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第71話

王宮からの返信は無く、フェイロン様から少しも動きは無い。王宮に行っても中には入れない。すぐに門前払いをされてしまう。その日も王宮に訪れていた。中には入れて貰えない。私はイライラしながら溜息を吐き、これから先を考えていた。行き来する憲兵たちの口から知っている名が聞こえて来た。


フェイロン殿下がリリアンナ様を誘ったらしいぞ?

そうなのか?へぇー、あのフェイロン殿下がねぇ

人払いをしたとかで、二人で過ごされたそうだ

リリアンナ様はフィリップ殿下の婚約者だろ?

それがなぁ、どうやらフィリップ殿下も…


フェイロン様がリリーを誘った?二人きりで時間を過ごしたというの?


何故!


リリーはフィリップ王太子殿下の婚約者でしょう?あの婚約式後の夜会でリリーを見た時から嫌な予感はしていた。モーリス家では下女のように働かせていて、少しもリリーを気に掛けた事など無かった。それが、あの婚約式後の夜会ではリリーは周囲の人間に守られ、大切にされていた。王太子殿下の婚約者…それが何を意味するのか、嫌でも感じた。白百合乙女だと発表された事で近付こうとする者たちから王国の騎士団である黒い騎士様たちが守り、姉である私ですら近付けなかった。一段高い壇上でフィリップ王太子殿下と微笑み合い、侍従や侍女もたくさん付いていた。


そして何よりもフェイロン様がリリーをダンスに誘ったのだ。二人で踊るところを見させられ、腸が煮えくり返った。リリーにはフィリップ王太子殿下がいるじゃない。なのに、フェイロン様までリリーに…。その時、思い浮かんだ光景。


…もしかしてリリーはフェイロン様が好き…?


お父様がリリーに挨拶に行った後、私もフェイロン様と共に挨拶をした時、リリーは顔を歪ませた。そしてあの二人でのダンス。リリーもフェイロン様も二人とも楽しそうに踊っていた。フェイロン様は私と踊った時には微笑みもしなかったのに。フィリップ王太子殿下と婚約式までしておいて…何故リリーだけがそんなに周囲に守られるの!リリーが守られるなら私も守られて当然なのに!リリーは下女だったのよ?何にも無いただの下女で忌み子!…そうよ、忌み子だもの。あんな子を王太子殿下の婚約者にするだなんて…そもそもそこが間違いなのよ!


気付けば私は家に帰って来ていた。そして今居るのは屋敷の地下。普段は絶対に入らない暗い空間。ジメジメとしていて、カビ臭い。何で私はこんな所に…?不意に頭の中の声が言う。


…奥に行け


奥?私は視線を上げて奥を見る。奥には汚らしく重たい木のドアが付いている。


…中に入れ


そう言われて私は重いドアを何とか開けて中に入る。中は倉庫のようになっていて、私には分からない物がビッシリと並べられている。


…目の前の箱を開けるんだ


そう言われて私は目の前の木箱を手に取り開ける。中にはガラス製の小瓶が二つ。暗くてよく見えないけれど、紫色の液体が入っている。これは何なの…そう思っていると頭の中の声が言う。


…それは毒だ、白百合乙女でも癒せない

…国王と王太子がその毒にやられたのさ


そんな毒がこんな所にある…。私は慎重に蓋を閉める。


…心配するな、イービルはそれ単体では毒にはならん


これをどうしろと?こんなものを持っていたら、もしそれが露呈した時、モーリス家は終わる。家族全員死刑だわ。だって王族を手に掛けた事になるもの。


…よく考えろ、それをどう使うのか


どう使うか?ですって?そこで私はハッとする。これは白百合乙女ですら、大聖女ですら癒せない毒…。だとしたらこれをリリーに盛る事が出来れば…。


…そうだ、そしてお前は唯一の解毒薬の材料を持っている。それを使う人間をお前が選べるんだ


そう言われて私は腹の底から笑い出す。そうよ、そうだわ。これが唯一の毒であり、私は更にその解毒薬の材料-セラピア-を持っている。そしてそのセラピアはリリーの涙…ならばその源流を止めてしまえば良い。そうすれば私は国王様を癒し、王太子殿下を癒し、リリーを排除して今度は私が今のリリーのように誰からも愛される聖女になるんだわ。




