように、と。




「兄上。」


部屋にフェイロンがやって来る。


「お前に兄上と呼ばれるのは気分が良いな。」


そう言うとフェイロンが微笑む。


「セバスチャンが心配しています。少しお休みになってください。」


フェイロンが言う。


「あぁ、分かっているが、そうもいかない。国中がお前と私の双子の王子に対して、どれ程の不安を抱えているかと思うと、な。」


フェイロンが溜息をつく。


「兄上は私が支えます。そしてそれはこの国を支える事にもなる。私は表舞台には立ちません。そういう意味では兄上に負担をかけてしまっています。それが心苦しいのです。」


心根の優しい奴だ。きっと昔からそうだったんだろう。


「兄上の負担が減るのであれば、私も人前に出る事を考えます。」


そう言ってくれる優しい弟は、父上に良く似ている。


「それはそうと、モーリス家についてはどうなっている?」


聞くとフェイロンは眉間に皺を寄せて言う。


「私が王子であると公表されてからは、それはもう、うるさいくらいに婚約を迫って来ています。」


そんな顔でそう言うフェイロンに笑う。


「お前もモーリス家の人間が嫌いと見えるが?」


言うとフェイロンが真剣な顔で言う。


「私がいつ、モーリス家に対して好意のある態度をしましたか?」


そう言われて笑い出す。


「それもそうだな。お前の言う通りだ。」




俺が王子であると公表されてから、俺を取り巻く環境は一変した。騎士団長である事に変わりはない。しかし、俺は兄上の居る王太子宮の一部を与えられ、今まで使っていた居宅には戻れなかった。更には国政にも駆り出されるようになった。俺が第二王子となった事で、今まで俺に子爵位だからと横柄になっていた貴族たちが気まずそうにしている。兄上とも話し合った結果、俺は表舞台には極力出ない事にした。それは俺の希望だった。だが、それにより、兄上の負担が増えるのであれば、出る事も考えなくてはいけない。何しろ、兄上はお体が弱い。今はリリアンナ様からの治癒を受けて何とか立っているが、恐らく、気持ち的にも兄上は辛いだろうと思っている。


俺はずっとクラーク家で育てられた。それに関しては何とも思っていない。俺は自分の出自を考えた事も無かったのだ。それ程までにクラーク家の人たちは俺を愛し、慈しんでくれた。俺のやりたいようにさせてくれた。騎士団に入る時も、家をあげて応援してくれたのだ。俺が騎士団長になった時は涙を流して喜んでくれた。そんな家族に囲まれて育った俺は幸せ者だった。もし、俺が王家から出されず、この国の慣習である忌み子と呼ばれながら王宮で育っていたら、今のようにはなれなかっただろう。体の弱い兄上に、もしかしたら良からぬ感情を抱いていたかもしれない。今のように心から兄上を支えようとは思えなかったかもしれない。


兄上にとっての国王陛下は国王であり、父上でもあるのだ。俺のクラーク家の父上と同じように。もしクラーク家の父上の身に何かあったりしたら、俺は耐えられないだろう。きっと兄上も同じだ。でも兄上は王太子である責務を全うしている。耐え難い程の辛さを抱えているだろう。俺はそれを支えたいと心からそう思っているが、俺が前に出る事、それはすなわち、兄上の弱さの露呈にも繋がるのだ。難しい問題だった。




フィリップ様への治癒が日に一度になってから、一週間が経った頃だった。私に心配が現実のものとなってしまった。




「リリー様!大変です!フィリップ殿下が…」


そう言ってソフィアが駆け込んで来る。私は急いでフィリップ様の元へ走る。




部屋に入るとフィリップ様がベッドに横になっていた。周りにはセバスチャンやウォルター、そしてフェイロン様も居た。連日のお疲れか、それとも元々の持病からか。フィリップ様の顔色は真っ白だった。血の気が無い。それに少しお痩せになっただろうか。私はフィリップ様の手を取り、治癒をする。




リリアンナ様が兄上の治癒をする。眩い光が二人を包む。光が強くなって行き、一瞬の後、その光が弾ける。すごい光景だった。俺は初めてリリアンナ様が治癒をしているところを見た。自身が治癒を受けるのとはまた違う、荘厳な光景。治癒が終わる。兄上が目を開ける。


「兄上!」


ベッドに近付く。兄上はほんの少し笑ってリリアンナ様に手を伸ばし、その頭を撫でて言う。


「リリー、ありがとう…。」


まだ少し苦しそうだ。兄上が俺を見る。


「フェイロン…」


呼ばれて俺はベッドの脇に膝をつく。


「何だ、兄上。」


そう聞くと兄上は言う。


「こんな時にすまない、お前に負担を掛けないように、していたがやはり、無理が祟ったようだ…」


兄上が少し笑う。


「すまないが、しばらくの間、後を頼む…リリーの事も守ってやってくれ…」


俺は兄上の手を取って言う。


「あぁ、大丈夫だ、任せてくれ。安心して休むと良い。」


隣でリリアンナ様は涙を零されている。話している間も絶えず、リリアンナ様からは光が溢れて兄上に注がれていた。




国王陛下に続き、兄上まで倒れられ、俺は事態を収拾する為に奔走した。ここで俺が慌てふためけば、それは国の混乱を招く。それぐらいは俺でも分かる。俺は母上である王妃殿下や宰相マーカスに力を貸して貰いながら、この混乱を収めるべく、対応に回る。国政に関しては騎士団長をやっていた経験が生きた。いつも常に国王陛下の護衛をしながら、国王陛下直々に相談をされた事もある。今、思えばそれは父親から息子への相談だったのかもしれない。国王陛下は偉大な人物だ。争い事は好まず、平和的に解決を図る温厚な人柄。接した事がある者は皆、そのお人柄に惹かれ、毒気を抜かれてしまう。今の国内に国王陛下を悪く言う者などいないだろう。それ程までに立派に国政を取り仕切ってこられた。更に兄上は聡明で、その人柄を継ぎ、国王陛下が倒れられてからは自身が前に立ち、皆の心配を払拭する為に懸命に動いていた。俺はそれを見ながら、上に立つ者としての姿勢を学んだ。今度は俺の番だ。


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