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【無法の村。シンチア 1】

 シンチアという村の名前の由来は、村に訪れた聖女から取っているらしい。

 教会ばかりがある村セルキーから少し離れた場所だった。

 此処では、遠くの民族紛争から逃げてきた青白い肌をした人々である“マヌーシュ”という民族が多く存在していた。その青白い肌は陶器のようでもあり、不思議な作りの球体関節人形などを思わせた。

 マヌーシュの人々は、民族紛争の際に、その美しい容姿から奴隷として売られる事が多かったらしい。村に着く頃には、そんなマヌーシュの人でいっぱいだった。此処では違法な取引なども多く行われているらしい。なので、シンチアは無法の村とも呼ばれているらしかった。

 ただ、村自体は漁村であり、海産物を取って暮らしている。


 セルキーの村で悪魔と契約して、沢山の人間を殺していたリンディ。

 彼女を安易に赦したエシカ達について、リシュアは首を傾げていた。

「そんな奴だって聞いて、放っておくわけにはいかないだろ。なんで、そのまま放置したんだ…………?」

 と、リシュアは訊ねる。

「リシュア。私は自身は“災厄の魔女”である事をペイガンにて、改めて自覚しました。私は人を裁く権利は無いのです……」

と、エシカは項垂れる。

「まあ。私もあの悪魔を眼にして、勝てないと悟って逃げた感じですからね」

 ローゼリアは溜め息を付く。

「ああ、そっか。まあお前らがそう言うのならいいよ。俺達は悪人退治の旅をしているわけじゃないからな」

<まったくもってその通りだな。悪い奴を倒してやりたい、という旅じゃない>

 ラベンダーも頷く。

「じゃあ、私達の旅は何の旅ですの? 私は貴方達と旅していて楽しいから共に旅をしているのですが」

<自分探しの旅みたいなもんだろう。リシュアもエシカも。俺はこいつらのお守り係ってところだ>

 得てして妙だった。


 結局、少しもやもやとしたものを残したまま、四人はシンチアの村へと入った。海がよく見える、波止場付近にある宿を取った。そして三回にある部屋に入り、部屋の窓を開く。潮の匂いが漂ってくる。そう言えば、海を見たのは初めてだな、と、エシカは思った。これが海か。何処までも続く水平線。何か心がざわめく。


「此処は本当に美しい景色ですね」

 エシカは、ぱあっと明るくなる。

「そうだな。大きな湖とはまた違うんだな。これが海か……」

 波止場の方を見ると、大量の帆船があった。

 エシカは窓の外の景色を見ながら、昨日のリンディとの事を極力忘れようとする。あのグロテスクな儀式を放置してしまった事。どうしようもない、もやもやが心の中で渦巻いている。リシュアはエシカの心情に気付いたみたいだった。

「大丈夫か? エシカ」

 リシュアはエシカの肩に優しく触れる。

「いえ。私は昨日、どうすれば良かったのでしょうか?」

「そうだなあ」

 リシュアは寝転がる。

「俺達はリンディを止めるべきだと思うな。明らかにやっている事は異常な事だ。沢山、人を殺している。だけど…………」

 完全な悪人とはいえ、人を殺すという事は気持ちが悪いものだ。

 相手が怪物なら構わない。

 だが、狼男である神父フェザーを殺した時はどうしても気味が悪い感触だった。どうしてもフェザーは人間だと思っていたから。リシュアは可能なら人間を殺したくない。人間を殺すのだとすれば、……そう、人殺しはローゼリアが行えばいい。

 リシュア達がやるべき事と言えば、他人の蛮行を止める事しか出来なかった。

 悪魔と契約して、死んだ恋人の魂を現世に呼び戻すなど気が触れている。

 それも、沢山の無関係な人間の命を奪って、悪魔の貢ぎ物にするなど……。吐き気がする事だった。それを下手すると数十年単位でやっている女。それが修道女リンディだ。


「やっぱり、逃げるべきじゃなかったのかもしれないな」

 リシュアは天井を見上げる。


「戻りますか?」

 ローゼリアが部屋の中に入る。どうやら二人の話を聞いていたみたいだった。

「あの魔女リンディを殺すのなら、私が行います。私なら、人を平気で殺せますわ」

 ローゼリアは悪戯っぽく笑った。


 ローゼリアは、かつて別のネクロマンサーを殺した。老婆だった。彼女いわく、何度殺しても死ななかったが、兄から、やっと死んだという知らせが届いたそうだ。そう、リシュアもエシカも人を殺せない。相手がどんな悪人であってもだ。イエローチャペルの殺人鬼にしろ、アンダイングでの邪教徒にしろ、結局は、その街の警察に任せる事にした。

