毒が体内に入る。息が苦しい。でも言わなければいけない。
「はや…く…げど…く…やく…を…」
体中が麻痺していく。あぁ、こうやって麻痺が進み、遂には呼吸も心臓も止まってしまうのだなと実感する。視界の中でエリアンナ嬢が泣きながら何かを言っている。俺の持っている小瓶を誰かが取る。そして目の前でその小瓶に何かを入れるエリアンナ嬢が居た。
隠し持っていたのか、そうか。なら見つからない筈だ…。
エリアンナ嬢が俺にそれを飲ませようと近付くが、黒い騎士に止められる。ソンブラが俺にそれを持って来る。俺は息を切らしながら、その小瓶を受け取り、リリー様の居るベッドに半ば這って向かう。そんな俺をソンブラが支えてくれる。エリアンナ嬢は黒い騎士が取り押さえている。
もう何も聞こえない。
俺は息も絶え絶えになりながら、その小瓶の中身をリリー様の口に当てる。もちろん、リリー様は反応しない。俺は息を切らしながら、それを口に含む。そして口付ける。
頼む、飲み込んでくれ…。
フェイロンが倒れ込む。俺はそんなフェイロンを支える。ベッドで眠るリリー様。どうか、どうか、解毒薬が効きますように…そう願った時だった。俺の目線に居たリリー様の体が白く光り始める。光は徐々に強くなり、リリー様を包む。もう見る事も出来ないくらいに光が強くなり、光の球体が出来る。
同じだ、フェイロンを癒したあの時と。
光の球体がリリー様を包む、目が開けていられない程の光の球体が膨らむ。そしてパーンと弾けて金色の粒が舞う。光の強さに目を細めていた俺は、光が落ち着いて来た時に目を開ける。
そこには銀色の髪をしたリリー様がいらっしゃった。
そしてこんな言葉が頭に浮かぶ。
【覚醒】
リリー様はベッドの上で上体を起こし、そして俺たちを見る。ベッドの上に転がったガラス瓶を見て、それを手に取るとベッドを下りて、俺が抱きかかえているフェイロンの傍に膝を付く。小瓶の中身を口に含み、フェイロンを抱きかかえ、口付けて口移しする。俺は目の前で起きている事が信じられなかった。
この銀色の髪の女性がリリー様?
そしてリリー様は躊躇わずにフェイロンに口移ししている。口を離すと、フェイロンがまるで今、眠りから覚めたように目を開ける。
「リリー…」
フェイロンはそう言ってリリー様の頬に手を伸ばし、その頬を撫でる。リリー様の体もフェイロンの体もキラキラと光っている。金色の粒が全身を包んでいるからだ。
「リリー!」
そう叫んだのはエリアンナ嬢だった。エリアンナ嬢に視線を移す。エリアンナ嬢は黒い騎士に抑えつけられながらも、リリー様を睨んでいる。
「アンタなんて!アンタなんて!死ねば良かったのよ!生まれた時に殺しておくべきだったんだわ!アンタが居るせいで!私は!私は…!」
そう叫んだエリアンナ嬢の体が黒くなっていく。いや、正確には体中に黒い筋が浮かび上がり、それがエリアンナ嬢の体を、顔を侵食していく。とうとう真っ黒になったエリアンナ嬢は抑えつけていた黒い騎士たちを跳ね飛ばす。
「アンタが悪いのよ…小さい頃から、その髪も!その瞳も!目障りだったのよ!忌み子の癖に!」
跳ね飛ばされた黒い騎士たちはその手が黒く侵食され始めている。エリアンナ嬢は立ち上がり、俺たちに近付いて来る。
その時。
どこからか声がした。
…仕留めるんだ、白百合乙女を、お前なら出来る
エリアンナ嬢は口から黒い
不意にリリー様に抱えられていたフェイロンが体を起こした。そして立ち上がる。リリー様に手を差し伸べて、リリー様がその手に自分の手を乗せて立ち上がる。俺たちを囲んでいた黒い
「ソンブラ。」
フェイロンが呼ぶ。
「はい殿下。」
俺は思わずそう言い、片膝を付く。フェイロンは俺に少し微笑み言う。
「お前はそのままそこに居ろ。」
フェイロンが剣を抜く。リリー様は自分の胸の前に手を組んで祈る。リリー様から光が溢れ出す。その光は今まで見た事が無い程の強い光だった。強い光は黒い
「違う、違う、こんなんじゃない。私はこんなに醜くない…違う!」
リリー様の放つ強い光がエリアンナ嬢を包む。光に包まれたエリアンナ嬢はその口から黒い
この世のものとも思えない叫び声が響く。
それはエリアンナ嬢から発せられているようにも思えたが、その声は低く野太い。
…おのれ!白百合乙女め!
