目次
ブックマーク
応援する
10
コメント
シェア
通報

第66話

西の森に調査に出ていた俺は、調査結果を持って急いで王都に戻る途中、フィリップ殿下が倒れられた事を知った。恐らくは持病のせいだろうという事も。そしてフェイがフィリップ殿下の弟である事も知らされた。俺は王都に戻りながら、思いを馳せる。


フェイがフィリップ殿下の弟…。そう言われても違和感は無い。昔から優秀で、剣の才があり、その統率力は秀でていた。人目を引くあの銀髪で銀色の瞳は国王陛下から受け継いだものだ。人を見抜く勘の良さがあり、フェイ自身は気付いていないだろうが、フェイには人を惹き付ける魅力があった。それが王族のそれだと分かり、俺は少し笑った。以前からささやかだが噂はあったのだ。あの銀髪に銀色の瞳は国王陛下と良く似ていたからだ。戻ったら俺はどう接すれば良い?フィリップ殿下の弟君なのだから、今までのようにとはいかないだろう。騎士団で長く付き合って来た男、まるで兄弟のように。きっとフェイなら今までと同じように接してくれと言うだろうなと思った。



「フェイロン殿下、ソンブラが戻りました。」


セバスチャンにそう言われて俺は笑う。


「殿下、と呼ばれる事には慣れないな。」


言うとセバスチャンが背筋を伸ばして言う。


「慣れていなくとも、慣れて頂きます。」


そう言われて俺はまた笑う。


「ソンブラを通してくれ。」


執務室にソンブラが入って来る。


「殿下、戻りました。」


ソンブラがそう言う。俺は笑って言う。


「止めろ、今まで通りで良い。」


ソンブラはチラッとセバスチャンを見る。セバスチャンは咳払いをして言う。


「殿下がそう言われるのでしたら。」


ソンブラも笑う。そして懐から羊皮紙を出し、言う。


「西の森の調査結果だ。」


その羊皮紙には兄上が命じた調査について書かれていた。


「西の森の封印に使われた石板の破壊は、かなり前に起こった事だったようだ。」


ソンブラにそう言われて俺はソンブラを見る。


「お前にはどう見えた?」


聞くとソンブラが言う。


「あの破壊のされ方は相当前だろうな。少なくとも十年は経っている。」


十年…。


「ハリッシュを呼んでくれ。」


そう言うとセバスチャンが小さく会釈して部屋を出て行く。


「他に何か分かったか?」


聞くとソンブラは難しい顔をして言う。


「西の森自体は普通の森だ、一部を除いて、な。」


ソンブラが溜息をつく。一部、というのは封印されていた場所の事だろう。


「古くから封印されていた場所は人が立ち入らないように、監視者が監視していたが、監視者も代を変えるごとにその監視が緩くなっていった事は明白だ。監視者にしか伝わっていない事もあるだろうしな。黒魔術に関しては紙面には残さず、口伝がほとんどのようだ。それ故に年月が経つごとに黒魔術自体が弱っていったと俺は思う。」


ソンブラは聡明だ。今までありとあらゆる事を見聞きして来ている。そのソンブラが言うのだから、それが正しいのだろう。ノックが響き、セバスチャンとハリッシュが入って来る。


「ご苦労、この報告書を見てくれ。」


そう言って差し出した報告書をソンブラがハリッシュに渡す。ハリッシュはそれを読むと呟く。


「何という事だ…」


自分が監視者という立場なら、同じように感じただろう。


「今更その事を咎めるつもりは無い。黒魔術で巧みに隠されていただろうからな。それがソンブラが調査に出た時には隠されてもいなかった。という事はもう隠すつもりは無いという事だ。」


俺は立ち上がり、言う。


「気持ちを切り替えてくれ。今までの事を後悔するならば、なおの事。」


俯いていたハリッシュが顔を上げる。


「はい、殿下。」




その日の夕刻、私はフィリップ様のお部屋に足を運んだ。フィリップ様はベッドに横になっていて、時折、苦しそうに顔を歪ませる事も多かった。私は出来るだけの事をする。今日はもう何度目の治癒だろうか。日に何度も国王様とフィリップ様に治癒を施している。それなのに、お二人とも回復なさらない。


