今回の騒ぎでまだまだ解明出来ていない事も多かった。その事柄を調べさせ、報告を持つ間、国政に力を注ぐ。今回、王宮の中にも黒魔術…ディヤーヴ・バレドに傾倒していた者がいた。ディヤーヴ・バレドが消滅して、体内に侵入を許していた者たちは一人残らず、魂を抜かれたような状態になり、今は地下牢に入れられている。リリーの両親も含めて、だ。聞き取りをしようにもこちらの声は聞こえていないのか、全く反応が無い。一番最初に捕らえたディルも今はもう話が出来ない状態になってしまっている。国内にどれだけこのような状態の者がいるのか、調べさせている最中だが、どのくらいの規模まで広がっていたのか、把握出来ていない。
そして語られた、リリーの涙━セラピア━の存在。ガラス製の小瓶二つ分。それだけの量のセラピアがモーリス家にあった。ディヤーヴ・バレドがリリー、エリアンナの二人が産まれた頃からモーリス家に居たとするならば、リリーの涙を少しずつその小瓶に溜めていた事になる。虐待という手を使って。そう思うと怒りが込み上げて来る。それが体内に居たディヤーヴ・バレドの仕業だと分かっていても。
「フィリップ殿下、王妃殿下から言伝が。」
セバスチャンの言葉に我に返る。
「言伝は何だ?」
聞くとセバスチャンが微笑んで言う。
「万事、滞りなく、との事でございます。」
ふっと笑みが漏れる。
「そうか。」
椅子に座って背もたれに寄り掛かる。息をついているとセバスチャンがお茶をいれてくれる。
「少しお休みになっては?」
セバスチャンに言われて少し笑う。
「それもそうだな。」
俺は知らせを聞いて驚いた。そして少し笑う。兄上なら、そうするだろうと思っていたからだ。リリー様が兄上との婚約を解消した。それも王妃殿下の裁定だという。きっと兄上が母上に進言したのだろう。リリー様は今、王太子妃宮にいらっしゃる。リリー様と兄上との婚約が解消されたのなら、リリー様は王太子妃にはならないという事だ。それはリリー様が王太子妃宮を出る事にもなる。俺は急いでリリー様の元へ向かう。王太子妃宮に入り、扉の前に立って言う。
「フェイロンです。」
扉が開いて顔を出したのはキトリーだった。
「フェイロン殿下。」
キトリーはそう言って微笑み、頭を下げる。
「リリー様はどこに?」
聞くとキトリーが言う。
「先程、庭園の方へ出られると仰って、庭園へ。」
美しい庭園の中を歩く。今までの事を思い出す。モーリス家を出され、東部へ行き、そして王都に戻って来た。戻って来た私はモーリス家では無く、王宮に居る。フィリップ様との婚約で今は王太子妃宮に居るけれど、婚約が解消されたのだから、私はここを出なければいけない。私には行く場所など無い。モーリス家に戻る事も考えたけれど、出来ればそうしたくはない。聖女であれば神殿へ行く事も出来るだろう。中央神殿に置いて貰えるか聞いてみよう。
取り留めなく、そんな事を考えていた。庭園の真ん中にある大きな噴水の前。水がキラキラと太陽の光を反射している。目を細め、微笑み、歩き出す。大きな手入れの行き届いた生垣で出来た門を抜け、その先に続く道を歩く。どこへ繋がっているのだろう。そう思いながらもまるで導かれるように歩いた先にあったのは、大きな月桂樹。月桂樹の木の根元には小さな石碑がある。石碑に近付こうとした時。
「リリー様!」
そう声を掛けられ、振り向くとそこにはフェイロン様がいらっしゃった。
「フェイロン様。」
フェイロン様はほんの少し駆けて来て、私の前に立つと、微笑む。
「庭園に出られたと聞いて…」
銀色の髪が揺れる。キラキラと太陽の光を反射していて、本当に美しい。フェイロン様は私の髪を一房掬うと、その髪に口付ける。まるで挨拶のように、それをするのが至極当然のように。私も手を伸ばしてフェイロン様に触れたい。でも触れられない。
「ここは…?」
フェイロン様にそう聞かれて首を傾げる。
「さぁ、どこでしょうか。私も初めて来たので。」
