月明かりの下、ローゼリアは沢山の人間に囲まれていた。
彼女は自慢のナイフを何本も取り出して、くるくるとジャグリングを行っていた。
ナイフに加えてビール瓶も放り投げていく。
人々はローゼリアのジャグリングの腕を見て、拍手喝采を行っていた。
置かれたアルミの箱の中にお金が投げ入れられていく。
「さてと。旅の路銀稼ぎは定期的にやっておきませんとね」
遠くでエシカも手を叩いてローゼリアを称賛していた。
月の下に映るローゼリアは白皙の美貌を称えていた。
吸血鬼の人外の美しさが輝きを放っている。
それにしても月が何処までも綺麗だ。
ローゼリアは空に向かって、大きくナイフを投げた後、何処からか取り出したリンゴに見事に突き刺していた。観客の間からまた大きな拍手が巻き起こる。
「本当にあいつは頼もしいな」
リシュアはそう言いながらホットココアの入ったマグカップを手にしていた。
「ローゼリアさん、生き生きとしていらっしゃいますね!」
エシカは吸血鬼の娘の曲芸を観客と一緒に見とれていた。
†
宿に戻って、ローゼリアは疲れて眠りに付いていた。
人々から受ける賛辞。
自分が華々しいスターのようになったような気分。
それは、どうしようもない程に高揚した。
ただ、人から注目を浴びるというのは少々、疲れる事もあった。ある意味で言うと煩わしい。そのどうしようもない煩わしさは嫌いな処もある。
「なんだ。ローゼリア、疲れて眠っているのか? 夕飯ぞ?」
部屋の外でリシュアが声を掛けてくる。
ローゼリアは返事をするのも億劫になっていた。
「んん…………。今、疲れていますの…………」
そう返す。
「そうか。分かった。じゃあ、先に俺達だけで飯は食べるなー」
そう言って、リシュアは階段を降りて食堂へと向かっていった。
ローゼリアは寝っ転がりながら、外を見る。
寒空に雪がぽつりぽつりと降っている。
ローゼリアは、少しだけ故郷の事を想い出して物想いに耽っていた。
そう言えば、旅をして、随分、遠くまで来たものだ。
兄であるアルデアルの城にて、ローゼリアは普段は過ごしていた。
リシュアよりは長い人生の中で、こんなに世界中の色々な場所に行った事は無かったような気がする。様々なものを見た。様々な人々に出会った。多分、それらは一生の想い出になるだろう。
ふと、何者かが訪問してくるような足音が聞こえてきた。
ローゼリアの眠っている部屋へと近付いてくる。
「……なんですの? 私は今、眠いのですわ…………」
ローゼリアは面倒臭そうに、近付いてくる訪問客に対して答える。
それは影のような姿の人物だった。
暗い部屋に、その影は近付いてきて、戸を開ける。
ローゼリアは少しだけ眼を開く。
外套を羽織った、顔のよく分からない人物だった。
「単刀直入に言う。私の下で、先ほどの曲芸を行ってくれないだろうか?」
影は言う。
「貴方は一体、なんなんですの? あるいは、貴方達は」
ローゼリアは訊ねる。
「我々は悪魔。デーモンと言えば、伝わるかな?」
男は誰何に答える。
ローゼリアは悪魔、という言葉を聞いて、警戒心を露わにする。
「私を見世物にしようという事ですの?」
「いや。客として来て戴きたい。そして、その巧みな芸を披露して欲しいのだ」
見世物。
同じ事だ。
あくまとの取り引きは慎重に行わなければならない。
ローゼリアは警戒心を露わにしながら、どう切り抜けるか考える。
「私の仲間達に相談しても宜しいでしょうか?」
そう言った。
「そうか。存分に相談してくれたまえ、明日、またこの時間帯に伺わせて貰うよ」
そう言うと、影はいずこかへ消えていった。
明日、仲間達に相談してみようと思った。
それにしても、悪魔か。
面倒臭いものに眼を付けられたものだとローゼリアは思い、眠りに付いたのだった。
†
「という事が昨日、ありましたの」
ローゼリアは苦虫を噛み潰した顔をしながら、ぼりぼりと焼き菓子を不機嫌そうに齧っていた。
リシュアとラベンダーは少しだけ深刻な顔になる。
<悪魔か。それは面倒な事になりそうだな>
エシカは、悪魔というものは極めてまずいものだという事を理解し始めていた。アンダイングの街でカルト宗教から崇められていた悪魔。魔女ディーバが使っていた悪夢をもたらす悪魔。邪悪なシスターであるリンディが契約していた悪魔。悪魔というものは極めて人間に害と邪悪な契約をもたらすというのをエシカは理解しつつあった。
「とにかく、断るしかないだろうな」
リシュアはそう告げる。
「ええ。私もそう思いますわ」
「今夜、また、来るって言っていたのか」
「ええ」
「じゃあ、今夜はローゼリアの護衛をしないとな」
みな、極めて厳しい顔になる。
おそらくは、ローゼリアだけでなく、みな巻き込まれるだろう。おそらくローゼリアは連れて行かれる場所で、何らかの契約をさせられるのかもしれない。とにかく決して悪魔達の本拠地に行くべきではないという結論になった。
「何か悪魔に対して対抗するしかないなあ」
宿を替えるべきだろうか?
いや、場所を移しても意味が無いか。人間を相手にするのとはまるでわけが違う。
「覚悟を決めて、悪魔の本拠地に行くしかないかもしれませんわね」
ローゼリアはそう言って、小さく溜め息を付く。
「そうか。なら、当然、俺達も向かうよ」
リシュアはローゼリアの為に決意を固めたみたいだった。
エシカもローゼリアの為に何かをしてあげたいと思った。だから戦うしかない。
「ローゼリアさん、私も貴方の為に戦います!」
そう言って、エシカは吸血鬼の娘の両手を握り締めた。彼女は人間とは違う冷たい体温をしていた。
「……な、なんだか、とっても嬉しいですわ」
ローゼリアは素直に喜んでいた。
ただ、悪魔からの訪問。
決して相手を侮ってはいけない。
†