そんな声がして分裂した黒い
すぐに解毒薬を作って、フィリップ殿下に届ける。リリー様もフェイロンも一緒だった。フィリップ殿下はベッドの上でその首筋を黒く染めていた。リリー様が解毒薬を泣いているソフィアに渡す。
「リリー様…?」
リリー様は微笑んで言う。
「今の状態ではフィリップ様は飲み込む事が出来ません。」
そう言ってリリー様はフェイロンを見上げる。フェイロンも微笑んでリリー様を見ている。
「兄上はソフィアに任せよう。」
そう言ってリリー様もフェイロンも一歩下がる。天蓋が下ろされる。ソフィアは解毒薬を手に戸惑っている。俺はそんなソフィアに耳打ちする。
「口移しするんだ。早くしないと殿下の命が危ない。」
そう言って俺は背を向ける。ほんの少しの間。ふわっとした温かさを感じる。天蓋の外から光が差し込んでいる。あぁ、リリー様が祈っていらっしゃる。そう思った。
「…ソフィア?」
フィリップ殿下の声だ。そう思って振り向く。そして俺は微笑んで片膝を付く。フィリップ殿下はソフィアに手を伸ばし、その頬に触れ、ソフィアは目を覚ましたフィリップ殿下を見て涙している。天蓋を出る。そこには微笑んでいるリリー様とフェイロンが居る。
黒い
自分に死ねば良いと言った自身の姉も、他の人間と変わらずに治癒をするんだな。
俺だったらどうだろう。俺ならそんな奴は放っておくかもしれない。野垂れ死ねと思うかもしれない。でもリリー様は違う。心根が俺とは根本的に違うのだ。
「ソンブラ。」
考え事をしていた俺にリリー様が声を掛けて下さる。
「はい、リリー様。」
返事をするとリリー様は微笑んで言う。
「少し話をしませんか。」
リリー様のお部屋に入る。部屋の中は何故かキラキラしているように見える。リリー様が部屋のソファーに座り、俺を座るように促す。
「俺はここで。」
そう言って片膝を付く。リリー様は微笑んで言う。
「私が国王様やフィリップ様に治癒を行っていた時、ソンブラやウォルターがフィリップ様を守っていたとフェイロン様に聞きました。」
フィリップ殿下がお倒れになった時、周囲はざわついていた。そしてその騒ぎに紛れ、フィリップ様を暗殺する動きがあったものまた事実だ。それを俺とウォルターの二人で防ぎ切った。
「俺は俺の出来る事を。」
そう言うとリリー様が少し笑う。
「あなたがフィリップ様を守ってくれていたんですね。」
銀色の髪、瞳は翠色だった筈なのに、今は少し翠色が抜けて、銀色に近い。目の前の女性が本当にリリー様だとは信じられないくらい、落ち着いていらっしゃる。
「リリー様。」
言うとリリー様が俺に聞くような眼差しを向ける。
「フィリップ殿下とお話はされましたか?」
聞くとリリー様が少し笑って言う。
「これからお話をしに行きます。その前にあなたにお礼が言いたくて。」