魔女集会が終わった後も、エシカ達はしばらくペイガンの村に滞在する事になった。
この地は気のせいか、心地良い。
まるでこの地全体に、魔力が迸っているみたいだった。
「本当に、この場所は不思議な景色だな。……いや、俺達が行く場所は、大体、何処も不思議な景色ばかりだったんだけどな」
リシュアが森の方を眺めていた。
先日まで青々と生い茂っていた緑の木々。緑の森。
今日の森は焔のような紅葉に変化しており、摩訶不思議な印象を受ける。
この辺り一帯が一日にして、変化している。
まるで魔女集会が終わったタイミングで、村全体の生命が変化したみたいだ。……実際にそうなのかもしれない。
この辺り一帯が意志を持って、魔女達を見守っているのかもしれない。
エシカはそんな事を思った。
エシカとリシュアは二人で、森の辺りを散策していた。
ふと、ヒルデが歩いている処を見つけた。
リシュアは彼女が苦手だったが、エシカは、ヒルデに歩み寄ろうと考えていた。きっと、彼女も迫害されて生きてきたに違いない。何故か、そう確信していた。
「ヒルデさんっ! 私とお話しませんか?」
エシカは少女に訊ねる。
少女は振り返って、いつものように、何処か虚空を見ているような表情を浮かべていた。彼女はこの世界を見ているようで、つねに、まるで違った別世界を覗き見しているかもしれない。それこそ、宇宙だったり、彼女が言う天使様のいる世界を見ているのだろうか。
「こんにちは。エシカ。私の事を知りたいんでしょう? 私はサナトリウムで育った」
ヒルデは悲しそうな表情をする。
「サナトリウム?」
エシカは首を傾げる。
「その……心に異常をきたしている者を隔離する収容施設というか。私がずっと、コスモを見ていて、天使様と触れ合っていたから。両親は、私をサナトリウムの中へと放り込んだんです」
ヒルデの表情は、信頼していた両親に裏切られたそれだった。
何だか、エシカもリシュアもいたたまれない感情に襲われる。
もっと何か違っていたら、別の人生を歩めていたのかもしれない。
それはエシカにとって、物凄く重要な課題だった。
“災厄の魔女”としての自分。
大量殺人犯としての自分。
沢山の人に虐げられた憎しみをぶつけて、悦に入っていた自分。
間違いなく、それはエシカそのものであり、今の穏やかなエシカの過去そのものなのだ。それは生涯、背負っていく十字架そのものなのだ。
エシカは、ヒルデのような自分と同じように迫害されてきた者の力になりたいと心から思っている。けれど、ヒルデもまた、エシカ程ではないにしろ、異端の魔女としての力を振るったのだろう。
「先日はごめんなさい」
ヒルデは、深々とリシュアに頭を下げる。
「……あ、いや………………」
「なんか。私のせいで、おかしくなってしまって…………。私の見ている、コスモ……宇宙を、私と同じように見た者達は、今も心の病を患って、サナトリウムで過ごしている者達も多いと聞きます」
それはとても痛ましい事だった。
ヒルデ自身、望んで、この力を手にしたわけではないみたいだ。
ならば、それはヒルデ自身に掛けられた呪いといても過言ではないのではないか。
「どうか貴方に沢山の理解者が現れる事を心から願っています。貴方の未来が幸せになる事を願っています!」
エシカはヒルデの両手を握り締める。
そして笑い掛けた。
ヒルデは涙を流していた。
†
向き合わなければならないのは、つねに自分自身だった。
エシカは宿に戻り、遅めの昼食を口にしていた。
今回の料理は肉と野菜をいためたものだ。
肉はイノシシのものを使ったものだった。
この辺りの郷土料理らしい。
身体の底から温かくなる。
「ヒルデさんの見ている天使様を見てきましたが。確かにあれは凄いものでしたね」
エシカは笑顔を浮かべていた。
「金属を引っ掻くような音は大丈夫だったのか?」
リシュアが訊ねる。
エシカは少し戸惑いながらも頷く。
「私には大丈夫でした。それから、ヒルデさん自身、天使様が他人を傷付ける事に悩んでいるようでした」
「そうか。エシカは本当に優しいな」
リシュアは大きな肉を頬張る。
「私も魔女集会に参加すれば良かったですわ。血の魔法を幾らでもお披露目出来ましたのに」
