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【獣使いのヴォルディ】

 魔女集会はいよいよ明日に迫っていた。

 エシカは、その日を、うきうきと楽しみにしていた。

 その反面、リシュアは何故かゲンナリとした表情でベッドの中に横になっていた。

 ローゼリアも同様だった。


「どうかしたのですか? リシュア」

 エシカは臥(ふ)せる少年に訊ねる。


「いや。酷い目にあったんだ。酷い金切り声を聞かされ続けて。天使って一体、なんなんだよ……………。もう、本当に最悪だったよ…………」

 リシュアはぐったりした表情をしていた。


「そうですか……………」

 エシカは困った顔をしていた。


 扉を開けて入ってくる者がいた。

 黒髪に褐色肌の女、ヴォルディだった。


「どうしたんだい? ベッドで寝込んでいて」


「ヒルデという少女に出会った…………それで、天使様を見てしまったら昨日から体調不良に襲われているんだ…………」

 リシュアはかなりうなされているみたいだった。


「それはいけないねぇ…………」

 ヴォルディは顎下に手を付ける。


「なんとか、彼らを助ける為の薬草を取りに行こう。ヒルデの天使は“ある種の呪い”みたいなものだからねえ」

 ヴォルディは神妙な表情になる。


「そうなんですか!?」

 エシカは声が裏返る。


「とにかく、そこの子を治療する為に最善の手を尽くすよ。嬢ちゃん、一緒に行くかい?」


「はい! リシュアが大変みたいですから!」

 エシカは叫ぶ。


 リシュアはよろよろと立ち上がる。


「待て……。自分で招いた不幸だ。俺も連れていってくれ。立ち上がれるよ」

 リシュアはふらふらしながらも、不屈の意志を示していた。


「頑固なのですか? リシュア。この方々に任せればいいのではありませんか。とにかく、私は休ませて戴きますわ」

 ローゼリアは毛布を頭から被った。


「分かった。一緒に来な」

 ヴォルディは親指を立てた。



 ヴォルディは何処から呼んだのか、巨大なクマ程もある虎のような生き物を引き連れていた。彼女はその虎の背中に乗る。そしてエシカとリシュアの手を取り、虎の背に乗っかるように言う。二人は手綱をしっかり握りしめるように告げる。


「意外とこの子の背中は乗り心地がいいんだ。まあ、でも一応、振り落とされないように気を付けなよ!」

 そう言うと、その虎は野山を駆けていく。

 ペイガンの周辺は草木や森が多かった。

 そして、何やら得体の知れない森の魔物達が眼を光らせていた。だが、ヴォルディの乗っている巨大な虎が威嚇(いかく)すると、すぐに魔物達は逃げていった。


「とにかく、森の奥に行けば、呪いを治療出来る薬草がある筈だよ」


「ヴァルディさんはこの辺りについてお詳しいのですね」

 エシカは感嘆の声を上げる。


「そうさね。何しろ毎年、魔女集会の常連をしているからね。この辺りの事は詳しくなるものだよ。おっと、もう少しスピードを上げるよ!」

 巨大な虎は、まるで空を飛ぶように大地を駆けていく。その巨躯とは似合わずにまるで翼でも生えているみたいだった。


 リシュアは手綱を握り締めているのに、精いっぱいだった。かなり、顔色が悪い。エシカは部屋で休んでいればいいのにと思った。虎の脚は更に早くなり、丘の向こうを走っていく。そして、とある場所に辿り着いたみたいだった。


 それは泉だった。

 周辺の木々は美しい紅葉となっていた。


 ヴェルディは虎の上から降りると、泉の中に近寄り、泉に咲いている薬草らしきものを摘んでいく。そして、それをそのままリシュアが齧るように言った。


 リシュアは薬草を噛むと、少し楽になったみたいだった。


「二日酔いみたいなものだよ。ヒルデの呪いは。もっとも、彼女が本気で天使様を召喚したら、どうなるか分からないけどね」


「二日酔いかあ…………。確かに、そんな感じもするなあ」

 リシュアはへろへろになっていたが、徐々に回復しているみたいだった。


「という事は、その薬草は、二日酔いの特効薬みたいなものですか?」

 エシカは訊ねる。


「そうだね。多く摘んでいこうか。どうせ、宴会も行う事になるだろうから。酔っぱらいにはよく効く薬だよ」


「俺は酔っ払いじゃないぞ…………」

 リシュアはぐだりとした表情で言った。



 そして、三人を乗せた虎はすぐに宿の方に戻った。


 ローゼリアにも煎じた薬草を飲ませる。

 しばらくしたのち、ローゼリアも回復したみたいだった。


「本当に頭の中で、延々とあの天使達の合唱が未だ鳴り響いていましたわ」

 彼女は忌々しそうに言う。


「それにしても、ヒルデって少女は一体、なんなんだ?」

 リシュアはヴェルディがあの少女の事を詳しく知っていないか、訊ねる。


「あの子の事は私もよく分からないねぇ。もしかすると、何処か偉い王族か何かかもしれないし、あるいは本当に呪われた忌み子なのかもしれない。とにかく詳しい事は分からないよ」


「魔女集会には毎年いるのか?」


「ああ。毎年いる。少女の姿をしているけど、察しの通り、実年齢なんてあたしも分からないよ。まぁ、確かに少し気味が悪いのは認める。けど、それを言い出したら、他のメンバーの素性なんてのも分からないからねぇ」


「そうなのか」

 リシュアは小さく溜め息を付いた。

 二度と、あのヒルデという少女には関わりたくない。

 彼とローゼリアはそう誓ったのだった。


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