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教会の村セルキー

【教会の村セルキー 1】


 ペイガンの村を出発するに際して、エシカは村で出会った様々な魔女達に挨拶をして回った。新しく出会った面子。ヴォルディにアティラにディーバにヒルデ。色々な事があったが、楽しい夜を過ごせたと言っていい。

「また次の街でお会いしましょう!」

 そしてエシカは、顔馴染みであるティアナに挨拶を交わす。

「はい。良ければ、またイエローチャペルの私の家に是非、来てくださいね」

「はいっ!」

 エシカとティアナは手を握り締め合う。

 そこでティアナとまた再会する事を約束して別れた。


 そして。エシカ、リシュア。ラベンダー。ローゼリアの四名は次の街を目指して四人で旅をする事になった。

「今度、向かう先はどんな場所ですの?」

 馬車の中でローゼリアが訊ねる。

「セルキーという小さな村があるらしい。そこに行こうと思うんだ。いいかな?」

 リシュアは地図を眺めながら言った。

「その村の特産品、観光名所などは何かありますの?」

「特に……。目立つ歴史のある教会があるらしい」

「教会ですの? 教会なら色々な場所で見られると思いますのに」

 ローゼリアはつまらなそうな顔をする。

「まあまあ。ローゼリアさん、行ってみなければ分からないんじゃないですか?」

 エシカはいつも通り、うきうきとした表情をしていた。多分、彼女は何処に行っても楽しいのだろう。あるいは何処に行っても楽しめるのかもしれない。

「まあ。みなさんが楽しめるのでしたら、私もお付き合いしますわ」

 そう言って、ローゼリアはあっさりと愚痴をやめた。



 そして一日くらいかけて、辺境の村セルキーに到着した。

 本当に閑散として村だった。

 ただ、街中の至る処に教会があった。

「どうも此処の街の信仰では、教会を多く配置する事によって、悪魔祓いを行っているらしい」

 リシュアが村人に聞いて回った話を仲間達に説明する。

 悪魔か…………。

 エシュカは出会ってきた悪魔を想い出す。アンダイングの街で入った教団の中の強大な悪魔。そして魔女ディーバが生み出し、自分に悪夢を見せた悪魔……。

 ろくなものじゃないな、と、エシカは心底想う。

「確かに、この村も色々と面白そうですが…………。悪魔なんかにお会いしたくありませんね…………」

 エシカは苦笑いを浮かべていた。

<だからこその悪魔祓いを行っているんじゃないのか? 悪魔などまるでろくなものじゃないから>

 ラベンダーは村全体の教会を一通り見ていた。

 教会の屋根に取り付けられている十字架を見ると、まるで村全体が巨大な墓石があちらこちらに点在しているような錯覚を覚える。

 何にしろ、四名はいつものように宿を取る事にした。

 馬車での旅から解放されて、暖かい布団で寝るのは、まず街や村に入っての最上級のご褒美だった。


 この村の特産品の料理はチーズを主賓としたものだった。

「青かびが点々としている発酵食品は見た目は悪いのですが、こんなに美味しいのですわね」

 ローゼリアは切り分けられたソーセージに、チーズを包んで口に入れる。

「此処のカルボナーラは本当に美味いなあ。誰かさんも見習って欲しいもんだな」

 リシュアは豆の木の街での事をしっかり覚えているみたいだった。

「しょ、精進いたします…………」

 エシカはなんだか申し訳無くて縮こまる。

<気にするな。誰にだって得意不得意がある。エシカ、お前はたまたま料理の才が無かっただけだろう>

 ラベンダーはパンにチーズを塗りながら、そう呟いた。

「ラベンダー…………。トドメ刺してるよ…………」

 リシュアが苦笑する。エシカは半泣きだった。

 しばらくして、食事が終わると、みなで夜の村を散策する事になった。リシュアは相変わらず長い事、馬車の固い床に寝ていた為に腰と背中が痛かったのだが。エシカもローゼリアもラベンダーも、その辺りは気にしていないみたいだった。

 ……みんな、本当に元気だよな。

 あるいは、新しい場所に着く度に、すぐに好奇心旺盛になって、身体の疲れなど気にならなくなるのかもしれない。リシュアだけ自分一人がまるで老人みたいな気がして、嫌々、一緒に散策に付き合うのも日常茶飯事になっていた。

