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『浮遊する南国の街、スカイ・フォール 2』

 ローゼリアは先ほど険悪になっていた宿の主人とすっかり仲直りして、仲良くなっていた。そして、宿の主人から犯行現場や死体の身元などについて聞かされていた。

 丸太小屋に囲まれた室内で、木のテーブルの上に被害者の写真を並べてローゼリアは唸っていた。被害者は全員、若い女性だ。若い女性達が八名も血を抜き取られて死亡している。それがここ二ヵ月の間に発生している。


「間違いなく、血吸いの衝動を抑え切れなくなった者ですわね。犯人に心当たりは?」

 ローゼリアが宿の主人に訊ねる。

「心当たりって言っても、此処、スカイ・フォールには多くの吸血鬼が住んでいるからなあ。連中の生態というのも分からんし、誰が良い吸血鬼で、誰が悪い吸血鬼なのか、わしには分からんよ」

「ですわよね…………」

 ローゼリアは顎に手を置いて考える。

 そもそも、一般の人間からしてみると、吸血鬼という種族自体が未だ、人間の血を吸わないと生きていけない者達。吸血衝動につねに駆られている者達という認識を強く持たれているのだ。その偏見は無くさなければならない。

 ある意味で言うと、ローゼリアが無遠慮に人間の血を吸って殺す吸血鬼であるブラッド・サッカー達を討伐したいと思うのは、吸血鬼の貴族であるローゼリアの責務であるとも言えるのだ。それはエシカやリシュアなどの人間ではなく、ローゼリアが率先して行うべき事なのだ。それが吸血鬼の貴族たる責務であるとも言っていい。


「…………。何にしても、人間に見つからない痕跡を辿るしかありませんわねえ…………」

 そう言って、ローゼリアは小さく溜め息を付いた。


<取り敢えずはだな。現場検証を行ってみたらどうだ?>

 部屋に入ってきたのは、ブルードラゴンのラベンダーだった。

 ラベンダーはいつも飄々としているが、よく助言役のように口を挟んでくる。

「分かりましたわ…………。では、現場を教えてくださいませんかしら?」

 そう言って、ローゼリアは宿の主人に訊ねた。

「現場を案内してくれる奴なら、別にいる。そいつに頼んでくれないか?」

 そう言って、宿の主人は誰かの名前を叫んだ。

 すると、見知らぬ青年が部屋の中へと入ってくる。

 長身に、スカイ・フォールの民独特の薄い木綿の服を纏った金髪美形の青年だった。

「宜しくお願いします。僕の名は、エルベルクと申します! 気軽にエルと呼んでくださいっ!」

 そう言って、青年はうやうやしく会釈する。

 ローゼリアはまじまじと胡散臭そうに、その青年を眺めているのだった。



「とにかく、吸血鬼は女性を狙っています。僕も卑劣な吸血鬼を捕まえたいっ!」

 エルベルクは熱心に言った。

「……まあ、私も吸血鬼なのですけどね。まあいいですわ。とにかく、私の検死の邪魔をしないで戴ければと」

 そう言いながら、ローゼリアはエルベルクから教えて貰った部屋の中を調べていた。中は家具がそのままにされているが、此処は血抜きされた死体があった部屋の一つらしい。ローゼリアは念入りに臭いを嗅いでいた。

「このブラッド・サッカーは、大体、体躯は二メートル近くはありますわね」

「そんな事、分かるんですか?」

「ええ。少し臭いが残っていて、痕跡を消し忘れたのでしょう。大柄で人間の女性を簡単に身動きが取れなく出来る程の膂力を発揮出来るのだと思いますわ」

 ローゼリアは入念に部屋の中を調べていた。

 何か痕跡のようなものが残っていないか。

 部屋の壁の辺りを調べてみる。

 奇妙なへこみのようなものを見つけた。


「もしかすると、なにか得物……武器を使うのかもしれませんわね。さて、私一人で倒せるかどうか…………」

 ローゼリアは少し悩んでいた。

 これは吸血鬼の問題なのだ。

 人間であるリシュアやエシカにはなるべく関わって欲しくない。ブラッド・サッカーというのは吸血鬼という種族全体の顔に泥を塗るような存在だ。だからこそ、出来ればローゼリア一人の手で始末したい。