リリー様とのピクニックを終え、俺は政務に戻っていた。少しでもリリー様のお心を軽く出来ただろうか。連日の加護と祝福。リリー様が倒れてしまわないか、その方が心配になる。俺の取った花びらを記念に取っておくと仰っていた。そんなリリー様を思い出して、クスッと笑う。


そんなある日。


その日は穏やかな日だった。政務に追われながらも俺は王宮の中でリリー様を見かけていたし、父上は小康状態、兄上も伏せってはおられるが、食事も摂れていて、リリー様からの治癒を受けて過ごされていると聞いていた。




「殿下!フェイロン殿下!大変です!」


そう言って駆け込んできたのはベルナルドだった。ベルナルドは息を切らし、俺の執務室の扉を突然開けて、飛び込んできた。


「どうした、ベルナルド。」


言うとベルナルドが言う。


「リリー様が…リリー様に…」


ベルナルドはそう言いながら、もう既に泣きそうな顔をしていた。


「リリー様に何かあったのか!何があったんだ!」


そう言いながら俺は椅子から立ち上がり、歩き出す。ベルナルドが後を付いて来る。




リリー様のお部屋に来る。息を飲んでお部屋の前で言う。


「フェイロンです、入ります。」


そう言って扉を開ける。部屋を見回す。ベッドにリリー様が居た。


「リリー様!」


そう言って駆け寄る。ベッドの上でリリー様は真っ白なお顔で横になっていた。


「一体、何があった!」


言うと控えていたキトリーが言う。


「これを見て頂けますか…」


キトリーはそう言うとリリー様の首元を下げる。そこには黒い筋が現れていた。


「これは…」


国王様に出ていた首元の黒い筋…イービルを盛られた証拠…。


「何と言う事だ…」


俺は頭の中が真っ白になる。イービルは白百合乙女でも癒せない毒…。そんな毒がリリー様に盛られたというのか!誰だ!誰なんだ!誰がこんな事を…。



倒れそうになる自分を奮い立たせる。倒れる訳にはいなかい。国王である父上が小康状態で、兄上は確実にイービルに侵され、そして今度はリリー様まで。そんな状態で俺が、俺の心が折れたら、この国は終わる。


「兄上は知っておいでか?」


聞くとキトリーが頷く。


「はい、すぐに使いの者をやりました。」


真っ白なお顔のリリー様、命の灯が確実に小さくなっているのを感じる。俺は自分の手を握り締め、言う。


「リリー様がお倒れになったという事は、父上も兄上も危ない。早急に手を打たねばならん。」


俺は膝を付き、リリー様の手に触れる。


「私はあなたに騎士の誓いを立てました、お守りすると誓ったのです。なのに守り切れなかった。あなたの命の灯が消えてしまう前に、必ず、解毒薬を完成させ、あなたを救います。」


リリー様からは何の反応も無かった。悲しかった。俺が触れればリリー様からはいつも、加護の光が俺を包んだ。祝福を受け、俺はその光に包まれて悪しきものから護られていたのだ。


立ち上がる。


こうしてはいられない。


「キトリー、リリー様の状態を常に報告してくれ。何かあればすぐ連絡を。」


そう言って俺はリリー様の部屋を後にする。




部屋を出て俺は執務室に戻る。執務室にはソンブラが来ていた。


「ソンブラ…」


ソンブラの顔を見て、俺は気が緩む。ソンブラは俺の前に立つと言う。


「フィリップ殿下がお前に会いに行って来いと仰った。」


ソンブラは俺の肩に触れ、言う。


「この意味が分かるな?」


そう言われて俺は頷く。


「お前が俺の補佐に回る、という事だな。」


ソンブラが力強く頷く。


「あぁ、そうだ。泣いている暇など無い。」


そう言われて俺も頷く。




数日前に来ていたエリアンナ嬢からの手紙をソンブラに見せる。ソンブラはそれを読み、そして言う。


「やっぱりこの文章からすると、唯一の解毒薬の材料を持っているとみて、間違いないだろうな。」


やはり、そうかと思う。


「取引しようと思っている。」


言うとソンブラが頷く。


「今のところ、それしか手が無いな。」


エリアンナ嬢が求めているのは俺との婚約。俺の婚約者という立場だ。今のこの状況で俺の婚約者ともなれば、王宮には自由に入れるようになるだろう。それが心配ではあったが、背に腹は代えられない。


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