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【星を見る者】

 ヒュペリオンの街の天体観測所のような場所が、ペイガンにもあった。

 リシュアとローゼリアは、興味を持って、この天体観測所へと訪れた。

 閑散としている無人の場所だ。

 明かりも点いていない。

 天体望遠鏡が中には、置かれている。


 そんな施設の中には、一人の少女がいた。

 綺麗なオレンジ色をした髪をした少女だった。

 服装はローブの上にぼさぼさのストールを首に巻き付けている。

 頭には、荊と薔薇で出来た花冠を被り、魔法の杖のようなものを手にしていた。


「君は何者だい?」

 リシュアは訊ねる。


「私はヒルデと言います」

 少女は答えた。


「魔女集会の為に訪れた魔女の一人ですの?」

 ローゼリアは聞く。


「そうです。私は天使様の祝福を受けた魔女です」

 ヒルデは、にっこりと笑った。


「コスモは全てを見通しています」

 ヒルデは、の少女は小さな天体望遠鏡を手にして、空を眺めていた。

 時刻は、昼過ぎで、太陽が昇っている。

 彼女は望遠鏡を手にしながら、空に想いを馳せているみたいだった。


 リシュアとローゼリアの二人は、エシカとラベンダーと別れて昼から、このヒルデという女と会話をしていた。


 ヒルデも独特の雰囲気を持っている少女だった。

 少女……、そう、外見はまだ十代くらいの年端に思える。

 だが、本当の処は、実際の年齢は分からない。もしかすると、容姿と年齢はまるで違ったものなのかもしれない。現にローゼリアは百歳以上生きている吸血鬼であるし、エシカも魔法の力によって不老の呪いが掛けられている。魔女である以上、外見からは実年齢の情報が分からない。


「お二人共、星は好きですか?」

 ヒルデは訊ねる。


「まあ。好きだけど」

「そうですわね。夜空に輝く星々を見ていると心躍る時がありますわ」


「ふふっ。星には天使様が沢山、住んでいらっしゃるんですよ。私達は天使様の恩寵の下、生きていると言っても過言ではないんです」

 ヒルデ。

 不思議な事を言う少女だった。


 おそらく、彼女にしか視えない何かを視ているのかもしれない。

 リシュアとローゼリアの二人は、互いに顔を見合わせて、やれやれ、といった表情をする。……ヒルデ、この手の人間は今まで出会ってきた者達の中で、少しまずいパターンの存在だ。深く関わり合いにならない方がいいのかもしれない。


 ヒルデは、突然、賛美歌のようなものを歌い出した。

 それは何処の国のものか分からない奇妙な発音をした、奇妙な言語だった。

 少しそれは虫の金切り声のようにも思えた。


 二人は、段々、このヒルデという少女が不気味に思えてきた。


「あの。天使って、どんな姿をしていらっしゃるんですの?」

 ローゼリアは思わず訊ねる。


「天使様ですか?」

 ヒルデは言われて、きょとんとした顔をする。


 ローゼリアは持っていたズックの中に、スケッチブックと鉛筆が入っていた事を思い出して、ヒルデに渡す。


「私達には天使様は見えませんの。天使様は、一体、どんな姿をしているのか教えてくださると助かりますわ」

 ローゼリアは怪訝そうな表情をしていた。


 ヒルデはスケッチブックに“天使様”の絵を描いていく。

 スケッチブックに描かれたのは、異形の翼が生えた怪物だった。

 魚のような頭部に、鎌のような翼が生え、骸骨のような体躯の人型の何か。

 ヒルデはその絵を見ながら、クスクスと得体の知れない笑いを浮かべていた。


「これが天使様ですの?」

 ローゼリアは思わず訊ねずにはいられないみたいだった。


「はいっ! 私といつもお話をしてくださる天使様です! 私をいつも守ってくださるのですっ!」

 少女は純粋無垢な笑顔をしていた。


 リシュアとローゼリアの二人は、互いに顔を見合わせる。

 ……この少女は、少しおかしい…………。

 そして、何となく不気味な印象を受ける。


 ローゼリアは少しだけ何かを考えているみたいだった。


「その……私達に天使様を見せる事は可能です?」

 ローゼリアは大胆な発言をする。

 リシュアは少し驚いたが、ローゼリアは好奇心の方が勝ってしまったのだろう。このヒルデという少女が不気味な事には変わりは無いが、正直、リシュアも好奇心のようなものは感じた。


 ヒルデは一体、何を見ているのか?