 ただ、そんな事を言い出すとリシュア達は水臭いと言い出すかもしれないが。

 ……あくまで、私達種族の問題ですものね…………。

 ローゼリアはそう考えていた。

「あの……他にも、僕に出来る事はありませんか?」

 エルベルクは立ち往生するローゼリアに訊ねる。


「何もありません、と言いたい処ですけれども……。やって欲しい事はやはり幾つかありますわね。まず、どれくらいの周期で人が殺されているのか教えて欲しいのと、人が殺された場所全てを教えて欲しいのと。他にも可能な限りの情報を私に伝えて欲しいのですわ」


 エルベルクは聞く処によると、宿の主人の息子なのだと言う。

 ならば、彼は一介の人間と言えども、この事件に関わる権利がある。ローゼリアはそう判断していた。


「それから、この辺りに墓場とか。死体の隠せそうな場所はあります?」


「えっ。それは何故?」

 エルベルクは首を傾げた。

「ブラッド・サッカーは、死体を操り、使うからです。人間の死体や動物の死体に偽りの生命を与えて動かす連中が多いのですわ。まったくもって、汚らわしい。吸血鬼の風上にもおけない連中なのですわ」

「そうなんですね…………」

 どうやら、この青年は、吸血鬼社会とその中において人間の血を吸う者達の違いを少しは分かってくれたみたいだった。ローゼリアは少しだけ苛立ちが収まる。何にしても、次の犠牲者が出るまで悠長にはしていられない。


「たとえ、吸血鬼じゃなかったとしても、僕ら人間としても、危険な猟奇殺人犯を放置するわけにはいきません。それに人間の中にも、残忍な人殺しはいる。つまり、そういう事なのですね?」

 エルベルクは、彼なりに吸血鬼社会について噛み砕いて理解しようと努めているみたいだった。

「そう。つまり、そう言う事なのですわ。分かりましたら、汚らわしいゾンビを生み出せそうな地下室や、墓場などを教えて戴けませんか? 先に手を打っておかないといけませんもの」

 ローゼリアの発言で、エルベルクは速足で、まず、彼女にこの辺りの宿にある地下室を教える事にした。ちなみに墓地の方は、街の逆方法にある。一応、墓地の方もローゼリアに教えるつもりでいた。


 それから、夜になった。

 月が綺麗な夜だった。


 ローゼリアはシャベルを手にしながら、辺り一面を伺っていた。今日は例の奴は来ないのだろうか。ローゼリアはぼうっと、宿の一室から、辺りを見回していた。海が見える。この海は、空中に浮かぶ、この島に浮かんだ摩訶不思議な重力によって浮かんでいる、空の上の風呂のように見えた。


 ちなみに、この辺り一帯は、先ほど会話をしていた宿の主人。名前を聞き忘れていたが、先ほど名乗ってくれたエラルドという中年男性が全て管理しているみたいだった。彼の息子であるエルベルクは、見習いというわけだ。数時間もの間、一緒に作業をしていれば、それなりにローゼリアとエルベルクは仲良くなった。作業というのも、この辺り一帯にある場所をシャベルによって掘る作業だった。海の辺りには、何体もの死体が並んでいた。ローゼリアが臭いを嗅いで掘り起こしたものだった。死体は新しいものから、古いものまで様々だ。おそらく、例のブラッド・サッカーは、もう何年も前から、この辺りにあるエラルドの土地でかなりの人間を殺して、その死体を埋めていたみたいだった。


「死体の数は、全部で六体。まだまだ見つかると思いますわね」

 ローゼリアは小さく溜め息を付く。

 隣では、エルベルクとエラルドが大きな溜め息を付いていた。


「まったくもって、こんな場所に、他人様を泊められなくなったよ…………」


「それももうじき、終わりますわ。私が始末を付けますので」

 ローゼリアはきっぱりと言った。

「それにしても、あの死体。一体、いつまで並べておくつもりだい? 警察や守衛に連絡した方がいいと思うんだけどな」


「いつまで、ですか………………」

 ローゼリアは少し考える。

「それは、例のブラッド・サッカーが、自らの過ちをこうして眼にするまでですわ。余りにも死体の隠し場所が粗雑過ぎますの。これはもう、死体を晒し者にして、自らの不手際を眼にして貰わなければと思いましてね」