 つまり、ローゼリアを除いて、誰も人殺しなんてしたくない。

 けど、やらなければならない。

 でなければ、被害者は無尽蔵に膨れ上がるだろう。

「やっぱり、セルキーの教会の村に戻って、リンディさんを止めなければならないと思うんです」

 エシカは座り込み、手で顔を覆う。自分が人を裁く資格など無いと思いながらも。

「俺もそうするべきだと思う」

 リシュアがエシカの両手を握り締める。

「じゃあ、すぐに戻りますか?」

 エシカは立ち上がる。

「いや…………」

 リシュアは考える。

「早急に対応するべき話じゃない。まずはこの村でゆっくり落ち着こう。何にしろ、気ままな旅だ」

 リシュアはそう言って、溜め息を付いた。


 この村は紛争の末に、移民が流れ着いている。

 リシュアは考える。

 戦争、紛争でも沢山、人が死ぬ。それを自分達で止める事は出来ない。一方、リンディによって殺害される人間もある意味で言えば等しい。本来なら関わらなければならなくてもいい事だ。


「せっかく、この村に着いたんだ。この村で羽を休めて、考えてから、あの教会の村には戻ろう」

 リシュアは、昨日、エシカとローゼリアが殆ど眠れていない事に気付いていた。そもそも旅の疲れが重なっている。

<そうだな。戦争で死ぬ人間と、一人の殺人鬼によって死ぬ人間。どちらの命もある意味では等価だ。俺達は余計なものに“口出し”しようとしている。それは余計な悲劇が起こるかもしれないからな。つまり、リシュアの言っている事はそういう事だ>

 ラベンダーはそう言ってまとめた。


 そして、頭を切り替えて、リシュアはエシカとローゼリアに休むように言った。二人は昨日の疲れによって、まだ真昼だというのに、ベッドにうずくまった。

 グロテスクなものを見て、特にエシカはかなり疲れているのだろう。

 リシュアはラベンダーと一緒に、この村、シンチアを散歩する事にした。


「この前のペイガンで、エシカのトラウマ。過去の罪が魔女ディーバによって想い出されたんだってな。ほんと、最近のエシカは厄介な相手と出会っているな」

<旅をするとはそういうものだろう。俺達がこれまで出会ってきた者達は、ほぼ例外なく、一癖も二癖もあった>

「確かにな」

 リシュアは小さく溜め息を付く。

 エシカはペイガンの村以来、感受性が強くなっている。ある種、自分自身に対しての恐怖なのだろうか。


 潮の香り。

 海産物の特産品が並んだ露店。

 港の砂浜辺りで釣りに興じる人々。

 青白い肌の人間達がいた。

 この青い白い肌の者達は、どうやら、村の人間の多くから煙たがられているみたいだった。元々、村に住んでいた者達は青白い肌のものを忌むべきもののような視線で見つけた後、避けているみたいだった。

 青白い肌、まるで悪魔のような肌のように見えているのだろうか。リシュアは分からない。これまで狼男や吸血鬼、悪魔やその他の怪物など様々な種族に出会ってきた。そして自分は吸血鬼とドラゴンと一緒に旅をしている。

 人種問題。民族問題とは、とても根深いものなのだろうか。

 肌の色。もしかすると、食生活などの文化などの違いによって、人間は同じ人間を忌み嫌う。ある意味で言えば、異なる存在を嫌悪する人間の本能的なものなのかもしれない。

<まあ。エシカは数十年以上もアンデッドの暮らす森の中で生きてきたんだ。人間と関わらずにな。彼女にとって、種族問題というのはまるで分からないのだろうな>

 ラベンダーはそんな事を呟く。

 リシュアも似たような気持ちだった。

 王室の中で生きて、庶民とはまるで感性が違う。

 それが嫌だった。

<それにしても良い匂いがしているぞ。リシュア、店に入ろうか>

「ああ。美味しかったら、あの二人もまた連れていこう。俺も腹が減ったしな」

 そう言いながら、ちょうどリシュアの腹の音が鳴った。


 二人は海産物の料理店へと入った。

 此処の店の特産物は、シーフードのパスタなのだと言う。

 二人はそれを注文する。

 店内には、多くの人々がいたが、青白い肌の者はいなかった。

 シーフードパスタが運ばれてきて、二人がそれを口にしていると、青白い肌の男が入ってくる。店員はその男を追い返した。青白い肌の人物、いわゆる“マヌーシュ“は、この店の出入りを禁じられているみたいだった。

