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【魔女集会の村ペイガン 2】

 魔女集会を取り行う村であるペイガンが見えてきた。

 そこは、小さな集落になっていた。


 人々が祈祷などを行っている。

 村の所々には不思議な紋様が描かれた様々な謎の呪物が置かれている。此処は今まで訪れた街や村よりも、独特な雰囲気を漂わせていた。


「なんなんだろうな。家々に飾り付けられたお面とかって」

 リシュアは好奇心を刺激されたみたいだった。


「まじないのようなものだと思いますけど、きっと何か魔法が込められているのかもしれませんわね」

 ローゼリアが答える。


<此処の者達は自然崇拝みたいな考えもあるらしい。もしかすると、森や大地、空に対しての祈りのようなものが込められているのかもしれないな>

 ラベンダーは色々と考察していた。


「不思議で変わった村だろう? あたしも毎年、訪れる度にそう思うんだよね」

 ヴォルディは四人の道案内をしてくれる。

 ヴォルディいわく、集会の時間は四日後の夜らしい。それまで村でくつろいでいくという事になった。


<集会の理由は何なんだ?>

 ラベンダーがヴォルディに訊ねる。


「それは魔女達が互いに魔法を見せ合った後。儀式によって魔力を向上さえる為だよ。とまあ、色々あるけど、ようは交流会だよ」

 どうやら、この毛皮の女は集会に何度も参加しているみたいだった。


<集会は毎年、顔なじみばかりなのか?>


「そうだね。顔なじみばかりだよ」

 ヴォルディの掌にいつの間にか、リスが乗っていた。野生のものだろうか。ヴォルディはリスを可愛がっていた。リスはヴォルディの掌から、腕を走り、彼女の肩に止まる。


 エシカとローゼリアは微笑ましく、ヴォルディの肩に乗っているリスを見ていた。いつの間にかドングリみたいなものを手にして齧っていた。


「それは貴方の使い魔かい?」

 リシュアが訊ねる。


「いや。そこで見つけた。あらゆる獣があたしに興味を持つからね。獣使いの魔女故の力と言っても過言ではないよ」


 そう言いながら、ヴォルディはなじみの宿まで案内してくれた。

 彼女が紹介してくれた宿屋の中には、太古のものと追われる魔法の道具が飾られていた。奇妙なお面や大釜。一体、何に使うのか分からない様々な道具があった。


「お久しぶりですね。獣使いの方」

 宿屋の女将さんは、ヴォルディを見て笑った。どうやら顔馴染みのようだ。


 宿の受付が終わった後、五名は上の階へと向かう。エシカ、ローゼリア、ヴォルディの三人。リシュアとラベンダーの二人で分ける事になった。


 宿の二階で、一人の女がエシカ達を見つめていた。

 蒼く輝く銀色の長髪に、蒼いドレスを纏っている、まるで氷の女王のような印象を受ける女だった。


「お久しぶりだね、ディーバ」

 ディーバと呼ばれた彼女もヴォルディと顔馴染みらしく、麗しい姿のディーバは嬉しそうに笑った。


「あんたの主人は元気かい?」


「ふふっ。本当は私の使い魔になる筈が、すっかり主従関係が逆転したのよね。ええっ、元気よ」

 ディーバは何か楽しそうに答える。


「それよりも…………」

 ディーバは、エシカのもとへと近付いて、エシカの顔をじっと眺めた。


「私の主人が貴方に興味を抱いたみたいだわ。今宵、貴方のもとに現れるかもしれないわね」


 よく分からない事をディーバはエシカに告げる。

 主人?

 一体、それは何者なのだろうか。


「あの、貴方の主人ってどんな人なんですか?」

 エシカは興味を持った。


「ダルードという名前をした悪魔よ。つねに私の夢の中に入り込んで、私の中から出ていき、他人の悪夢を覗き見しに行くわ。今宵は貴方の悪夢を見たいと言っている。是非、仲良くしてね」

 ディーバは少し不気味な感じがした。

 まるで全てを見透かしており、全てを見通しているような…………。そんな感じだ。



 エシカは夢を見ていた。


 そして、そこには一体の角の生えた人型の生き物が現れた。

 それは全身に甲殻類のようなものをまとっており、手にはシャベルが握られていた。その人型の生き物はシャベルで何かを掘り返しているみたいだった。


 ざくり、ざくりと何かを掘り返す音が聞こえる。


<我の名はダルード。貴様の過去を掘り返し、覗き見に来た>

 人型のそれは、そんな事をエシカに話した。


 シャベルで掘った場所から、何かが溢れ出してきた。

 それは炎だった。

 炎が土の底から現れたのだった。


 炎が揺らめきながら、炎の中に何かが映し出されていた。

 それは小さい頃のエシカだった。まだ幼い自分の姿が映っている。


 生まれ持って手にした炎を操る魔法。

 その魔法をエシカは無邪気に使っていた。

 炎によって、あらゆるものを燃やす事が幼い頃から出来た。両親はそんなエシカをまるで怪物のような眼で見て、忌み子として嫌っていた。

 エシカは気付けば、ヘリアンサス国の中で迫害されていた。炎を操る魔女。怪物。それがエシカが与える印象みたいだった。


 エシカは無邪気故に、何故、自分が迫害されているのか分からなかった。だから、ヘリアンサスを追われたエシカは処構わず、炎であらうるものを燃やし続けた。それは家屋だったり、家畜だったり、時には人そのものだったりした。