ローゼリアが現れて、リシュアが食べているこの村の郷土料理を注文する。
「そうですね。ローゼリアさんも参加すれば良かったと思います。魔法を見せ合った後は、みなで夜通し宴を行っておりましたから」
「女ばかりで俺は少し居心地悪かったけどな」
リシュアが苦笑する。
†
ペイガンの村にしばらく滞在する事になって、リシュアとラベンダー。そしてエシカの三名は、光の精霊を操る魔女アティラに、古代の遺跡の探索に誘われた。そこは神殿のような場所になっており、中に強大な魔物が棲んでいるのではないかと言われている場所らしかった。
「貴方達の腕を見込んでだけど。頼まれてくれるかなあ?」
ぶっきらぼうな口調で、アティラは話す。
「はいっ! この場所での洞窟探索とかなら、ティアナさんとも行きましたし。誘ってくださって、ありがとう御座います!」
エシカは嬉しそうに言う。
<エシカ。お前は本当に危険な目に合うのが好きなんだな>
ラベンダーが冗談めかして言う。
「まあ。そういう処は嫌いじゃないよ。でも頼まれてくれるのは本当に嬉しいな」
アティラは笑った。
そして、四名は遺跡があると思われる場所に行った。
そこはただの民家の一つだった。誰も住んでいない。
アティラはその民家の中へと入る。
地下室があった。
どうやら、そこが遺跡へと続く入り口らしい。
アティラを戦闘にして、四人は中へと入っていく。
そしてどうやら彼女が探しているのは、遺跡に置かれているとされるお酒らしかった。一体、何十年、何百年前の酒なのか分からないものだ。それは神の命と呼ばれるようなお酒で、飲めば魔力の向上に繋がるものらしい。
遺跡の中には、強大なモンスターらしきものがいるかと思えば、不思議な猫型の生物が何体かいるだけだった。どうやら、この場所を居住地にしている動物みたいだった。
「はあー。もふもふ、なのですー!」
エシカは猫に近付こうとする。
すると、猫は全身から電撃のようなものを発していた。
エシカは困った顔になる。
「もふもふ出来ないです…………」
エシカはしょぼくれた表情になる。
「おいおい。何やってるんだよ、エシカ。怖がらせているだけだよ」
リシュアは大笑いする。
そして、今度はリシュアが小さな猫の怪物に近寄ろうとする。すると、電撃を見事にリシュアは受けて感電する。
「なんだよ……俺、最近、こんな眼にばっかりあっているなあ…………」
リシュアはしょぼくれた顔になる。
そんな事をしているうちに、アティラは目当てのものを手に入れたみたいだった。それは年代ものには見えるが、普通の何処にでも売っているような、お酒の瓶に見えた。
<此処は古代の遺跡でも何でもなく、普通の一般人が作った場所だろう? 一般人が作った地下回廊だ。そんな場所をあの猫型の怪物達がねぐらにしている。わざわざ、俺達を呼ぶ程の場所じゃないだろう? 何故、嘘を付いた?>
酒を手にしたアティラは、蓋を開けてグビグビと口にする。
「バレた? 蒼いドラゴン君。私はね、あんたらと一緒に少し冒険がしてみたかったんだ。此処は密造酒の隠し場所として使われていたんだよ。この家の住民はいつの間にか、亡くなってしまったけど、この電撃を放つ猫達と、醸造している密造酒だけは残った。私は此処に来て、毎年、置いていた酒を飲むようにしている。私の習慣みたいなものさ」
そう言うと、今度はアティラは荷物の中から、新しく買ったと思われるワインを手にして木箱の中へと隠す。どうやら、此処で一年間保管して、次の年にまた酒を飲むみたいだった。
<冒険という程、長い場所じゃなかったがな>
ラベンダーは苦笑する。
アティラはエシカ達を気に入ってくれたのだろう。
冒険も古代遺跡も彼女のでたらめだが、会話が出来るのには充分な時間だった。
そうして、四人は何となく話が弾み、夜ご飯は何にしようか話し合いながら、帰路へと付いた。
ペイガンでの一日一日は、本当に楽しい事ばかりだった。
色々な者達と出会えた。
エシカは彼女達との出会いを生涯、忘れたくないと思った。
そして、自分の罪の清算を行う旅を続けよう…………。改めて、そう誓った。きっと、ディーバは悪魔を使って、自身から眼を背け始めたエシカに対して叱咤するような形を行ったと今では思うのだから…………。