 ローゼリアは少しニヤニヤと笑っていた。


 そして、更に時間が少しずつ過ぎていく。

 海の波が揺れていく。

 水辺にいるカニ達が、かさかさと、死体へと集まっていく。


 突如、死体が少しずつ動き始めていた。

 死体は全身にあらかじめ杭を打たれ、縄で砂浜に固定されている。

 小刻みに震え始める死体が不気味で仕方が無かった。


「…………。向こうが、死体の操作を行いましたわ」


 エルベルクは息を飲む。

 余りにもその光景は不浄という言葉以外に表せなかった。

 がくがくと、腐乱している死体は動き、全身から臭気を発している。その光景は何処までもおぞましかった。醜悪な光景。死体が動こうと必死でもがいている。

 ローゼリアはその光景を遠くで眺めながら思案しているみたいだった。

「あれを操っている吸血鬼の正体は分かりましたか…………?」

 エルベルクはローゼリアに訊ねる。

「そうですわね。何か分かったような気がしますわ」

 ローゼリアは額に指を当てて考える。

 ……実は、考えているフリだけだった。

 ……実は、ローゼリアは、さっぱり敵の正体の検討が付いていなかった。なので、自分達の中で頭が切れる者として、ラベンダーからの助言を得たかった。だが、吸血鬼の問題を自分一人で解決しようと動いた手前、旅の仲間達に助言を得るのはどうにも相談しにくい。


 ローゼリアは思考を切り替えて、もしラベンダーだったら、どのように推理するのかを考えてみる事にした。


 多分、犯人はこの光景を見て嘲り笑いたい筈だ。

 だから、この辺りの何処かにいるのは間違いない。

 だが、隠れそうな場所は幾らでもある。

 ……やはり、ラベンダーがいれば、空から犯人を捜す事が出来ましたのに……。私は意固地になってしまって。やはり、仲間を頼るべきですわね。

 ローゼリアはそんな事を考えながら、一人、溜め息を付いていた。


 海岸では、ゾンビと化した死者達が必死で波打ち際でうごめいていた。

 臭気は潮の香りを混ざっていた。



「やっぱり、私一人の力量ではどうにもなりませんわ…………」

 結局、ローゼリアは仲間達に頼る事にした。


<別に頼りたければ頼ればいい。その為の旅の仲間だろう?>

 ラベンダーはあっさりとローゼリアの言葉を承諾する。


「そうだぜ。水臭いぞ、ローゼリア」

「そうですよ、リシュアの言う通りです!」


 リシュアとエシカの二人も、吸血鬼の問題に対して積極的に関わろうとしてくれているみたいだった。だが、ローゼリアからすると、これはあくまでも吸血鬼という種族の問題なのだ。本当は吸血鬼の間だけで解決すべき事なのだ。


「でも。旅の仲間の目的は、私達の目的にしたいんです…………」

 エシカは言う。


「そうだ。再三言うけどさ。ローゼリア、水臭いぞ」

 リシュアもエシカに賛同する。


「そうですわよね…………。そうですけれども」

 ローゼリアは悩んでいた。


 吸血鬼が人間達に危害を加えている。


 それも、人間の生き血を好むブラッド・サッカーと呼ばれている者がこの都市にひしめいている。ローゼリアにとって、とても頭の痛い問題だった。やはり、そんな存在は潰しておかなければならない。


<問題は単独犯なのか、複数で行動しているか、って事だな。どうだ? ローゼリア?>

 ラベンダーは訊ねる。


「……確かに。それは考えてもみませんでしたわ」

 ローゼリアははっとした。


 ラベンダーは的確に状況を分析している。

 ローゼリアにとって、やはり頼もしい限りだった。


 敵は一人ではなく、複数かもしれない。

 そうなった場合、やはりローゼリア一人では心持たない。仲間達に手伝って貰うしかない。ローゼリアは顎に手を置いて考え込む。


 特にリシュアの戦力は頼もしいものだ。出来れば、手伝って欲しいのが本音だった。

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