「リリー、すまないね。」


フィリップ様が小さなお声で言う。


「いいえ、大丈夫です。私の力が足りないのです…」


そう言うとフィリップ様が私の手を握る。


「それは違うよ、リリー。」


フィリップ様は優しく微笑んで言う。


「リリーは素晴らしい力を持っているんだ。だから自分を卑下してはいけない。私が回復しないのは元々の持病のせいもあるし、ここのところの疲れもあるんだ。だからリリーのせいじゃない。」


涙で視界がぼやける。


「毎日、何度もこうして治癒をしに来てくれてありがとう。心から感謝しているよ。父上の治癒もしているんだろう?リリーに倒れられてはこの国は立ち行かなくなる。それを覚えておいて欲しい。君は白百合乙女なんだから。」




フィリップ様のお部屋を出る。フィリップ様のお部屋にはソフィアを残して来た。フィリップ様に何かあったらすぐに知らせて貰う為に。


「リリー様、大丈夫ですか?」


ウェルシュ卿が心配そうに私に声を掛けてくれる。


「えぇ、大丈夫です…」


国王様が倒れられてから、私は国王様に治癒を施している。けれど一向に回復の兆しが無い。そして今はフィリップ様まで倒れられて、フィリップ様の治癒もしているのに、フィリップ様も回復されない。その事で王宮の中で噂が立っていた。


リリアンナ様は聖女では無いのではないか?と。


その噂が私本人の耳にまで届いているのだから、既に王宮中がそう噂しているんだろう。それが王宮の中だけで済めば良いけれど、国中にその噂が回ってしまえば、私はここには居られなくなるかもしれない。私の力が足りないのだ。どうやってこの力を解放するのか、分からない。こんな状態で私が白百合乙女だなんて言える筈無い。私は他の聖女たちよりもほんの少し力が強かっただけなのでは?とも思い始めている。王太子宮を出る。


「リリアンナ様。」


声を掛けられ振り向くとフェイロン様がいらっしゃった。


「フェイロン殿下。」


そう言って頭を下げる。フェイロン様は笑って言う。


「お止めください、今までのように接して頂いて結構です。」


そして護衛についていたウェルシュ卿にフェイロン様が言う。


「少し、リリアンナ様をお借りするよ。」




フェイロン様は王太子妃宮の温室へ私を促した。


「外は冷えるので。」


そう言って温室に入る。夕刻の温室は夕陽をキラキラと反射させている。


「少し座ってお話しましょう。」


そう言って温室の真ん中にあるベンチに促す。フェイロン様は懐からハンカチを取り出すと、ベンチに敷いてくださった。


「どうぞ。」


そう言って微笑むフェイロン様は、市場で出会った時と同じように優しく微笑んでくれている。


「ありがとうございます。」


そう言ってそこに座る。フェイロン様が言う。


「お隣、失礼します。」


フェイロン様が私の隣に座る。


「お寒くは無いですか?」


聞かれて私は頷く。


「はい、大丈夫です。」


フェイロン様はクスっと微笑んで、自身のマントを外し、私に掛けてくださる。


「あ、あの、ありがとうございます…」


フェイロン様は微笑んだまま、話し出す。


「今日、ソンブラが調査から戻りました。」


そう言えばソンブラを見掛けていない。


「兄上の指示で西の森の調査に行って貰っていました。」


フィリップ様の指示で西の森に…。


「これから話す事はリリアンナ様、あなた様にも関わるお話です。」


フェイロン様の瞳が真摯に揺れる。


「何でしょうか。」


聞くとフェイロン様が話し出す。


「西の森には黒魔術師を封印していた石板があるのはご存知ですね?」


そう聞かれて頷く。


「その石板を実際にソンブラに調査に行って貰いました。そして分かった事は、その石板の破壊の時期です。」


石板の破壊の時期…。


「ソンブラの見立てでは十年は経っていると。」


そう言われて驚く。


「十年、ですか?」


フェイロン様が苦笑いする。


「えぇ、そうです。もしかしたらもっと前かもしれない。」


そんなに前から封印が解かれていた、という事…。


「西の森の黒魔術師は実体を持ちません。長く封印されていた事でその力は弱まっていると見ています。更に黒魔術に関する事はほとんどが口伝です。なので黒魔術自体も人伝に口伝しているうちにどんどん形が変わり、本来の黒魔術とは違い、弱まっているというのが私たちの見解です。」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?