 一般的な天使のイメージと違う。

 清純な美男美女で、翼の生えた天使のイメージとはまるでかけ離れている。


「天使様と触れ合いたいんですね」

 ヒルデはくすくすと笑う。


「いいですよ。天使様も、きっと貴方達とお話したいと思いますので」

 そう言うと、ヒルデは魔法の杖を軽く振った。


 リシュアとローゼリアの二人は、気付けば、何か得体の知れない空間の中にいた。


 真っ黒な場所で、周りには星々が煌めいている。


<天使様は遥かなるコスモの中にいるのです>


 ヒルデの声が、何処からか聞こえてきた。


 リシュアはどうやら、空の遠い先、宇宙にいる事に気付いた。……宇宙? 一体、どんな場所なのかも想像出来ない。そこは神々の世界なのだろうか。人々が未だ理解していない未知なる場所だ。そんな場所に連れてこられたのだろうか。いや、ヒルデの魔法による疑似的な宇宙空間にいるのだろうか。


 辺りを飛び回る謎の存在があった。

 それは、牙を生やした魚介類や爬虫類を思わせる人型の生命体で、鎌のような翼を広げていた。痩せた体躯をしていて、身体の関節部位は昆虫のようになっている。その生き物は機械な金属音のような声で鳴きながら、リシュアとローゼリアの周りを天体のように周っていた。


「これが……天使様…………?」

 ローゼリアは引き攣り笑いを浮かべていた。


 上を見上げると、この異形の天使達が大量に集まっているのが分かった。

 げらげら、げらげら、げらげら、げらげら。

 奇怪で不快な笑い声とも呻き声ともつかない声がこの空間内で唱和していく。

人間が耐えるには、とても不快な音の集合体だ。


 そう言えば、この空間から脱出する事は出来るのだろうか?


「おい。ヒルデさん、此処から出してくれないか!?」

 リシュアは叫ぶ。

 だが、彼の声は届かなかったのか、この宇宙空間のような場所から出る事は出来なかった。ローゼリアはリシュアの手を引っ張る。


「脱出出来る場所を探すしかありませんわっ!」

 ローゼリアは金属のこすれ合う音と昆虫の鳴き声を混ぜたような不快音が鳴り響く中、片方の耳を掌で抑えながら、リシュアの手を引っ張って走り続けていた。


 出口らしき場所が何処にも見当たらない。

 元々、ヒルデに悪意があって、二人はこの空間に閉じ込められてしまったのか……。いや、あれは悪意というよりも、完全に無邪気そのものだった。無邪気なまま、この空間に入れてしまったのだろう。そもそも、天使が見たいと考えたのはリシュア達だ。ある意味で言えば自業自得とも言える。


「好奇心は身を滅ぼすな」

「ですわね…………」

 二人共、罰の悪い顔になる。


 とにかく、何としても、この不気味で不快な空間から抜け出さなければならない。もし、ずっとこのまま長くいれば“天使達”の不協和音によって、発狂してしまうだろう。


 何処までも続く、星々が広がる場所。

 出口は何処にも無い。


 まるで広漠な砂漠に叩き出され、照り付ける日光に焼かれ続けているような気分だ。日光の代わりに存在するのは異形の天使なのだが。


「リシュア。貴方の魔法を使ってみてはいかがですか?」

 ローゼリアは提案する。


「使って、どうすればいいんだ?」

 リシュアはかなり混乱気味になっていた。

 正直、平常心を保てる時間は限られているのかもしれない。

 一分一秒でも早く、この空間を抜け出したかった。


「天使を刺激するのもいいかもしれませんし、もしかすると、この空間を開く扉を作れるかもしれません。最悪、貴方の光の魔法によって、天使達を倒してみるのも念頭に入れるしかないかもしれませんわね」

 ローゼリアも同じ気持ちみたいだった。

 結局の処、不快な音を出している天使達をどうにかするしか方法は無い。


「連中を倒すのか………………」

 リシュアは息を飲む。


 そして懐から短剣を取り出す。

 そして、短剣の刃から光のヘビの頭部が幾つも現れては消えていく。


 天使達は光に眼が眩み、悲鳴を上げていた。


 しばらくして、空間に裂け目が出来る。


 リシュアとローゼリアは確信した。

 これこそが出口なのだろう。


 二人は裂け目の中へと入る。


 …………しばらくして、辺りを見回すと、天体観測所の中にいた。

 ヒルデという少女は何処かに消えていた。

 後には、スケッチブックだけが残されていた。


 リシュアとローゼリアの二人は、疲労困憊になりながら、この場所を後にする事となった。外を見ると、もう夕暮れだ。エシカやラベンダーと合流し、夕飯を一緒に食べたい……。


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