 冷たい大気に触れる。

 もう冬だな、と、みな思った。


 四人は村の中を散歩する。

 やはり、この村は異常なくらいに教会ばかりがあった。並んでいる夜の教会は改めて見ると、不気味さが際立つ。

 ふと、明かりが点いている教会があった。

「なんでしょう?」

 エシカはペイガンの村の雑貨屋で買った懐中時計を取り出して時刻を見る。夜の九時を過ぎている。

「入ってみるか?」

 リシュアがみなに訊ねる。

「まあ。好奇心の赴くままに、私達は旅をしていますわよね? みなが問題無ければ、中に入りましょう」

 ローゼリアが答えた。

 真っ先に明かりが灯っている教会の中へと入ったのはエシカだった。ローゼリアが後に続く。そしてリシュア、ラベンダーも続いた。

 教会の中、礼拝堂の中央には、一人の少女が十字架に祈りを捧げていた。

 修道女の服装をしている。おそらく関係者なのだろう。

「夜遅くすみません。私達も祈りを捧げに来たのですが、宜しいですか?」

 ローゼリアが修道女に話し掛ける。

「あら? この辺りでは見ない顔ですね。私はリンディと申します。この教会を一人で管理しております」

「貴方が……? 神父さんはいませんの?」

「はい。私一人です」

 リンディは笑った。

 部屋の中央には、巨大な十字架があった。

 エシカ達はそれぞれ祈りを捧げる。

 吸血鬼は、本来は人間の教会を忌避するものだが、ローゼリアはどうやら違うみたいだった。ローゼリアは嬉々として十字架を前に、人間の神に対して祈りを捧げる。

「あら。貴方は吸血鬼ですよ、ね?」

 リンディはローゼリアを見て驚いているみたいだった。

「吸血鬼が十字架に祈りを捧げるのは変ですの?」

「いえいえ。吸血鬼と言っても、あくまで人と違った種族というだけです。はるか昔と違い、吸血鬼と人間が共生している街や村も多いのだと聞いております。私の方は偏見などありませんよ」

「それは良かったですわ。教会によっては、吸血鬼を煙たがる場所もあるので」

 リンディは興味深そうにローゼリアの顔を眺めていた。

「そう言えば、吸血鬼は十字架を嫌うとお聞きしましたが。貴方は平気ですの?」

「……名乗りが遅れましたが、私はローゼリアと申します。私は十字架は平気ですわ。吸血鬼が十字架を嫌うというのは迷信ですよ。もっとも中には、信心深い吸血鬼もいて、吸血鬼としての本性のままに人の血を吸った者は罪の意識から十字架を怖れるとも聞きますが。……もっとも、私はあまり人の血を吸いませんしね」

 ローゼリアの話を聞いて、そう言えば、リシュアは吸血鬼という種族に関して詳しく知らない事に気が付いた。ローゼリアは耳が尖り犬歯こそあるが、普段は尖った耳を長いピンク色のツインテールで隠しているし、大きく口を開けなければ牙も見えない。敵と戦う時に見せる残虐性以外は、至って普通の人間であるかのようにリシュアは接していた。おそらくエシカもラベンダーも、ローゼリアが吸血鬼であるという事をそこまで気にしていないだろう。だが、改めて考えてみると、ローゼリアには色々と謎が多かった。彼の兄であるアルデアルもそうだが。

「ああ。そう言えば、リンディさんに私達は名乗りが遅れましたね。大変、失礼しました。私はエシカ。こちらの男性がリシュア。リシュアは私と一緒に旅人をしています。そして青い小さなドラゴンがラベンダーです。みなで一緒に各地を旅して回っております」

 エシカは慌てて名を名乗り、リシュアとラベンダーをこの教会の主であるリンディに紹介する。

 …………リシュアが王子である事。そしてエシカがヘリアンサス国とその周辺の国で“災厄の魔女”である事は伏せていた。

 だが、リンディの表情を見ると、この四人の旅人達が一癖も二癖もある者達である事に気付いているみたいだった。

 そして、リンディの素性も謎に包まれている……。

 エシカもリシュアも、一介の修道女が教会を一つ管理しているという話は聞いた事が無い。もちろん、この村独自の掟、しきたりである可能性も充分にあるのだが。

「教会の管理って、おひとりで大変じゃありませんの?」

 エシカが疑問に思っていた事を、ローゼリアが口にする。

 リンディは周りのステンドグラスを見ながら、自身の管理する建物をしげしげと見ていた。

「そんな事はありませんよ。ここは私の家としても使用しておりますから」

「なるほど……?」

 リシュアは何かに気付いたみたいだった。

「つまり、この村に無数にある教会は“教会の形をした一軒家”というわけか?」

 リシュアは興味深そうだった。

「そうですね。その通りです。この村の多くの者達は、教会を家としています。みな、信仰心ならありますよ。この村は神父や修道女達ばかりの村ですから」

 リンディはそう言って笑った。

「そう言えば、もう夜遅いですから、せっかくですので旅人さん達。この教会に泊まりませんか?」

 エシカとローゼリアは顔を見合わせる。

 確かに、この厳かな雰囲気の教会に泊まってみるのも悪くない。



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