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第68話

婚約式後の夜会から帰ってからというもの、お父様もお母様も抜け殻のようになっている。無表情でただ生きているだけ。生きる為に必要な食事だけをとり、それ以外は何もしていない。生きる屍のような状態だった。そしてそれは屋敷全体にも言えた事だ。使用人たちは無表情で仕事をこなし、誰とも会話をしない。私はと言えば、3日程かかったけれど、痛みが消えた。


そして今や国内には暗い影が落とされている。国王様がお倒れになり、危篤状態だという。更にはフィリップ王太子殿下までお倒れになったと噂が出回っている。


「あなた、何かしたわね?」


聞くと頭の中の声が言う。


…私は何もしていないさ、ほんの少し背中を押しただけの事


国王様が危篤状態でフィリップ王太子殿下までお倒れになったのだから、この国を率いているのはフェイ様だという事になる。あぁ、麗しのフェイロン様。早く私を王宮に呼んでくださらないかしら?婚約まで秒読みという段階なのだから、私が王宮に入り、フェイロン様をお支えしたい。このまま国王様も王太子殿下もお倒れのままなら、フェイロン様がこの国の王になる。そうなれば私は王妃よ。お手紙をもう何度もしたためているけれど、お返事は無い。きっと忙しいのだわ。夜会後に何度かお会い出来ないか王宮を訪ねたけれど、以前と同じように門前払いされてしまった。早く二人だけの時間を過ごしたいわ。きっと二人だけの時間を過ごせば、フェイロン様も私を見初めて下さる筈よ。今までどんな男性だって、私を拒否は出来なかったのだから。


屍のようになっているお父様が急に立ち上がり、部屋を出て行く。私は無表情の使用人がいれたお茶を飲む。フェイロン様とお会い出来たら何を話そうかしら?やはり二人の結婚式のお話をしないといけないわね、そんな事を考えていると、部屋の扉が開いてお父様が入って来る。手には小さなトランクを持っている。お父様は私の前にそのトランクを置く。


…開けてみろ


頭の中の声がそう言う。私はそのトランクに手を伸ばしてトランクを開ける。中にはガラス製の小瓶が3つ入っていた。小瓶の中身は透明な液体。手を伸ばそうとした私を頭の中の声が止める。


…触れるな、手が焼けるぞ


手が焼けるですって?一体、これは何なの?手の平に乗る程の小さなサイズの小瓶、3つそれぞれに半分ほどの量の透明な液体が入っている。


…これはセラピアというものだ


セラピア?


「一体それが何だというの?それに触れたら何故私の手が焼けるのよ。」


…これは大事なものだ、今後、お前の役に立つ


触れられもしないのに、私の役に立つですって?


「一体、これは何なの?」


聞くと頭の中の声が笑い出す。


…フハハハハ!これは白百合乙女の涙さ


白百合乙女の涙?リリーの涙という事?何故そんなものがここに?それもこの量…そこまで考えてハッとする。この量の涙がここにあるという事は…。そこまで考えてゾッとする。お父様やお母様がリリーに鞭打っていたのは単に気晴らしの為では無かったのだ。これを集める為にリリーを虐待していたというの?それも随分前から。


待って、お父様もお母様もリリーが白百合乙女だとは知らなかった筈。


「あなた、いつからうちに居たの?」


聞くと頭の中の声が笑いながら言う。


…もうずっと前からさ、私はずっとここに居て、お前たちをずっと見ていたんだよ


私はわなわなと震え出す。


「じゃあ、あなたはリリーが白百合乙女だと知っていたのね?」


聞くと頭の中の声が笑いながら言う。


…あぁ、知っていたとも。だから排除したんだ。白百合乙女が居ると私が何も出来ないからな


頭の中の何者かは私では無く、リリーが聖女だと知っていた…そして聖女の真似事をしている私の事も見ていたという事…。


「私は…聖女では無いのね?」


聞くと頭の中の声が言う。


…そうだ、お前は聖女では無い。

…白百合乙女と共に産まれた事でその力が転移しただけの普通の女だ


頭の中で笑い声が響く。


…お前が神聖力を持っていなくて助かったよ

…お前にも神聖力があったら、私はお前の中には居られないからな


特別なのは私では無く、リリーという事…。幼い頃にリリーの力を見てから、何となく察してはいた。そしてリリーがこの家から離れた事で私の持っている力も減少した。今では擦り傷さえ治せない。自分の両手を見る。そして祈ってみる。夜会で見たリリーの祈り…白く神聖な力が会場中を包み込み、そこに居た全員にその光の粒が降り注いでいたあの光景。どれだけ祈っても願っても、私の手には光すらもう宿らない。


