ナイト・ウィッシュの西側を進み、空中都市スカイ・フォールへと辿り着いた。
断崖から滝の水が溢れ出しており、冬だというのにその都市はある意味で言えば、煌びやかに映った。都市の周りには雲の絨毯が張り巡らされており、街の隅の柵のような役割をしていた。
この街は浮遊大陸と呼ばれる場所だった。
巨大なロック鳥の背中に乗り、この年へと降りる事が出来る。
空には飛竜が舞っていた。
巨大なビルに四人は泊まる事になった。
寒さとは無縁の場所で、街全体が暖かかった。
「しばらくの間は、寒さとは無縁ですわね」
ローゼリアは嬉しそうに笑う。
願うならば、悪魔達の正体も、極寒によって見た幻覚なのだと思いたい。
ただ、ローゼリアが悪魔達に今後も付け狙われるだろう事は皆が予測していた。
「それにしても、スカイ・フォールですか。見た目の華やかさとは裏腹に、我々、吸血鬼が忌み嫌う者達が潜む街だと聞かされていますわ」
「それはなんですか? ローゼリア」
エシカは訊ねる。
「その者達は“ブラッド・サッカー”と呼ばれております。人間や他の知的生命体の血を好み、積極的に卑しい行為を行う立場となった者達。吸血鬼の中でも下賤な生き方を選んだ者達ですわ」
ローゼリアの話では、吸血鬼は、特に貴族階級を始めとして、人間の血を飲まない事によって人間達との共存の道を選んだとの事だった。
だが、彼らの中で“ブラッド・サッカー”と呼ばれる血を吸う者達は違う。
彼らは狼男のように、普段は人間に紛れて、人々の血を吸う事を選んだ下賤の者達なのだそうだ。
同じように闇の中で生きる者達は、まったく異なる体系の思想を持ち、そして各々、袂を分かっていった。一般的な吸血鬼と、狼男やブラッド・サッカーは分かり合う事が出来ない。特に、もしブラッド・サッカーという存在を見逃してしまえば、吸血鬼全体と人間の間で戦争が起こりかねないのだとローゼリアは言う。
「やはり種族が違えば、異なる価値観をもたらすモノですわ。人間同士だって、異民族を受け入れるのは難しい。更に、魔女やあの邪悪な修道女リンディのように、悪魔と契約を結ぼうとする者達もいる。ある意味で言えば、それはどうしようもない程に人間の性質なのかもしれませんわね」
ローゼリアは少し倦怠感を帯びた口調で言う。
「確かにな」
リシュアも同意する。
邪悪な道を選ぶ者は、人間にもいる。ならば、吸血鬼など他の種族にもいて当然なのだ。だが、だからと言って、邪悪な道を選んだ者がいるからと言って、その種族の全てが邪悪とは言い切れない。
「なら。たとえば、良い悪魔とかはいらっしゃると思います?」
エシカは素朴な疑問を口にした。
<不明だ>
ラベンダーは断言した。
良い悪魔というものは、はたしているのだろうか?