そう言うとフェイロン様は少し笑って私に言う。
「不思議な場所ですね…何だか心が洗われるようだ。」
さっと風が吹き抜ける。フェイロン様の髪が揺れる。
「そうですね、心地良い場所です。」
フェイロン様が私に手を差し出す。その手に自分の手を乗せるとフェイロン様がエスコートしてくださる。不意に鳥たちが囀り、天に舞う。まるで祝福されているかのようだった。天に舞う鳥たちを見てフェイロン様が微笑む。
「鳥たちもリリー様を祝福しているのでしょうね。」
祝福…、本当にそうだろうか。私はフィリップ様との婚約を解消されてしまった。それはこの王宮にはもう居られないという事…。そしてフェイロン様とも…。フェイロン様は私をエスコートしながら歩き出す。来た道を歩きながら、フェイロン様が言う。
「兄上との婚約を解消したと聞きました。」
生垣で出来た門を抜ける。
「はい、先程、王妃殿下からそう伝えられました。」
目の前に大きな噴水が見えて来る。噴水の前で足を止めフェイロン様が私を見る。
「悲しいですか…?」
そう聞かれて私は少し微笑む。
「フィリップ様は私にとって兄のような存在です。それはフィリップ様もご存知です。フィリップ様も私の事を妹のように思ってくれていると言ってくれました。」
ふわふわと蝶がどこからか飛んで来る。
「私がフィリップ様との婚約を解消したとなればもうここ、王宮には居られません…」
蝶がひらひらと私の周りを回るように飛んでいる。
「フェイロン様もご存知の通り、私の両親も姉も今回の事の首謀者です。モーリス家は取り潰しになるでしょう。そうなれば私は行く場所がありません…」
そこまで言うとフェイロン様がクスっと笑う。
「そんな事の心配を?」
少し驚いてフェイロン様を見上げる。フェイロン様は微笑みを湛えて言う。
「あなたは白百合乙女様です。今回、あなたが居なければ私たちはどうなっていたか…、リリー様のお陰で今回の事は解決に向かったのです。リリー様は功労者です。そして兄上の病を癒す大切な人でもある。そんな大切な人を兄上がただ婚約解消したという理由だけで王宮から追い出すような事をする筈が無いのです。」
フェイロン様の手が伸びて来て、私の髪を一房掬う。
「リリー様が自らの意志でここを出たいというのであれば、お引止めは出来ません。ですが、どこにも行く場所が無いなんて、そんな事はありませんよ。兄上も私も母上も、リリー様に救われた。そのご恩をお返ししなければなりません。」
フェイロン様が私の掬った髪に口付ける。
「どうか、このまま王宮に居てください。王太子妃宮を出なければいけないと感じているのであれば、別の宮を造ります。第二王子の権限で。」
フェイロン様は優しく微笑み、続ける。
「きっと兄上の事だ、何かお考えになっているに決まっています。リリー様を妹のように思っているのならば、絶対に。」
リリー様を王太子妃宮に送って、俺は足早に兄上の居る王太子宮に入る。
「兄上!」
そう言って部屋に入る。兄上は執務室のテラスに出ていた。
「フェイロン、どうした?」
兄上の居るテラスに行く。
「リリー様の事だ。」
言うと兄上はクスっと笑って言う。
「もう聞いたのか。早耳だな。」
笑ってそう言うという事は何か考えているのだなと思う。
「何かお考えが?」
聞くと兄上は俺の肩に手を置いて言う。
「あぁ、ちゃんと考えている。もう着手もしているよ。とは言っても形式的な事だけだがね。」
形式的な事?そう思って聞く。
「形式的な事とは?」
兄上は俺を部屋の中に促し、言う。
「リリーの今居る王太子妃宮は母上から賜ったものだ。だからそれをそのままリリーに使わせる訳にはいかない。残念だけどね。」
兄上はゆっくり歩き、ソファーへと座り、俺を促す。
「だからこの王宮にリリーの為の宮を造る。」
そう言われて俺はソファーに座り、微笑む。
「そうか。それは良かった。」
兄上は微笑んだまま、体を少し乗り出して言う。
「そこで相談なんだが。」