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【リシュアとエシカのデート】

 スカイ・フォールの街で、エシカとリシュアの二人はデートを行っていた。

 ローゼリアが何かしら問題を抱えているみたいだが、それを脇に置いての二人でのデートだった。

 街は露店が並び、ナイト・ウィッシュと比べて暖かい。

 この真冬の季節に、みな半袖を着ている。此処の街は現実世界とは解離した気候の街だった。リシュアは自然とエシカの手を握って街を歩く。そう言えば、こうやって二人で一緒に行動するのはいつぶりくらいだろうか。ローゼリアの手伝いは、ひとまずラベンダーが行らうらしい。今はラベンダー一人に任せる事にした。


「やはり、心配なのですね? ローゼリアさんが」

「…………。ああ、うん…………」

「私もです」

 エシカは頷く。

 旅の仲間、というのは、奇妙な関係だった。ローゼリアは騒がしい娘であるし、一見、変わり者としか言いようがない。なので当初の間はあの吸血鬼の娘といると、引いてしまったり、面倒臭く感じる事も多かった。今では、ああいう性格が彼女の性分なのだと分かってきて慣れてきた。慣れてみると、ローゼリアはかなり気さくで話しやすい吸血鬼だった。いつも明るくて、旅路を盛り上げてくれる。気まぐれで、そして少し残酷。それからユーモアがあり、話しかけやすかった。


「この前のナイト・ウィッシュの件で、私、思ったんです。ローゼリアさんは本当に大切な仲間なんだって」

「ああ、俺もだよ」

 二人して頷く。


 このスカイ・フォールの街では、不可思議な南国の世界が広がっている。二人はアイスクリームとかき氷を買って食べながら、薄着に着替えていた。そして街の民から街の噂を聞いて回る。それは吸血鬼に関する事だった。すると、やはり、此処、数十年もの間、吸血鬼によって人が殺されているという事件が多発しているとの事だった。あるいは、人知れず人間の生き血を吸う吸血鬼の存在は、都市伝説のようになっており、根強くこの街に噂が蔓延っているとの事だった。


「この街に友好的な吸血鬼はいないのか?」

 リシュアは訊ねる。

「吸血鬼が友好的かどうかは分からない。奴らは人間に混ざり、異民族として、この地に根付いている。どうやら、上流階級にも存在しているようだ。俺達は奴らが怖くて仕方が無いよ。何をしでかすか分からない」

 住民達の反応はそんな感じだった。

 それにしても、住民の話を聞く限り、吸血鬼への恐怖は根強いものだった。いわく、人間を襲い、生きたまま血を啜る。それが皆の吸血鬼への恐れになっていた。リシュアにもエシカにも分からない。ローゼリアはいつも、普通に人間と同じような食事をする。ローゼリアの見た目は、白い肌に、真っ赤な瞳。そして鋭い犬歯に尖った耳をしており、彼女は太陽の下でも平気で歩いている。余りにもこの街で話に聞いた吸血鬼とローゼリアの像が違っている為に、皆が思う吸血鬼というものは、もしかするとローゼリア達とはもっと別の存在なのかもしれない。


「どうしますか? リシュア」

 エシカは迷った時に、いつものようにリシュアに訊ねる。

「そうだな。もう少し、この街で、吸血鬼についての噂。過去、何年、何十年にものぼる吸血鬼の事件について聞き込み調査をしよう。多分、俺達が出来るのはそれくらいだ」

 リシュアはそう言って結論付ける。


 相変わらず、二人でデートはしたものの二人して、仲間の心配をしていた。

 もっと気楽に二人でデートを楽しめたらいいのかもしれない。もっと二人の距離が縮まればいいのかもしれない。思えばエシカは随分と遠くまでやって来たのだと思う。色々な街に訪れた。色々な怪物達とも出会った。色々な人々とも。あの暗い森の檻から解き放ってくれたのは他でもないリシュアだった。彼には幾ら感謝しても尽きない。彼がいなければ、こうやって旅の仲間も出来ずに暗い世界で自らが何者かも分からないままに閉じ篭っていたのだろう。けれども、晴れてエシカはこうして日の光を浴びている。


「今はローゼリアさんを助けなくてはなりませんね」

 エシカは空を見上げながら、そう呟いた。

 リシュアもそれに頷き賛同した。

 そして二人のデートは、そのままローゼリアの為の情報収集へと変わっていった。


 この街の吸血鬼の噂は本当に様々なものだった。

 いわく、街の貴族に入り込んで、血だけでなく民の血税まで吸い上げている者もいるといった政治的な生々しいものもあった。他にも月の無い夜に歩いていたら、ナイフを持った牙を生やした男に襲われたといったものもあった。他にも吸血鬼達は夜に集会をしており、吸血鬼だけの晩餐が行われており晩餐に使われているのは人間の肉なのだという話も聞いた。ある意味で言えば、この街における吸血鬼達は移民のような存在であり、みなが恐れている正体不明の化け物そのものだった。


 ローゼリアはさぞ、この街は居心地が悪いかもしれないなあ、とリシュアは思った。彼女は此処では吸血鬼というだけで差別の対象に合うだろう。ビーチの宿の主人とその息子とは打ち解けていたみたいだが、基本的にはローゼリアはローゼリアというだけで此処では嫌われる対象というわけだ。何とも重苦しい事だった。エシカは自分が故郷で“災厄の魔女”として憎まれていたのを想い出す。蔑まれ、憎まれる辛さは少しは分かるとエシカは思っている。