 結果、沢山の人々が死んだ。

 殺す、という感覚が何なのか、エシカには分からなかった。


 当時の魔法使いの部隊には、まだ若い頃のウィンド・ロードの姿があった。そして大魔法使いの姿があった。彼らはこぞってエシカを糾弾し、エシカに戦いを挑んだ。エシカは彼らを何度も返り討ちにした。そして悲しみの余り、更に多くの者達を燃やし続け、家屋を焼き払っていった。


 しまいには、今はもう使えない、闇の魔術まで習得して闇の怪物達を操る事に成功した。怪物達は次々と王都に侵入して王都が崩壊へと向かっていった。


 災厄の魔女だと、彼女はいつしか呼ばれるようになった。

 エシカは何処までも無邪気故に、残酷さと復讐心を制限する事が出来なくなった。


 そして場面は移り変わり、小さな子供が泣いていた。

 それはエシカだった。


 エシカは泣いている子供時代のエシカに近寄る。


「ねえ。なんで、泣いているの?」


「それは、みんなが私をいじめるから…………」

 小さな子供のエシカは身体中に傷があった。


 憎しみよりも、悲しみが先だって、エシカは炎の魔法を振るい続けた。

 結果、沢山の者達が命を落とした。

 そして、エシカは当時の大魔法使いによって、闇の森へと封じられた。永劫に年齢を重ねられず、そして記憶を失う魔法を受けて封じ込められた。強大な魔法の記憶を封じ込める為に……。そう、それこそがエシカに課された罰なのだと。


 エシカは夢の中で涙を流し続けていた。

 自分は本当に酷い事をこれまで行ってきたのだ。

 そして、償い切れない程の罪。記憶を失ってからは忘れてしまっていた。


 それを自覚して、エシカは泣いていた。


<じゃあな。貴様の悪夢は本当に面白かったぞ>

 そう言うと、悪魔ダルードは去っていってしまった。



 朝、目が覚めると日差しがやけに眩しい。

 下の階では、料理を作る音が聞こえる。野菜を切ったり、豚肉を揚げている音だ。


 エシカは天井をシーツに頭から包まって、昨日の悪夢を鮮明に想い出していた。いや、忘れていた記憶が夢という形で想い出す事になってしまったのだ。


 ローゼリアとヴォルディの二人が、エシカを心配そうに眺めていた。その視線が辛い。自分は災厄の魔女。冤罪でも何でも無くて、沢山の不幸を人々に振りまいた悪女なのだ。


 こうやって、外の世界で楽しく旅をしている事は間違っている人間なのだ。エシカはどうしようもない程に自分自身が怖ろしくなり、ベッドから出る事が出来なくなっていた。


 ローゼリアはヴォルディの方へ顔を向ける。


「貴方のご友人ですが。エシカに何かしたのですか?」


「ディーバの事かい? 多分、そうだろうな。あいつは悪魔を使役するつもりが、悪魔に取り憑かれてしまって。その悪魔は興味がある者の夢の中に入り込んで、その夢を見ている者がもっとも忘れたい記憶を“シャベルで掘り起こす”らしいんだ。かなり性質が悪い奴で、他人の悪夢の味を味覚として感じ取れるらしい。詳しくはディーバに聞いてくれ」


「とにかく。エシカが動けなくて、困りましたわ。せっかく朝食の良い香りが漂っているというのに」


 エシカを心配してか、リシュアとラベンダーも部屋の中へと入ってくる。

 エシカはシーツに包まって震えていた。


「エシカ」

 リシュアの優しい声がエシカの耳元で響く。


 エシカは上手く声が出せずにいた。

 ……自分の事をリシュアに話したくない。その感情でいっぱいだった。


「とにかく、元気になったら、下に降りてこいよ。俺達は待っているからな」

 リシュアは部屋の外へと向かう。


「あと。それから、俺はエシカが過去にどんな人間だったとしても、俺はエシカを受け入れるからな」

 彼が出ていった扉が閉じられる。


 ローゼリアは微笑ましく笑った。


「私も朝食を食べに行きますわ。逃してしまうといけませんから」


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