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第69話

フィリップ様に呼ばれて私は王太子宮に入る。お部屋の前にソフィアが居た。


「ソフィア。」


そう声を掛ける。ソフィアの様子がおかしい。顔色が悪い。


「どうしたの?何かありましたか?」


聞くとソフィアは私を見て言う。


「中にお入りください。」


お部屋の中に入る。フィリップ様はベッドの上にいらっしゃった。


「やあ、リリー。」


そう言うフィリップ様は相変わらず顔色は白く、すぐにでもお倒れになってしまうのではないかと不安になる。


「フィリップ様が私をお呼びだと伺いました。」


そして歩いてフィリップ様に近付く。


「何かありましたか?すぐに治癒を…」


そこまで言って、フィリップ様の膝の上にあるお花が目に入る。フィリップ様は微笑んで言う。


「リリー、座ってくれるかい?ちょっと話したい事があるんだ。」


ソフィアがベッドの近くに椅子を持って来る。私はそれに座り、フィリップ様とその手元にある花束を見る。二輪だけ、真っ黒なお花があった。白いお花と黒いお花が分けられている。


「これはね、ゼフィランサスという花だよ。」


フィリップ様が言う。ゼフィランサス、見た事のあるお花だった。確か、私の居る王太子妃宮の温室にもある。


「私の居る王太子宮の温室は、基本的に白い花が植えられているんだ。」


フィリップ様がそう言って微笑む。


「私は白い花が好きでね、特に大きな花弁を持つ花が好きなんだよ。この国の国花である白百合が良い例だね。」


そしてフィリップ様は私を見る。


「それでね、リリー。」


フィリップ様の物腰はいつも柔らかい。


「今日、ソフィアが私の温室に行って、花を持って来てくれたんだ。」


でもフィリップ様は白いお花が好きなのでは、とフィリップ様の膝の上にある花を見てそう思う。


「見ていてくれるかい?」


フィリップ様はそう言って一輪の白い花に触れる。真っ白だった花弁が黒くなり始める。それを見て息を飲む。フィリップ様は黒くなった花を持ち、二輪の黒い花の方へ、黒くなった花を置く。


「リリーがここに来るまでに考えたんだ。」


フィリップ様が言う。


「これは私の体内にあるイービルが関係しているんだと思う。昔から白い花には浄化の作用があると言われているんだ。その浄化が黒く汚されている。まさしく悪しきものの仕業だ。」


フィリップ様が腕をまくる。そこには国王様に見られた黒い筋がある。


「この黒い筋は今、腕にだけしか現れていない。体の他の部位に黒い筋は無いんだ。」


フィリップ様は腕まくりを直し、黒い花を持つ。


「見た所、花弁が黒くなった以外は、変化は見られない。これもきちんと調べるけれど、恐らくはこの花はちゃんと生きている。」


フィリップ様は黒い花を持って言う。


「それでね、リリー。リリーにこれを持ってみて欲しい。」


そう言って私に黒い花を差し出す。私は頷いて、その花を持つ。私が花に触れた途端、私の手から金色の光が放たれ、黒い花を包む。指先に強い痛みを感じる。でも私はその時、その痛みに負けてはいけないと感じた。白い光に包まれた黒い花から黒い靄が立ち上り、花弁が白くなっていく。黒い靄は白い光の膜の中で集まり始め、一筋の黒い線になり、黒い線は白い光の膜の中をパチパチと音を立てて動き回る。最初こそ、激しく動き回っていた黒い線はその動きを緩慢にしていく。そして黒い線はその先端から白くなり始め、パラパラと落ちては消えていく。ついには黒い線が全て白い光に変換されるように消えた。ふっと花を包んでいた光が消える。花はもうすっかり白くなっている。