「そうですの………………。この街では吸血鬼の貴族が人を襲うという噂もありますのね……」

 ローゼリアは項垂れていた。

 彼女にとって、本来、貴族にいる者達とは庶民の模範になるべき者だった。実際、彼女も彼女の兄であるアルデアルも吸血鬼社会においては貴族だった。故に庶民、ひいては、人間の一般市民の眼に立ち、一般市民を尊重しながら生きていく考えの持ち主だった。エシカは長らく会っていないアルデアルの事を想い出す。確かに彼は今、思えば人格者だったような気がする。この街の噂にあるような下品な吸血鬼の印象は無かった。


 ただ、この街の者達は確実に吸血鬼というものを深く憎悪している……。

 それはそうだろう。吸血鬼の圧倒的な力によって、街の人間が殺されているのだ。吸血鬼の数は膨大なものになるのかもしれない。


「私はこの街、スカイ・フォールに残って、しばらくの間、戦いを続ける事になるかもしれませんわね」

 ローゼリアはそう思い詰めた言葉を口にする。


「何、言っているんだよ……。仲間だから、付き合うよ」


「いいえ……。街全体にいる吸血鬼がもし、人間を殺して食べる、血を飲む、という前時代的な堕落した行為を行っているのだとすれば、私が止めなければなりませんの。彼らと戦わなければならないと思いますわ…………」


<まず。兄であるアルデアルに報告しなくていいのか? それに別の貴族の吸血鬼であるノヴァリーはどう考えると思う?>


「ノヴァリー様は、少し変わった御方……。彼が何を考えていらっしゃるのか、お兄様も分からないと言っていましたわ。でも確かに兄のアルデアルにも相談しないといけませんわね」


 ラベンダーは、ふうっ、と考える。

 確かローゼリアと初めて会った頃は彼女と軽く喧嘩をしたような気がする。

 旅をするうちに、少しずつ、少しずつお互いの心を通わせていった。好きな食べ物や嫌いな食べ物が分かるし、一緒に見た景色の想い出だってある。


 リシュアは何だかローゼリアがいなくなってしまうような気がした。

 もう離れ離れになってしまうんじゃないかと……そんな予感がしてどうしようもなかった。


「エシカ」

 ローゼリアはエシカの方を向く。

「なんですか?」

「最初の頃は、貴方に対して、随分、酷い事を言ったと思いますの……。私が浅はかでしたわ。許してくださるかしら?」

 ローゼリアは本当に済まなそうな表情をしていた。

「えっ? そうでした? あんまり覚えていません」

 エシカはほんわかと、そんな風に答えた。どうやらエシカの性格上、本当に想い出せないみたいだった。

「……………。ありがとう。嬉しいですわ…………」

 ローゼリアはエシカから顔を背ける、何だかローゼリアにとって、エシカは眩しいもののように思えるみたいだった。


<水臭い。ローゼリア。俺達は仲間だろう? 手伝わせろ>

 ラベンダーがそう言った。

 ローゼリアは、ぱあっと笑った。


「…………。兄であるアルデアルでしたら、こう考えると思いますの。この街全体にいる悪徳に堕ちた吸血鬼を粛清し、そして、良き吸血鬼と人間達の和睦を結びたい。そう考えると思いますの。ですので、私もそうしたいと思っておりますわ」


<そうか。では、この街に残って、この街の腐敗を一つ一つ片付けていこうというんだな? それが長い時間を掛けてでも>


「ええ。そう考えております」


 ラベンダーとローゼリアの間に、しばし寂しそうな空気が流れていた。


<分かった。リシュアとエシカはどう思う?>


「俺は故郷の国、ヘリアンサス国を旅立つ時に決めたんだ。エシカと一緒に世界中を旅したいって。エシカと二人で。だから、ローゼリアとはこの街でしばらくの間、お別れになるかもしれない。そうだよな? エシカ」

「はい………………」


 リシュアもエシカも申し訳なさそうな顔をする。

 ラベンダーはふうっと頷く。


<じゃあ。ひとまずこうしよう。宿の連続殺人犯の吸血鬼をどうにかしよう。俺達がやるべき事はまずそれだな>

 そうして話がまとまった。



 自分達の中で一番、頭が切れるのはやはり何と言っても、ラベンダーだ。

 ラベンダーは慎重にビーチの宿周辺にある場所から、吸血鬼の痕跡を探していた。


<おそらく連中は海の向こうに潜伏していると思う>

 そうラベンダーは結論付けた。

 そして、吸血鬼達をおびき寄せる為の案として、彼らがアンデッド化させた死体をビーチの上で見事に火葬していった。夜の時間にならなければ死体は動かない。死体は燃やされて灰になっていく。薪をくべられた死体の群れは見る見るうちに炎によって炭化していき、その灰は海の中に流される事となった。


「おそらく、アンデッド化させた死体が破壊された事に怒り狂って今晩あたりにでも襲撃をかけてくると思いますわ」

 ローゼリアは言う。


「そうか。一緒に迎え撃とう」

 リシュアは懐から短刀を取り出して手にしていた。

 エシカも炎の魔法によって共に迎え撃つつもりだった。


 ローゼリアは本当に嬉しそうな顔をしていた。


 そして、ラベンダーの言葉を信じ、夜まで待つ事にした。ローゼリアも敵の本拠地はビーチの向こうだと思っている。夜になれば現れると思った。


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