…そう気落ちするな、私がお前を救ってやろう


「アンタに何が出来るっていうのよ!」


目の前のトランクを手で薙ぎ払う。トランクが床の上に転がる。コロコロと小瓶が床の上に転がり落ちる。その小瓶を手に取る。小瓶は蓋が外れていた。中身の液体が私の手に触れる。その途端、手に焼けるような痛みが走って、私はその小瓶を投げ付ける。


「痛い!痛い!」


手を見ると液体が触れた箇所が焼けてただれている。小瓶は私が投げ付けた事で割れてしまった。これがリリーの涙のせいだと思うと許せなかった。


どうしてリリーだけが特別なの!あの子は忌み子じゃない!生きていてはいけない子なのに!


…冷静になれ、セラピアがあればお前はこの国の危機を救う聖女になれるんだぞ?


この国を救う聖女…?


…セラピアは唯一の解毒薬の貴重な材料だ。

…今、危篤状態にある国王と王太子をお前が救ったら?


そう言われて私は思う。…そうよ、私が唯一の解毒薬の材料を持っているとするならば、それを使えば私はこの国を救った聖女になれる。でも、待って、それはリリーが居れば容易な事では無いの?


…そう、だからこそ、お前は白百合乙女を仕留めないといけないんだ

…お前が唯一の聖女になるためにな




俺はリリアンナ様に騎士の誓いを立てた。彼女を見ていると心からリリアンナ様を守り、慈しみたいと思うのだ。それはリリアンナ様が白百合乙女だからなのか、それともリリアンナ様ご自身にそう思わせる何かがあるのかは分からなかった。忙しい毎日を過ごしながらも、ふとリリアンナ様の事を考えてしまう。


俺が騎士の誓いを立てた事で少しでもリリアンナ様の支えになれたらと思うけれど、逆に負担になってしまう事もある。リリアンナ様は兄上の婚約者なのだ。でも二人を見ている限り、二人の間には兄と妹のような雰囲気が漂っていて、婚約者同士という感じでは無い。恐らく兄上はリリアンナ様の事を自身の婚約者という立場で守ろうとしている。そんな気がしている。




寝所で横になりながら考えていた。私の腕にある黒い筋…消えはしないものの、ずっとそこに留まっている。体の他の部位には黒い筋は無い。腕のみ…しかもその黒い筋はまるでそこに押し留められ、触手を伸ばそうと試みては失敗しているように見える。


何がそうさせている?


イービルが私の体の中に入ったのは間違いないだろう。そして私はリリーからの治癒を受けている。それがイービルの広がりを抑えているのだと、そう考えたが。ノックが響き、ソフィアが入って来る。手にはたくさんの花を持って。真っ白なゼフィランサス。ソフィアは優しく微笑み言う。


「温室からお花を持って参りました。」


ソフィアは私のベッドサイドにあった花瓶にそれを挿す為にベッドに近付いて来る。体を起こそうとするとソフィアが慌てて持っていた花束を私の膝の上に置き、私を支える。


「あぁ、すまない。」


ソフィアに支えられ、起き上がり、膝の上に置かれた花を愛でようと触れる。


次の瞬間、真っ白なゼフィランサスの花弁がじわじわと黒くなり始めた。


「何だ、これは…」


ゼフィランサスの白い花弁が真っ黒になる。


「フィリップ殿下…!」


ソフィアも顔を真っ青にしている。私が触れた一輪のゼフィランサスはその花弁が真っ黒になり、まるで元から黒い花のようだ。もう一輪、触れてみる。私が触れたゼフィランサスの花弁がまた黒くなる。ソフィアは私の傍で口を覆い、震えている。私の手、いや、そこに留まっているイービルが作用しているのか。私は微笑んでソフィアに言う。


「ソフィア、驚いたね。私も驚いた。ちょっと確かめたい事が出来たんだ、リリーを呼んでくれるかい?」


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