「やはり、か。」


フィリップ様がそう呟く。フィリップ様は私に手を差し出し、言う。


「その花を渡してくれるかい?」


フィリップ様にその花を渡す。また黒くなるかと思われたその花は、もう黒くはならなかった。


「うん、一度リリーに浄化された後は、もう黒くはならないね。」


そして後ろで控えているソフィアに言う。


「ソフィア、悪いけれど、ウォルターを呼んでくれるかい?」


ソフィアはほんの少し会釈して部屋を出て行く。フィリップ様は少し息をついて言う。


「以前、ソンブラが内偵に行った後、リリーの元を訪ねた事があったね。」


フィリップ様に言われてそれを思い出す。


「はい、あの時、一緒に居たソンブラの指先とセバスチャンの持っていた花瓶から黒いもやが。」


フィリップ様が頷く。


「うん、リリーはそれを浄化しただろう?」


私はあの時、自然と体が動いていたのだ。そうしなければいけないと思ってそうした。


「はい。」


フィリップ様はまた少し息をついて言う。


「あの時、持ち帰ったものがあってね。それは白紙の紙なんだが、そのもの自体は持ち帰る訳にはいかないからね。ソンブラがその紙を反転させて持ち帰って来てくれたんだ。それを解呪するのに使ったものが花瓶の中身。リリーが浄化してくれたのはその花瓶の中身と手袋だ。」


フィリップ様が私を見る。


「この程度、と言って良いかは分からないが、ある程度なら今のリリーで浄化は出来るだろう。でもね、知っての通り、イービル自体は無くならない。これには解毒薬が必要になる。」


そしてふっと笑って言う。


「ゼフィランサスの別名を知っているかい?」


聞かれて私は首を振る。


「いいえ、知りません。」


フィリップ様は微笑んで言う。


「ゼフィランサスの別名はレインリリーと言うんだよ。」


レインリリー…。私の名が含まれている…。


「詳しくは調べても出て来ないだろう。でもね、いや、だからこそ、私はこう考える。」


フィリップ様の真摯な瞳が私を捉える。


「白い花は浄化の作用がある。そしてその白い花は悪しきものに触れると黒くなる。それはリリーの浄化によって白くなり、元の色に戻る。更には一度元に戻った花はもう黒くはならない。それはきっと人にも言える事だ。」


フィリップ様が私に手を伸ばす。私はそんなフィリップ様の手を取る。白い光がふわっと沸き立ち、フィリップ様を包んでいく。


「こうしてリリーに一度でも治癒を受けた者は、きっと黒くは染まらない。そしてその清らかな心は決して悪しきものには蹂躙されない。だから私はリリー、君のお陰でこうしていられるんだ。」


ノックが響き、ウォルターとソフィアが入って来る。フィリップ様はクスっと笑って、入って来た二人に視線をやる。


「ウォルター、この黒い花を慎重に保管してくれ。直接触れないように手袋を。隔離しておくんだ。この花がその後も他の切り花と同じような経過をたどるのか、観察して欲しい。」


ウォルターは頷いて手袋をして、その花を持つ。フィリップ様は微笑んで私を見ると言う。


「こんなふうに悪しきものが花に変化をもたらすとは思わなかったね。そしてそれがゼフィランサス、レインリリーだった事も幸運だったのかもしれない。他の花でも試してみよう。」


フィリップ様の手が私の頭に伸びて来て、頭を撫でる。


「私に触れた者たちがもしかしたら、悪しきものの影響を受けるかもしれない、そんな可能性については考えた事も無かった。でも、普段からリリーに接している者たちはその影響を受けないようだね。それもリリーの加護のお陰だ。」


フィリップ様に頭を撫でられ、何だか嬉しくなる。きっと兄が居たらこんなふうに感じるのだろうと思った。




それからフィリップ様の元にはあらゆるお花が持ち込まれ、黒くなるかの検証がされた。全ての花が黒くなる訳では無かった。


「うん、規則性は見つからないね。これはもう花による、としか言えないな。」


フィリップ様は黒くなった薔薇を持っている。


「白い薔薇が黒くなったんだ、母上にも気を付けるように進言しておこう。」


私は数日前の事を思い出し、フィリップ様に言う。


「前に国王様の治癒をした時に、王妃様が一緒にいらっしゃって、国王様の手を握っていらっしゃいました。私が治癒をする時に手を離した方が良いのか聞かれて、そのままでと言ったんです。私の治癒の光が王妃様も包みました。なので王妃様も大丈夫だと思います。」


フィリップ様は目を細めて言う。


「リリーの加護が母上にもあったか。それは良かった。きっと悪しきものから護ってくれるだろう。」


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