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【ティアナとの邂逅】

 エシカがティアナと邂逅したのは、ペイガンに訪れて二日後の事だった。

 彼女は長い金髪の髪をくるくると巻いて結んでいた。

 そして、上品なローブを着ていた。


「お元気でしたか? 皆さん。青い妖精さん」

 ティアナは相変わらず、ラベンダーに懐いていた。


<まあまあ元気だ。それなりに災難もあったがな>

 ラベンダーは冗談めかして言う。


「災難ですか。旅に災難はつきものですね。私も道中、色々な災難に遭いましたから」


<だが。それも良い想い出になる。そういうものだろう?>


「確かに。そういうものなのかもしれません」

 ティアナはおっとりと言う。


 エシカとラベンダーの二人だけで散歩していた。その時にたまたまティアナと合流したのだった。リシュアは旅の疲れで眠っている。ローゼリアは気まぐれに一人で出かけていってしまった。その事をティアナに話す。


「では。私と一緒にこの近くにある光の宝石の洞窟へと潜りませんか?」

 ティアナはおっとりとした口調で、明らかに怪物が出そうなダンジョンの名を口にする。


「なんですか? その場所は」

 エシカは名前を聞いただけで、無邪気に興味を持った。エシカの好奇心は尽きないものだった。


「光の精霊達に見守られた洞窟ですよ。そこにある光の宝石は世界を見通し、光の道しるべを映すと言われています。一緒に行ってみませんか?」


<面白そうだな。それでその洞窟はやはり、怪物が現れるのか?>


 ティアナはのほほんとしたような表情になる。

 そして、軽く会釈するように頭を下げる。


「はい。少し強大な怪物も現れます。でも、貴方達と一緒なら大丈夫ではないかと」


 そうして、三名は光の宝石の洞窟へと潜る事になった。



 ペイガンの林の中を抜けたところ、小鹿達が走り去っていく。

 そんな場所に光の宝石の洞窟と呼ばれる場所はあった。


 三名はゆっくりと中へと潜っていく。

 エシカとラベンダーは、まともに戦えない事実上のティアナの警護役だった。

 ティアナも何かしら、怪物と相対した時の手札は持っているだろうが、どうも余りそれを見せたくないみたいだった。あるいは本当に彼女の力は完全なサポート役なのかもしれない。


 そんなこんなで、ラベンダーが最前列を歩き、真ん中にティアナ。そして最後尾にエシカという配役になった。洞窟の中へ入ると、仄かに明かりが灯っている。それはまるで、とても幻想的で夢の中の光景にも似ていた。何故か温かい母体の中のような感覚がする。三人は洞窟をゆっくりと降りていく。


「光の宝石というものは、どんなものなんですか?」

 エシカは訊ねる。


「光の宝石。そうですね。あくまでそれは通称であって、正式名称は『フォース・オブ・ミラクル』という宝石です。単にミラクルと呼ばれる事もあります。奇跡の力を宿す宝石であり、この洞窟の奥底にあると言われています」


「やはり、魔物によって足止めされるのでしょうか?」

 エシカは少し震えていた。

 魔物によっては、自分達だけでは心許ないかもしれない。

 やはり、リシュアとローゼリアも連れて入るべきだったのかもしれない。


 そんな事をエシカが考えていると、辺りからざわざわと気配のようなものが溢れ返っていた。


 何かによって見られている。


 周りを警戒しながら見ていると、自分達を見ていたのは複眼を持つ生物だった。辺り一面には輝く蜘蛛(くも)の巣が張り巡らされている。蜘蛛の巣の中心には輝く、黄金のような外殻をした蜘蛛達がこちらを眺めていた。どうやら敵意らしきものは無い。何やら監視しているといった印象を受けた。


