扉を開ける。ベッドにフィリップ様がいらっしゃる。
「リリー、良く来たね。」
フィリップ様は日を追うごとにお元気になっていた。私はベッドの近くに椅子を運んでくれたソフィアにお礼を言って、椅子に座る。
「その後、ご体調はいかがですか?」
聞くとフィリップ様が微笑む。
「あぁ、すごく良いよ。日に日に元気なる。」
金色の髪、金色の瞳が揺れる。
「私が倒れている間に色々あったようだね。」
そう言われて私も少し笑う。
「私も倒れていました…」
そう言って悲しくなる。そう、もう国王様はいらっしゃらない。私がイービルを盛られ、倒れている間に亡くなったと聞いた。
「父上が亡くなった事は私も聞いている。そしてそれがイービルのせいだとも。」
フィリップ様のお顔が悲しみに染まる。私も悲しかった。優しかった国王様。私の頭を撫でて下さった国王様。まるで我が子に接するように。ハラハラと涙が落ちる。
「リリー。」
そう呼ばれて私はフィリップ様を見る。
「父上もリリーの事を我が子のように可愛がっていたと私は確信しているよ。」
俯き、悲しみに包まれる。ふと、フィリップ様が私に手を差し出す。その手を見て聞く。
「何でしょうか…」
フィリップ様は少し微笑んで言う。
「髪を触っても?」
聞かれて私は自分の髪を見る。そう、私の髪はどういう訳か、亜麻色から銀色に変わった。
「はい。」
頷くとフィリップ様が私の髪を一房掬う。そして私の髪を見て微笑む。
「美しいな、キレイな銀色だ。」
褒められて私は照れて下を向く。
「父上と同じ色、フェイロンと同じ銀色だ。」
フィリップ様は少し笑って私の髪を離し、そして言う。
「初めてフェイロンを見た時に、あの銀髪から目が離せなかったんだ。」
フィリップ様の金色の瞳が遠くを見る。
「あの髪色を見て、父上が浮かんだ。そして瞳の色も父上と同じ銀色だった。それを見て私はその時にはもしかしたら?と考えていた。」
国王様と同じ銀色の髪と瞳…。初めて会った時にその髪色と瞳を見て、どこかで見覚えがあると思っていたのは、そのせいなのだと今なら分かる。フィリップ様が少し笑う。
「私が解毒薬を飲ませて貰って、気が付いた時にはもう何もかもが終わっていたね。」
そう、お姉様が王宮に来て、フェイロン様に婚約を迫り、私の部屋の隣の部屋を要求したと聞いた。一度は婚約の書面に署名をし、お姉様から解毒薬を引き出す為に、フェイロン様はその身を投じた。そして完成した解毒薬を自分に、では無く、私に与えたのだ。
「リリー。」
呼ばれて考え事をしていた私はフィリップ様を見る。
「その、いつから、気付いていたんだい?」
そう聞かれてフィリップ様の表情を読み取る。フィリップ様はどこか恥ずかしそうにそう聞く。クスっと笑う。
「さぁ、いつからだったのか、私にも。フィリップ様がイービルによってお倒れになった時、私はフィリップ様に何かあったら一番に、と思って彼女を残しましたけど、その時にはもう分かっていたのかもしれません。」
後ろに居るソフィアが頬を染めている。解毒薬が作られ、それを持って部屋に入った時、フィリップ様の傍にはソフィアが居た。涙を流してフィリップ様の手を握って、必死で呼び掛けていた。それを見て私は自然と思ったのだ。あぁ。ソフィアはフィリップ様を愛しているのだ、と。だから解毒薬をソフィアに渡し、天蓋の外でフェイロン様と待ったのだ。フィリップ様がふわっと笑う。
「リリーはまた覚醒したんだね。今の君を見ていると、以前のオドオドしていた君が嘘のようだ。」
そう言われて自身の髪を見る。
「そうかもしれません。解毒薬を飲ませて貰ってからは、心も落ち着きました。今まで自分に余裕が無くて見る事が出来なかったものが見えるようになりました。」
そう、私は自身の事で精一杯で何も見えていなかった。自分の周囲の人の気持ちや、心の動き…誰が誰を大切にしていて、誰がどれだけ大切なのかを。見ないようにしていた事ももちろんあった。ソフィアはそんな私にいつも味方だと言ってくれたし、フィリップ様も必要以上に私の気持ちを推し量る事もしなかった。今はそれが有り難いと感じている。
「リリーの気持ちには気付いていたんだよ。私との婚約がその妨げになっているかもしれないと心配していたんだ。」
フィリップ様がまた遠くを見る。
「私はね、リリー。君を妹のように大事に思っている。」
