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【夜が…… 1】

 そして、夜が訪れた。

 海の向こうから何者かが泳いで現れる。

 その体躯は、二メートルと少し。姿形はとてもローゼリアやアルデアル、ヴァレリーといった吸血鬼達とは似ても似つかない姿をしていた。その怪物達はもはや、この街に潜伏する上で、姿形を変えていったものだと言っていい。全身に鱗があり、背びれや尾ひれなどもあった。まるで半魚人だ。彼らは口の中に牙を携えていた。人の原型を留めなくなり、吸血行為を行う怪物達。月に照らされながら、彼らは海岸に上がっていった。


「あれなら遠慮なく殺せる。人間とは思えない」

 リシュアは言い、短剣を握り締める。


 ローゼリアは両手にナイフを手にしていた。

 そして、海から上がってきた怪物達の前に姿を現す。


「貴方達は、この街で沢山の人間達の生き血を啜って、更にアンデッドへと変えてきましたわね?」

 ローゼリアは訊ねる。

 月夜の下に映える彼女の横顔は、静かな怒りを称えていた。


「ぐるるるぅぅぅうぅぅぅぅうっぅぅぅうぅ!」

 怪物の一体が奇怪な鳴き声を上げる。

「知れた事。人間など、我らの餌だ。我らは新たに人間共を統治する事をもたらす者だ。人間など下賤な生き物は我らの食糧であり、我らに生かされているだけの存在となる」

 怪物はそう告げる。


「貴方達は、元々は誇り高き吸血鬼であったと思います。しかし、なんですの? その姿は。まるで悪魔に魂を売り渡し、醜悪な姿へと変貌してしまった愚かな者達としか映りませんわ」

 ローゼリアはナイフを構える。


「愚かな者か。愚かとは貴様のような者だ。未だ人の姿を保ち続け、人と歩もうなどとのたまう愚鈍な旧世代の吸血鬼が。我らは貴様らとは違う。我らこそ真に未来を築き上げる吸血種なるぞ。貴様らのような旧世代の者達は我らに及ばない。人間共は支配する事によって我らの糧に、贄となるのだ」


「話が噛み合いませんわね。まったくもって」

 ローゼリアは笑う。


「ですから。もはや、私は貴方方を、同胞だとは思いません。いや、そこまで姿形が変われば、もはや同胞と言うのは難しいでしょう。滅びるのは貴方達の方です。ですので、此処で始末させて戴きますわ! ……私の仲間達と共に」


 そう言って、ローゼリアは動いた。


 ブラッド・サッカー達は、吠えた。

 もはや、分かり合えない。その遠吠えが戦いの始まりの鐘となった。ブラッド・サッカー達は次々と鋭いカギ爪を向けて、ローゼリアへと飛び掛かっていく。ローゼリアに刃が届く前に背後で待機していたリシュアの光の刃と、エシカの焔の玉が弾け飛んでいき、ブラッド・サッカー達の身体を焼き焦がしていく。


 ローゼリアの瞳に怒りの感情が篭っていた。

 思えば、ローゼリアは出会った当初の頃から生命を弄ぶ死霊術師に対して怒りを覚えていた。生命、命。残酷に感じるローゼリアには彼女なりの命に対しての美学や敬意があるのかもしれない。この眼の前に現れるブラッド・サッカー達もアンデッドを生み出していた。そう吸血鬼は自らの能力により人間の死体を魂の無い従僕として蘇らせる事が出来る。ローゼリア自身もやろうと思えば出来るのかもしれない。だが、だからこそ、ローゼリアはそれらの行いを汚らわしいと認識しているのかもしれない。

 リシュアは戦いの中、そんな事を想っていた。


 ローゼリアは巧みに踊るように、敵のブラッド・サッカーの身体をナイフで切り刻んでいく。敵の全身からは赤ではなく緑色の血が噴き出していた。吸血鬼の血は紅い。もはやブラッド・サッカーは吸血鬼という種族でさえない化け物なのだろう。


「数が多いですわね…………っ!」

 ローゼリアへと襲い掛かるブラッド・サッカーの一体にエシカの放つ炎の魔法が当たる。三名とも徐々にだが消耗していた。


 ラベンダーは空から戦局を見下ろしていた。

 敵の軍団を指揮している将軍のようなもの、群れの王のようなものを彼は探していた。そいつを討てば、敵の計略をボロボロに突き崩す事が出来るかもしれない。


 ……この群れを率いている王、将軍らしき者はいないのか?

