数日して、すぐにエリアンナ嬢が王宮に呼ばれる事になった。エリアンナ嬢は王宮に入るとすぐに俺の元へ来て言う。
「お会いしたかったです、フェイロン様。」
エリアンナ嬢はありったけの宝飾品で自分を飾っている。ゴテゴテと…下品だ、そう思った。俺はエリアンナ嬢に言う。
「誤解をしないで欲しんだが、私はモーリス家から縁談を持ち込まれていた時とは立場が違う。」
そう言うとエリアンナ嬢が少し表情を硬くする。
「私はもう子爵位では無い。この国の第二王子だ。」
エリアンナ嬢には変わったところは見て取れない。
「君が今、目の前にしている男はこの国の王族だ。名を呼ぶ事は許していない。」
エリアンナ嬢の顔が引き攣る。
「王国の星、フェイロン第二王子殿下にご挨拶申し上げます。」
エリアンナ嬢がわなわなと頭を下げる。
「今日、呼んだのは他でもない。君が送って寄越した手紙についてだ。」
言うとエリアンナ嬢がよろよろと頭を上げる。
「あれには父上である国王陛下と、兄上を癒す事が出来ると書かれていたが、相違ないか?」
エリアンナ嬢は俯いている。
「聞いている、答えて貰おう。」
言うと俯いていたエリアンナ嬢がクスクスと笑い出す。そして顔を上げたエリアンナ嬢は満面の笑みだった。
「フェイロン第二王子殿下、私、嘘は申しておりません。」
自信満々の態度だ。エリアンナ嬢は俺を真っ直ぐ見て言う。
「私は国王様も王太子殿下も癒す事が出来ます。お二人とも救えます。」
その笑みに悪意を感じる。エリアンナ嬢は笑顔のまま言う。
「でも代償は頂かないと。」
やはり、そう来るか。
「何が望みだ。」
言うとエリアンナ嬢は辺りを見回して言う。
「まずは私のお部屋をご用意ください。出来ればリリーの隣のお部屋が良いわ。それから私とフェイロン第二王子殿下の婚約を。」
部屋を用意しろ、か。ここに住み着く気だ。そして更には婚約まで…。
「部屋は用意させる。婚約もしよう。」
言うとエリアンナ嬢が更に言う。
「リリーは王太子殿下の婚約者ですものね、第二王子殿下の婚約者になる私が、リリーの事にまで口を出せないのは私も承知しております。でも、体裁は大事ですわ。私はモーリス家の長女。リリーは忌み子です。なので、本当ならリリーを廃して頂きたいのですが、まぁ、それもそのうちに、ですわね。」
意味深な物言いに俺は腹が立った。リリー様は白百合乙女様だ。そんな彼女を廃するだと?エリアンナ嬢は不敵に笑い、言う。
「お部屋の準備が整うまで、フェイロン様がお相手をしてくださるのでしょう?」
聞かれてゾッとする。そこで黙って俺の脇に控えていたソンブラが言う。
「殿下はお忙しいのです。ですからお相手は私がしましょう。」
エリアンナ嬢はソンブラの事を覚えているだろうか。エリアンナ嬢の神聖力を見極める為に演武をした相手だと。エリアンナ嬢はソンブラを見て、クスッと笑い言う。
「まぁ、あなたでも良いわ。」
そう言って手を差し出す。エスコートをしろという事らしい。ソンブラは笑ってそんなエリアンナ嬢の手を取る。パチンと音がして、二人の手が離れる。エリアンナ嬢は痛そうに顔を歪め、自分の手袋をしている手を見ている。ソンブラに目をやると、ソンブラは微笑んでいた。
「リリーね。」
エリアンナ嬢がそう呟くのが聞こえた。
すぐに部屋の準備がされる。リリー様の部屋の隣に、部屋を用意させるなんて、何て悪趣味なんだと思ったが、それが本人の希望だ。
「これで良いか。」
言うとエリアンナ嬢は部屋を見回して、言う。
「今はこれで。」
そして俺に振り向き、言う。
「フェイロン様、婚約の署名を。」
その場で書面に署名する。署名くらいは何でも無い。後から破棄でもすれば良いのだから。婚約の書面を嬉しそうに見て、エリアンナ嬢が言う。
「これで私は正式にフェイロン様の婚約者ですわね。」
エリアンナ嬢はそう言って、俺に近付いて来る。エリアンナ嬢を見ているとゾッとした。何か悪いものが巣食っている、そんなふうに感じる。俺の元へ歩いて来て、俺を見上げる。瞳も髪色もブラウンで、何の変哲も無い。リリー様のような亜麻色の髪でも無いし、翠眼でも無い。何故双子なのに、ここまで違うのだろうか。顔の造りは良く似ていた。だがその瞳の色も髪の色も、一目見ればリリー様の方が目を引く。そこまで考えて、俺はやっと分かった。
そうか、リリー様が亜麻色の髪で翠眼なので敢えてリリー様を目立たないように隠していたんだ、双子だからと比べられれば、エリアンナ嬢の方が見劣りする。そして聖女である自分よりも優れている容姿のリリー様に嫉妬しているんだ。
「フェイロン様、私とのお時間を過ごして頂かないと。婚約者なのですから。」