そう言われて私は微笑む。だって私もフィリップ様の事を兄のようだと感じているから。
「私もフィリップ様を兄のように思っています。」
言うとフィリップ様がクスっと笑う。
「じゃあ、私たちは兄妹だね。」
そしてフィリップ様が悪戯っ子のように言う。
「本当の兄妹になれそうだけどね。」
ノックが響いて、セバスチャンが入って来る。セバスチャンは私を見て微笑み、そしてフィリップ様に言う。
「報告書をお持ちしました。」
そう言って、フィリップ様に、まるで本のような紙の束を渡す。私がそれを見て驚いているとフィリップ様が笑う。
「これくらいの量は普通だよ。」
そう言って紙の束に目を通し始める。
「お暇致しましょうか。」
聞くとフィリップ様が笑う。
「リリーにも目を通して欲しい。」
そう言われてまた驚く。そんな私を見てフィリップ様が笑って言う。
「この報告書はね、今回の事が書かれているんだ。リリーもまだ知らない事も多いだろう。もちろん、私もね。だから二人で勉強しよう。」
フィリップ様はベッドを出てソファーへと座る。私もまたソファーへと座り、セバスチャンが渡してくれる報告書に目を通した。キトリーやソフィアがお茶を入れてくれて、時には一緒に報告書に目を通す。報告書には色々な事が書かれていて、私の知らない話もたくさんあった。
お姉様が倒れ、眠りについたその日、フェイロン様の命令でモーリス家が捜索された。モーリス家の屋敷の中に居た人間は、そのほとんどが屍のようになっていたという。屍のようになっている中にはお父様やお母様も含まれていた。黒魔術が関係している可能性を考えて、セバスチャンとハリッシュが確認に行ったとそう書かれている。顔を上げてセバスチャンを見る。セバスチャンが微笑む。その様子を見ていたのか、フィリップ様が言う。
「セバスチャン、話してやってくれ。」
セバスチャンは小さく頷き、話す。
「お屋敷に着いた時には、黒魔術の微かな気配がしました。慎重に調べると、屋敷の地下に倉庫がございまして、その倉庫の中には黒魔術で使う物がたくさんございました。」
黒魔術で使うもの…。
「薬草や、何かを煎じた物、そして黒魔術に関する書物。更に伯爵様ご自身の書斎には契約書もございました。」
あの屋敷の中にそんな物があったなんて。
「契約書は恐らく、ソンブラが見つけたものでございましょう。当初、読めなかったであろう契約書は文字が浮かび上がっておりました。」
そう言ってセバスチャンが取り出したのは黒い紙。
「もう解呪は完了しております故、お触りになっても支障はございません。」
黒い紙を渡される。それは契約書で、お父様のお名前と、知らない人の名前。
「その人物については調査を。西の森近くに住む、黒魔術に傾倒していた者です。」
以前、フィリップ様が黒魔術に傾倒する者がどの時代にも居ると仰っていた事を思い出す。
「その契約書はイービルの生産と流通の契約書でございます。」
セバスチャンが私の座っているソファーの背後に回って、小さな声で失礼致しますと言ってから、その黒い紙の一部分を指す。セバスチャンの指す箇所には西の森近くの村から、王都への流通経路が書かれている。
「イービルを生産し、流通させる事で、王族を狙い、転覆を企んでおりました。」
国の転覆…。
「リリー。」
そう呼ばれてフィリップ様を見る。
「フェイロンを呼ぼうか。」
急にそう言われて私は驚く。フィリップ様は笑って言う。
「今回の顛末についての報告書だ。纏めた人間に来て貰おう。」
程なくしてフェイロン様がお部屋にいらっしゃる。立ち上がろうとする私にフェイロン様が言う。
「そのままで。」
そしてフェイロン様は部屋を見回す。フィリップ様は紙に目を通しながら言う。
「空いている席はリリーの隣だけだ。座ると良い。」
他にも空いている席はあった。でもそこには紙の束がいつの間にか置かれている。フェイロン様は笑って私の横に座る。
「兄上、体はもう良いのか。」
フェイロン様が聞く。フィリップ様は紙に視線を落としたまま言う。
「あぁ、大丈夫だ、リリーからの治癒を受けているからね。」
セバスチャンがお茶を入れる。
「何をお読みに?」
フェイロン様が聞く。私は黒い紙を見せる。
「あぁ、ソンブラが見つけたというイービルの流通経路が書かれた紙ですね。」