 ラベンダーは慎重に、仲間達を後方から支援しながらこの数多い化け物達をどうやって屠るかを考えていた。


 次第にリシュアもエシカも、ローゼリアもかなり疲弊した顔をしていた。

 やはり、数が多過ぎる。何体か倒れている者もいたが、倒しても倒しても、海の中から現れてくる。やはり、この血を吸う怪物達は、長い間、その数を沢山、この街の人間に隠れて秘密裏に増やし続けてきたのだろう。何にしろ、数が多過ぎる。このままでは、こちらが消耗し切って押され負けるだろう。負ければ死だ。


 ラベンダーは仲間達の疲弊している顔に気付いていた。

 なので、一刻も早く、この軍団を率いている者を見つける必要があった。


 ……考えろ。リシュア達は後、もって十分、十五分という処か?

 ラベンダーは冷静に戦局を見ようとする。敵の数が多過ぎる。もし自分だったらどうする? ……おそらく、隠れながら指示を送るに違いない。……指示を送るとすればどこだ?


 ラベンダーは一かバチか賭けに出た。

 彼は全身を巨大化させていく。

 大きく息を吸い込むと、稲光を水の中へと落としていく。電流が海面、海中を迸り、敵の軍勢はある程度、怯んでいた。……やはり敵の強靭な肉体には直接当てなければダメージを通せないみたいだった。だが、敵の行動からして、水の中に潜んでいる伏兵はまだまだ多いみたいだった。更に言えば、明らかに化け物共が有利な状況になっていっている。だが、気のせいか、化け物達の方も焦りが見えてきている事にラベンダーは気付いた。


 向こうも馬鹿じゃない。

彼らは速やかにこちら側を倒さなければ策略を見破られて終わるだろう。


そう、策略はあるに決まっている。

ラベンダーは敵の立場に立って考え続けていた。

 もし、返り討ちに出来なければ、計画が崩れ去る事が出来る。長年もの間、スカイ・フォールの街に潜伏していた計画がだ。計画を練るのは誰だ? もちろん、頭が飛び抜けていい者だろう。そんな者を前線に出すだろうか?


 ……司令塔は海の中か、はるか海の奥の島にいる。

 ラベンダーは夜の海に向かって雷撃をまき散らしながら駆け抜けていた。


 しばらくして、案の定、みなの中で少し体躯が小さいブラッド・サッカーが水の中から現れた。ラベンダーはまじまじとそのブラッド・サッカーを見ていた。……おそらくはこいつが司令塔だろう。そう判断すると、ラベンダーは容赦なくカギ爪で、現れた小さな体躯の者を引き裂いていった。


 ブラッド・サッカー達が、一斉に狂乱を始めていた。

 彼らの混乱具合を見ると、まるで、自分の心臓を一斉に握り潰されたような印象を受けた。


「あれ? なんでですの? 敵がかなり混乱しておりますわね…………!?」

 ローゼリアは首を傾げる。


「多分、ラベンダーが司令塔をしているこの中のボスを倒したんだろう。だから、みんな混乱し切って、どうすればいいか分からなくなっている」

 そう言うと、リシュアは近くにいたブラッド・サッカーの体躯に向かって光る刃で斬り付けていた。エシカも炎で次々と撃ち込んでいき、辺りにいる怪物達に炎を付けていく。


 もはや、勝敗は決していた。

 集団のボスを失った彼らは、大人しく散り散りになって撤退していった。だがローゼリアは一人残さずに始末するつもりでいた。でなければ彼らに汚された吸血鬼の名誉をこの街で取り戻す事など出来ないと考えていた。これ以上、深追いは危険かもしれない。それに海に潜られれば、それが極めて敵の有利なホームグランドになる。だが、それでもローゼリアは一体でも多くの怪物達に対して、その刃を向けていった。


 やがて、戦いはリシュア達。ローゼリア達の勝利に終わった。


<すまん、賭けだったんだがな。連中にボスがいて、ボスを倒せば、混乱するってのは。まさか、一番遠い場所で海の底に沈んで指揮を送っているとは咄嗟に考え付かなくてな>

 ラベンダーが戻ってくる。


「いや、いい。連中の習性を即座に見破っただけで凄いよ。俺達は誰も欠けていないし、大きく怪我もしていない。本当にラベンダーは凄いな」

 リシュアは尊敬の眼差しで、相棒のブルードラゴンに賞賛する。


<その事なんだがな………………>

 ラベンダーは少し言いにくそうだった。


「なんだ? 言ってくれ」


<俺が思うに。連中を指揮している奴は“複数名”いると思っているんだ。だから、本当は連中を生け捕りにして情報を吐かせる方がいいんじゃないかってな>


「そう? そうですの?」

 ローゼリアの口元は歪んでいく。


「でしたら、この私が。徹底した拷問の末、吐かせる事にしましょう」

 ローゼリアの眼は残忍さばかりが宿っていた。


 リシュアとエシカの二人は、何名かのブラッド・サッカーを殺さずに縛り上げていた。ローゼリアの尋問、拷問を止めるべきではないとリシュアは思う。エシカは嫌がるだろうが…………。



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