「あれらはなんでしょうか?」

 エシカは気味悪くそれらを見ていた。


「霊蜘蛛と言います。この辺りの人々が亡くなった後、蜘蛛に転生すると言い伝えられています」

 ティアナは落ち着き払った口調で説明する。


「危害は加えてこないのですか?」


「そうですね。話によると、直接的な危害は加えないとされていますが。彼らは心の一部を食べる性質を持っているともされます」


「心の一部ですか?」

 エシカは何だか不気味に思う。


「はい。心の一部。それは悪夢を食べるとも言われています。悪夢に悩まされる者が霊蜘蛛を使って、悪夢を取り除く事もあるとも聞かされています」


<だが。やはり刺激しない方がいいだろうな。今までの直観からして、刺激してはいけない生き物の姿をしている>

 ラベンダーは冷静に洞窟の先を進んでいった。


「はい。その通りです。霊蜘蛛の危険性は未知数と言われています」

 ティアナはラベンダーの言葉に同意する。


 洞窟を進んでいくと、奇妙なものを見るようになった。

 霧状の人影が現れて、周りに集まっては消えていく。

 人影は姿を現したかというと、いきなり消えていく。

 その繰り返しが行われていく。


「あれは一体、なんなんですか?」

 エシカは訊ねる。


「この辺りは、どうやら霊の通り道になっているみたいですね。迷える魂の通り道と言いますか…………」


<何か霊達は、こちらに危害を加える事は無いのか?>

 ラベンダーは物言わぬ幽霊達を見ながら、警戒心を露わにしていた。


「分かりません。ただ、私は彼らの声を聞こえる事が出来ます。彼らに害意はありません。それは確かみたいです」


<そうか。なら、安心して進む事にする>


 三名は地下へ地下へと進んでいった。


 そして、かなり奥底まで来た頃だろうか。

 何か得体の知れない巨大なものがうごめいているのが分かった。


 それは巨大な黄金色に輝く蜘蛛(くも)だった。

 蜘蛛は訪れた三名を見ながら、訊ねる。


<お前達は“奇跡の宝石”を手に入れようと来た者達か?>


「はい。此処にあるとお聞きしまして」

 ティアナはうやうやしく、巨大な蜘蛛に頭を下げる。

 奇跡の宝石とは、彼女がこの洞窟で探している『フォース・オブ・ミラクル』で間違いないだろう。おそらく、その宝石はこの蜘蛛の所有物なのかもしれない。


<あいにく、奇跡の宝石はお前達、定命(じょうみょう)の者に渡すわけにはいかない。あまりにも、強過ぎる力を持っている故にな>


「ならば。奪い取ってでも、欲しい。私はかつて仲間達を死なせてしまいました。その宝石は未来を予知すると聞きます。死の定めにある者を守る事が出来るのだと」

 ティアナは頑なに告げた。


<おい。ちょっと待て。俺達をこの化け物と戦わせる為に、この洞窟の奥底まで呼んだのか?>

 ラベンダーが呆れ声で言う。


「奇跡の宝石は、死の未来を回避出来る力があります。私はどうしてもそれを手に入れたかった。エシカさん。青い妖精さん。私がそれを手にしていれば、これから先、私と旅路を共にする場合、かなりの危険を回避出来ると思いませんか?」

 ティアナは少し妖艶な微笑を浮かべる。

 なんだか、初めから二人を利用する為に呼んだみたいだ。……実際にそうなのだろう。


 ラベンダーは薄々、ティアナは何処か狡猾な処があると気付いていた。


 大蜘蛛は何かを考えているみたいだった。


<成程。そこの蒼いドラゴン。私の力では、お前には敵わない。もう一人のその黒髪の女も厄介な運命を抱えているな。……持っていくがいい。奇跡の宝石を……>


 大蜘蛛は脚の一本を動かして、何かを放り投げる。

 それは手のひらサイズもある宝石だった。黄金色に輝いている。

 ティアナは宝石を手にする。


「ありがとう御座います。これで死すべき定めにある者達の運命をねじ曲げる事が出来る」


 大蜘蛛はあっさりと、宝石を渡してしまった。


<いいのか? お前はその宝石を護っていたんじゃないのか?>

 ラベンダーは光り輝く大蜘蛛に訊ねた。


<実は奇跡の宝石は、この奥に沢山ある。運命に対して相応の覚悟を持つ者には惜しげもなく渡す事にしている>


<なるほど。面白いな。訪れた者には渡すようにしているのか?>


<覚悟のある者だけにはだ>


 ラベンダーと大蜘蛛は少しやり取りをしていた。

 そして、何かに納得してラベンダーは頷いた。


<お前は宝石を渡した者の運命を見届ける力があるだろう?>


 ラベンダーの問いに大蜘蛛は答えなかった。



 そして、三名は地上へと辿り着いた。

 もう夕暮れ時になっていた。


「それにしても、お腹が空きましたね」

 エシカは鳴り響くお腹を押さえていた。


<みなと一緒に夕飯でも食おう。此処の特産品はなんだろうな>


「そう言えば、吸血鬼のローゼリアさんとお会い出来るんですよね。どんな方なのか会ってみたいです」

 ティアナは奇跡の宝石を手にしながら、村を眼差していた。


<無邪気で残酷な奴だよ。まあ大体、仲間には優しいんだがな>


 夕飯の匂いが何処からともなく漂ってくる。肉料理の匂いだ。

 ティアナはこの洞窟に入って、半分以上の目的を達成したのかもしれない。彼女の目的は何だろうかと、ラベンダーはふと疑問に思った。かつて、ゴルゴンに仲間達をみな殺されたとティアナは言った。もしかすると、最終的には死者蘇生の宝物も求めているのかもしれないとラベンダーは思った。

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