ナイト・ウィッシュの空に夜鳥が駆け巡る。
夜はますます寒さを増していく。
騒々しい程に彷徨っている霊魂達が辺りに漂っていた。
深夜に近付くにつれて、ローゼリアの胸は高鳴っていく。
そして、きぃ、と、部屋の扉は開かれる。
外套を纏った人物が現れる。
「良い返事を今夜は聞けると良いのだがね」
ローゼリアは剣呑な眼付きで、その人物を眺めていた。
そして観念したように彼女は立ち上がる。
「分かりましたわ。そちらにお伺いいたします」
「そうか、良い返事を貰えて本当に嬉しい限りだよ」
外套の男の顔はぼやけていて、未だ輪郭がよく分からなかった。
ローゼリアは立ち上がり、彼らの元へと向かう事にした。結局、逃げても仕方ない。自分は悪魔に見初められたのだろう。ならば立ち向かうしかないのだと思った。
ローゼリアは大人しく外套を纏った男の後を付いていく事にした。
隣の部屋では、ローゼリアを見張っていた仲間達が彼女の後を付ける事になっていた。ローゼリアは一体、何処に連れて行かれるのだろう? リシュア達が彼女の様子を見守っていた。
暗い路地へと外套の男は向かっていく。
やがて、路地の途中に奇妙な空間の裂け目のようなものが現れた。
「此処に向かって貰おうか」
外套の男は言う。
ローゼリアは頷く。
そして、ローゼリアは空間の裂け目の中へと入った。
外套の男も、その中へと入る。
空間の裂け目はしばらの間、閉じる事無く開いていた。
リシュアとエシカ、ラベンダーの三名は、その空間の裂け目へと入り込んだのだった。ローゼリアを助ける為に。そして悪魔達の根城へと。
†
そこは暗い森のような場所だった。
木々の全てがねじくれている。
エシカは自分が数十年に渡って、閉じ込められていた場所を想い出す。リシュアもエシカを作れ出した場所を想起する。
森は広く、少し道を間違えると、すぐに迷ってしまいそうだった。
ローゼリアの方を見ると、彼女は外套を羽織った人物の後をまるで催眠術でも掛けられたようにただひたすら付いていっているみたいだった。やがて、森の奥には大きな城のようなものがそびえ立っていた。
「なんですの? 此処は?」
ローゼリアは外套の人物に訊ねる。
「此処は我々の住む場所だ。君には此処で芸をして貰う」
「それはいつまでですの?」
外套の人物は答えなかった。
二人は入り口へと入っていく。
守衛らしき人物はいなかった。
ただ、無言で入り口の扉は開いた。
ローゼリアは扉の中へと入っていく。外套の人物とローゼリアが中へと入ると扉は閉められていく。リシュア達はその様子を見て少し困った。
「どうする? 扉が閉められたけど……」
「他の入り口を探すしかなさそうですね」
<その通りだな>
三名共、他に入り口を探す事にした。それにしても、どちらにせよローゼリアを取り戻すとなれば悪魔達との激突は避けられないだろう事が分かった。
†
まるで、そこは劇場みたいな場所だった。
ローゼリアは外套の人物が見る見るうちに正体を現した事に気付く。その人物の頭部は角の生えた骸骨のような顔になっていた。そして、周囲には数々の悪魔達がいる事に気付いていた。此処で曲芸を披露して、何としても無事、帰らなければならない。
「私なぞよりも、よっぽど良い芸人がいると思いますのに」
ローゼリアは、昨日から何度も話している事を再三、告げる。
外套の人物はくくっ、と笑った。
「いやいや。吸血鬼のお嬢さんだからこそ出来るものが素晴らしいのです。それにしても、貴方は我々、悪魔の間では有名ですよ? 不死鳥の街の件といい、教会の街の件といい」
ローゼリアは言われて身構える。
どちらも悪魔が絡んでいた場所だ。
明らかに、ローゼリアは悪魔達の間で知れ渡っているのだろう。
そして、当然、リシュア、エシカ、ラベンダーの三名もだ。
何処からか楽器が鳴り響いていく。
オルガンの音色なのだろうか。
ローゼリアは壇上のようなものへと導かれていく。
「さあ。そこで貴方の芸を披露してください」
外套の男は消えて、ローゼリアの耳元に囁き掛けられていた。
ローゼリアは言われるがまま、懐にしまっている刃物を取り出す。そしてナイフ投げの曲芸を披露していく。
周りにいる気配達は、楽しそうにその曲芸を眺めていた。
ローゼリアは緊張の余り、顔がこわばっていた。
「芸が終われば、帰してくれるんですわよね?」
ローゼリアは剣呑な口調で外套の男に訊ねる。
外套の男は、答えなかった。
しばらくして、ローゼリアの芸は終わった。
「さて。私は帰らせて戴きますわ」
そう言って、ローゼリアは剣呑な口調で告げる。
悪魔達は笑いながら、ローゼリアを見ていた。
「彼らはお前に、報酬をプレゼントしたいと言っているみたいだ」
外套の男は、ローゼリアに告げる。
「そんなもの、いりませんわ。悪魔からの報酬なんて」
ローゼリアはきっぱりと答えた。
「いいえ。何か、貴方と契約がしたいとみな、おっしゃっております」
外套の男は楽しそうにローゼリアに告げる。
ローゼリアはますます剣呑な表情になっていく。
「いえ。いらないと言えば、いりませんわ。強いて言うならば、此処からすぐに帰して貰い、二度と、この私に近付かない事を約束してくださいませんこと?」
ローゼリアは折れなかった。
此処で折れたら、悪魔達と極めてまずい契約を結ぶ事になるだろう。
観客の一人である、悪魔が身を乗り出して近付いてくる。
それは、全身をぼろきれでまとった幽霊のような姿の悪魔だった。
「そうだな。彼女を普通に帰してやれ。それがいい。それにしても、今夜はとても楽しい見世物を見せて貰った」
「そう。楽しい見世物でしたら、嬉しかったですわ」
「それとお前の仲間達も普通に帰してやろう。どうやら、この森で迷っているみたいだしな」
ローゼリアは無言になる。
仲間達を危険に晒すわけにはいかない。
なので、大人しく従うしかない。
「本当に無事、私と仲間達を帰してくれるのですね?」
「ああ。無事、帰す。特別な契約も行わない」
「それでしたら」
「では、私に付いてこい」
ローゼリアは大人しく、ぼろ布を纏ったような悪魔の後ろに付いていく。これから何も起こらない事を祈るばかりだった。無事、あの街に帰りたい。仲間達も無傷で。ローゼリアの望みはそれだけだった。
劇場のような場所から、外に出て、暗い森の中に出る。
ローゼリアの目の前には、リシュア達が姿を現した。
「あれ。ローゼリアっ!?」
リシュアの声は裏返る。
そう、彼らはローゼリアを助け出そうと後を付けてきたのだ。だが、どうやら城の中に入れずに手をこまねいていたみたいだった。
「お前達も帰るがいい。我々はこの娘に危害を加える事も、この娘と何らかの契約を結ぼうとする事も一切行わない」
ぼろ布の悪魔はそれだけ告げる。
かくして、円満な形で、ローゼリアは帰されたのだった。
空間に裂け目が出来る。
ローゼリアとリシュア、エシカ、ラベンダーの三名も空間の裂け目から外へと出される。
†