 他国を捨てて、この場所に避難してきた者は、此処にいる事自体が罪であるかのようだった。

「すみませんね、お客さん。あいつらは、わたしらの商売を奪うんですよ」

 店員は、軽くリシュアに謝る。

「どういう事なんだ?」

 リシュアは首を傾げる。

「あいつらは、ウチの店から“味を盗んで”いく。彼らに味を盗まれて、店が潰れたこの村の住民はとても多いんです」

 話を聞く限り、移民であるマヌーシュ達が商売を始めて、同じように料理店などを持つと彼らに味を覚えられて、この村の現地住民が職を失う事が多いらしい。

 移民問題とは難しいものだな、と、リシュアは思う。

 この国は、他民族であるマヌーシュを受け入れた事によって、どんどん失業者も増えているらしい。人間は異分子というものを抱え込む事が難しいのかもしれない。

<理解出来ない他人を排除し、あるいは罰するという事は当たり前の事なのかもしれないな>

 ラベンダーはそう言って、シーフードのパスタを食べ終えた。


 マヌーシュばかりの地区があると聞いて、二人はその場所へと向かった。

 外側から見る限り、ある種のスラムのようにも見えた。

 貧しさを肌で感じ取れる。

 王子であるリシュアには馴染みのないもの。この辺りでは炊き出しが行われていた。故郷を捨てて、この地にやってきたマヌーシュ達は一体、何を想うのだろう。逃げてきた先でも差別にあっている。リシュアは世界を見てみたいと、エシカと共に旅する時に誓った。

<人間は難しいものだな>

 ラベンダーはそう告げる。

 リシュアは頷く。

 マヌーシュ達は独自の言語を持っている、彼らには彼らにしか通じない言葉を話していた。それにしても青白い肌というのは酷く目立つものだった。まるで青銅の人形のようにも見える。

 リシュアはマヌーシュがやっている露店に立ち寄り、御守りのようなものを見ていた。独特の三角形をした模様のペンダントやブレスレットが売られている。とても美しい装飾品だった。買って落ち込んでいるエシカにプレゼントしようと思った。

「まいどー」

 片言の世界共通言語を喋りながら、マヌーシュの中年男は嬉しそうな表情をしていた。リシュアはエシカの為にブレスレットを買って、ラベンダーはローゼリアの機嫌取りの為にペンダントを購入した。どちらも三角形の図形の中に、三日月を象ったものだった。

 彼らは一般的なものとの宗教観、文化なども違う。それらが対立を起こしているのだろう。この図形のシンボルは彼らの宗教に基づくものだろうな、とリシュアは思ったのだった。


 そして、更に二人はマヌーシュの住む地区の奥へと進んでいった。

 聞く処によると、此処では誘拐事件が頻繁に起こっているらしい。何でも、誘拐された者達は南の方にある村、セルキーへと行った者が多かったそうだ。

 セルキー……リンディという邪悪な修道女がいた場所。

 明日にはリンディと向き合いに四名は、セルキーに戻るつもりだ。彼女の手によって大量の犠牲者が出て、これからも出る以上、放置する事は出来ない。


「それにしても、人助けの旅か。何とも面倒臭いもんだな」

<俺もそう思う。自分探しの旅で良かったと思うんだがな>

 二人はこの地区の居酒屋へと向かった。

 青白い肌の者達が溢れ返っている。

 内装はやはり、彼ら独自の宗教観に満ちたオブジェに溢れていた。よく分からない幾何学記号の絵が居酒屋の壁に描かれている。ヘビの精霊を崇めているらしく、その銅像などが置かれていた。蓮の中が店の中には散りばめられている。彼ら青白い肌の者達は楽しそうに酒を飲んでいた。

「いい場所じゃないか。此処は」

 リシュアはアルコールの入っていない飲み物を頼む。ラベンダーも続く。

 先ほど一般的なシンチアの街の店で料理を食べた為、此処ではおつまみ程度のものを頼んだ。桃のシャーベットに、マンゴーのアイス。マヌーシュ独特の調味料が付けられて不思議な味がした。

「俺、思うんだけど。やっぱり、青白い肌の移民と、シンチアの住民は仲良く出来たらいいと思うな」

<確かにそうだな。溝は深そうだが>

 二人は何か彼らの橋渡しをしようかと思ったが、やめた。

 彼らの表情を見てみると、陽気な感じで、差別など、特に気にしている様子ではなかったからだ。彼らは彼らなりの独自の文化を持って生きている。いつか、自国の民族問題が解決して、故郷に帰れる者達。そして、元々、シンチアにいた者達が分かり合える日がこればいいと二人は願いを込める。



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