そもそも、悪魔自体が邪悪な取り引きを行い、人間や他の知的生命体を堕落させる魔物の総称ではないのか。
四名を乗せたロック鳥がスカイ・フォールの入り口へと到着する。
そして、身元確認が済むと、四名は街の中へと入る事が出来た。
この街はやはり暖かい。
空には日光が照り付けている。
まるで真冬の中にある南国のパラダイスのようだった。
街の所々には、温泉やビーチといったものが観光名所として存在している。
「せっかくだから、行ってみないか?」
リシュアはビーチの方を指差してみる。
「いいですね! どうせなら、あそこの丸太で出来た宿に泊まってみませんか?」
エシカが提案する。
「それはいいな」
みな、心なしかはしゃいでいた。
いつもは寡黙なラベンダーも、何処かはしゃいでいるように見えた。
そして、四名はビーチの方へと向かう。
すると、住民の一人がローゼリアの姿をまじまじと眺めていた。
「なんですの?」
ローゼリアは剣呑な表情で、その住民を睨む。
「あんた、吸血鬼だろ?」
住民の男性は、そう訊ねる。
「そうですが。どうかしましたか?」
「白い肌に、長い爪。鋭い牙。やはり、そうだ。あんた、吸血鬼か。残念だが、帰って貰えないか? この前、此処で吸血鬼による事件が起きたんだからな」
男は剣呑な口調を止めなかった。
「吸血鬼による事件?」
ローゼリアは首を傾げる。
「八名以上の人間が血を吸われて亡くなっていたのが見つかったんだ。だから、吸血鬼を泊めるわけにはいかなくなったんだ。お生憎様だがな」
「そうですの。なら、仕方が無いですわね」
ローゼリアは不機嫌な表情だったが、仕方が無い、と諦めの付いたような顔をしていた。
<その吸血鬼による事件というものは、どういったものだったんだ?>
ラベンダーが口を挟む。
「ほう? あんたはドラゴンかな? とにかく、悲惨極まりないものだったよ。無差別殺人だ。吸血鬼に血を吸われて、八人も死んじまって。お陰で、うちの商売はまともに出来なくなった。本当に迷惑な話だよ」
<その吸血鬼は捕らえられたのか?>
「いや。まだだな。早く衛兵達が捕えて、銀の弾丸を撃ち込むやら、胸に杭でも撃ち込んで貰いたいもんだよ」
男はどうやら、宿屋の主人みたいだった。少し疲れ切った顔をしていた。
「その事件、俺達に解決させてくれないか? 力になれると思う」
リシュアが前に出る。
「解決出来るものなら、して欲しいもんだよ。ったく、本当に商売、あがったりなんだから」
男は投げやりの口調で言った。
「というわけだ。俺達四名で、いつも通り、解決へと向かおう」
イエローチャペルの街の時と同じようになった。
エシカは探偵みたいな事をしているリシュアは、心なしか楽しそうな顔をしているな、と思ったのだった。そういうエシカも、何処か浮かれてしまっている。
資料の方は、イエローチャペルの時と同じように、ラベンダーが入手してくるだろう。ある意味で言えばいつも通りだった。
「問題は相手は普通の人間では無い、という事ですわね」
ローゼリアはベンチに座り、頬杖を突きながら言う。
「相手は、まがりなりも、我々、吸血鬼の眷属。この落とし前は、私が付けさせて戴きたいですわね」
ローゼリアの瞳に、怒りが篭っていた。
彼女からしてみると、吸血鬼と人間の良好な関係を破壊する者を赦してはおけないだろう。そもそも、それ以前に、宿に宿泊出来なかったのは、ローゼリアがいたからだ。彼女を不機嫌にするのには、ある意味で言えば充分な程だった。
<なら。俺が調査資料を手に入れてくるから、ローゼリア。お前が始末するか?>
「いいえ。調査資料なんて必要ありません」
ローゼリアはますます剣呑な眼付きになる。
「“臭い”で分かりますわ。ブラッド・サッカーの臭いは。人間の殺人鬼のそれとは違うと思いますの」
そう言って、ローゼリアは譲らなかった。
エシカにしろ、リシュアにしろ、人間及び人型の生き物を殺害するのはどうしても戸惑ってしまう。特にリシュアは人殺しを行った事は今まで無かった筈だ。悪魔との契約者リンディとの戦いで、その事をローゼリアは充分に分かっていた。
「ブラッド・サッカーは私が始末します。ですので、皆様がお手を煩わせる事はありませんわ」
そう言うと、ローゼリアはさっそくビーチにある現場調査を行っているみたいだった。
「どうする? 一人で行ってしまったけど」
リシュアがローゼリアの背中を見ながら、ぽかんとした表情をしていた。
<自分達の種族の問題なのだろう。俺達はあくまで背後から援護する、という形でいいんじゃないのか?>
「まあ。そうだよな」
<だが。ローゼリア一人の手でどうにもならない場合もある。なので、俺達はやはり手伝うべきだろう>
そう言うと、このブルードラゴンは、ぱたぱたとローゼリアの後に付いていった。
リシュアとエシカの二人は、ぽかん、と、二人の後ろ姿を見ていた。
「あの…………。リシュア」
「なんだ? エシカ」
「その…………。たまには、二人で、その、デートなんて、しませんか?」
エシカが恥ずかし気に言う。
「いいよ」
リシュアはエシカの右手を強く握り締める。
人のぬくもり。
エシカは顔が真っ赤になっていた。
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