見上げられ、背筋が寒くなる。何なんだ、このおぞましい瞳の色は。そう思っていた私とエリアンナ嬢の間にソンブラが入り込む。
「エリアンナ嬢、先程も申し上げた通り、殿下はお忙しいのです。いくら婚約者と言えど、殿下のお時間をエリアンナ嬢の為に割く訳にはいかないのですよ。」
ソンブラにそう言われたエリアンナ嬢は挑戦的にソンブラを見て言う。
「そんな事を仰ってもよろしいのかしら?国王陛下と王太子殿下を癒す事が出来るのは私だけなのですよ?」
そこで俺はふっと笑う。俺が笑ったのが意外だったのか、エリアンナ嬢が俺を見る。
「何故、笑うのです?」
そう聞かれて俺はエリアンナ嬢に言う。
「父上は先日、崩御された。」
エリアンナ嬢が驚く。その顔色が悪くなっていく。そう、父上はリリー様からの治癒を受けられずに亡くなった。悔しさが込み上げる。
「一足遅かったな。」
俺は冷たくエリアンナ嬢を見つめる。
「嘘、嘘よ…」
エリアンナ嬢がそう呟く。
「断じて嘘ではない!」
俺の大きな声にエリアンナ嬢の体がビクッとなる。
「どこかの誰かが盛ったイービルで、リリー様がお倒れになったせいで!治癒を受けられなくなった父上は、その命の灯が消えてしまわれたんだ!」
エリアンナ嬢を睨む。
「父上はリリー様からの治癒でその命を長らえていた。そしてそれは兄上も同じだ。」
エリアンナ嬢は“国王陛下と王太子殿下の二人を助ける”とそう言った。つまりはリリー様を助ける気は無いのだろう。俺の内の激しい怒りを抑えられない。エリアンナ嬢を見下ろし言う。
「だからこそ、吐いて貰うぞ。解毒薬について。」
俺がそう言った次の瞬間、ソンブラがエリアンナ嬢を取り押さえる。
「何をするのです?フェイロン様…?」
エリアンナ嬢が俺を見る。
「何をするかだって?」
そう言って笑い、俺は大きな声で命じる。
「エリアンナ嬢の私物を調べろ。持って来たものは全てだ。モーリス家も捜索を命じる。」
エリアンナ嬢は俺の目の前に膝を付かされている。荷物の捜索が続く。
「殿下、こんなものが。」
そう言ってベルナルドが持って来たのは小さな木箱。ベルナルドがその箱を開ける。中には紫色の液体が入ったガラス製の小瓶が二つ入っていた。見た事のある液体。あの日、父上にディルが飲ませた液体と同じものだ。直感的にそう思った。
「これはイービルだな?」
エリアンナ嬢に聞くとエリアンナ嬢はクスクス笑う。
「それがどうしたと言うのです?」
俺はその木箱の中からガラス製の小瓶を取り出す。蓋を開け、匂いを嗅ぐ。
「フェイロン様!」
途端にエリアンナ嬢が慌て出す。この反応だ、イービルに間違いないだろう。
「フェイロン様、リリーに会わせてください。」
エリアンナ嬢がそう言う。
「ダメだ。」
言うとエリアンナ嬢がまた言う。
「リリーに会わせて!」
エリアンナ嬢の腕を後ろ手に押さえているソンブラと共に隣の部屋に入る。リリー様がベッドでまるで死んだように眠っていらっしゃった。心が痛む。エリアンナ嬢はリリー様を見て、ほくそ笑む。
「死ねば良いのよ、リリーなんて。忌み子なんだもの。」
エリアンナ嬢が吐き捨てる。俺は笑ってそんなエリアンナ嬢に言う。
「リリー様を忌み子というなら、私も忌み子だ。」
エリアンナ嬢が俺を見上げ、微笑む。
「フェイロン様は別です。あなたは王族ですもの。」
都合よくそう言うエリアンナ嬢に笑う。ベッドから少し離れて、俺は言う。
「リリー様には会わせたぞ。解毒薬について話して貰おう。」
言うとエリアンナ嬢が笑う。
「どうしてです?このままリリーと王太子殿下が死ねば、この国はフェイロン様のものになるのに。救う価値すら無いでしょう?」
そしてベッドに眠るリリー様を見て、鼻で笑う。
「王太子殿下は私を袖にした方、リリーは生きていてはいけない忌み子。その二人が居なくなれば、そうすれば…」
エリアンナ嬢の言葉が止まる。何故ならそれは俺に振り向いた時に俺の手にはイービルがあったからだ。
「フェイロン様…?何を…?」
俺は笑ってイービルの蓋を外す。
「イービルはそのもの単体では効果は無い、そうだな?」
エリアンナ嬢の、その顔色が白くなっていく。
「何なら良いのだ?唾液か?涙か?」
俺はそう言いながらリリー様を見る。そしてリリー様を失う事を想像する。その想像をするだけで俺の瞳には涙が溜まる。騎士の誓いを立てたのに、守ると決めたのに。瞳から涙が溢れた時、イービルの小瓶の中にその涙が入る。途端にイービルが一瞬、青く光り、また紫色の液体に戻る。
「これを飲めば俺も、兄上やリリー様と同じになるな。」
そう言ってイービルを呷る。
「フェイロン様!止めて!!!」