ナイト・ウッシュを改めて、観光する事にした。
忘れ物となった、決着は終わった。
リンディは、ある種のエシカの鏡だった。エシカも過去に同様に沢山の人間を殺した。過去のエシカはとてつもなく無邪気に、自分の力を振るっていた。
それはきっと、リンディも同じなのだろう。
本当に恋人を取り戻したいと願う際に、恋人よりも、残酷に力を振るえる事に酔ってしまっている節があった。だからこそ、より邪悪に映ったのだ。
悪魔に魅入られた少女の命を終わらせて、ローゼリアからは少し物思う処を感じた。
「本当に不愉快な相手は、殺してしまってもいいのですわよ?」
ローゼリアは、そうエシカとリシュアの二人に告げる。
港町には、再び雪が降っていた。
気のせいか、再び訪れた雪は、何処か優しく感じられた。
「雪かきの臨時アルバイト、募集しているらしいんだ。旅の路銀稼ぎにならないかな」
リシュアはそんな事を言い出す。
「あら? 面白そうですわね。私もそのアルバイトやってみたいですわ」
ローゼリアが乗ってきた。
四名は、宿の中にいた。
ぽつり、ぽつりと、振り続ける雪を見ながら、エシカは物想いに耽っていた。ラベンダーは相変わらず、隅っこで暖を取っていた。
みな、別々の目的で共に旅をしているのかもしれない。
だからこそ、エシカは素晴らしいのだと思った。
「雪って、なんだか暖かいんですね」
エシカは変な事を言い出す。
「暖かいのか? 雪は」
「冷たいでしょうに」
リシュアとローゼリアは首を傾げる。
エシカは、独特な感性を持っている。だから、時たま突拍子もない事を言い始める。だが、それはいつもの事だった。それに、それを言えば、吸血鬼のローゼリアも、ドラゴンのラベンダーも、変な事をよく口にする。
それぞれが見ている景色は同じではないかもしれない。
だからこそ、旅は素晴らしいのだと思った。
【ナイト・ウッシュの街の角】
街の角と呼ばれる場所がある。
それは真っ黒なヤギの角が彫像として納められている。
この辺りには、沢山のヤギが出て、その血肉もミルクも、郷土料理として使われている。海産物と同じくらいに、ナイト・ウッシュではヤギが食べられていた。
リシュアとローゼリアの二人は、ヤギの角の前で雪かきをしていた。
二人は、防寒具の作業着を着て雪かきのバイトをしていた。
ヘリアンサス国の王子に、吸血鬼の貴族。どちらも、庶民とは程遠い生活をしている。だからこそ、こういった庶民の生活と同じような事をするのはある意味で言うと新鮮な気持ちになれた。
それにしても、雪というものは本当に冷たい。
しばらくいると、凍えてしまいそうだ。
「寒いですわね」
「ああ。寒いな」
二人はふう、と、雪かき用の道具を持ちながら汗を拭っていた。
「何か、怪談でも話してくれよ」
「そうですわね。また話しましょうか?」
「ああ、そうしてくれ。気がまぎれる」
「ある処に、黒いヤギがいました」
ある処に黒いヤギがいました。
そのヤギは、白いヤギ達に混ざって一頭だけ黒いヤギだったのです。
それ故に、黒いヤギは白いヤギの中で浮いていました。
言ってしまうと、身体が黒いというだけで、黒いヤギは白いヤギから忌み嫌われていたのです。
ある時、黒いヤギは思いました。
みなを真っ黒に染め上げれば良いんじゃないかと。
黒いヤギは、魔法の力に手を染めて、白いヤギ達の毛を次々と黒く染め上げていきました。白いヤギ達はパニックを起こしました。みな、次々と黒く染まっていくのです。そして、だんだん白いヤギの数の方が少なくなりました。やがて、白いヤギの方が忌み嫌われるものとなりました。
「なんだか、怪談、というか、寓話みたいだな」
リシュアは感想を述べる。
「実際に、寓話ですわ」
ローゼリアは答える。
「何か、お前の故郷に伝わる伝承のようなものなのか?」
「そうですわね…………。黒いヤギとは、伝染病に罹った者を現わして、白いヤギは健康な者なのだと言われております」
「ふーん。しかし、寓話にしろ、怪談にしろ、何かその土地に実際に起こったものが隠されているとも聞くな」
「ですわね」
しばらくして、また雪が降り始める。
雪かきというものは、やっても、やっても、新たに降り始める雪の前ではまるで無力のようだ。それでも積もった雪はどけなければならない。だが、何となく、こうやって身体を動かす事は少しだけ気分がいい。
「寒い時にかく汗って、なんというか不思議な感じだな」
リシュアは道具を片付ける。
「そうですわね。それにしても、この雪かきのアルバイト、お給料は余り良いものではないですわよ。それに炎系の魔法や光系の魔法で雪を溶かした方が、はるかに効率が良いですのに」
「いいんだよ。こういう無駄な重労働が、何て言うか、心の健康にいいんだ」
そう言って、リシュアは笑った。
また、雪は降り積もっていく。
ならば、また雪かきをすればいい。
人の心と同じものだな、と、リシュアは思ったのだった。