目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

『花の街キテオン 1』

 天国に一番、近い場所。

 それがこの花の都であるキテオンという都市の別名だった。

 街に花々が飾られて、花壇が広がっている。

 街全体を花畑が囲んでいる。

 まさに、花の街というのに相応しかった。


 リシュアとエシカの二人は、この街を眺めながら嬉しそうに笑う。

 ラベンダーはそんな二人を後ろから見守っていた。

 ラベンダーは考える。

 この二人の距離はいつ縮まるのだろうか、と。

 ……といっても、俺は恋のキューピットという柄でも無いしな。

 ラベンダーはそんな事を考えて、二人を眺めていた。


 エシカとリシュアは一体、どんな関係なんだろう。

 彼らの距離感がよく分からない。

 なんだか恋人同士にも、親し気な男女の友達にも両方に見える。

 二人の関係はあくまで二人の関係であって、その事に関して首を挟むのは極めて無粋な事なのかもしれない。少なくとも、リシュアは旅立ちの為に故郷を捨て、地位も捨て、エシカを連れ出して旅に出た。エシカはそれによって世界中を見て周る事が出来た。二人の関係を定義するのは、それだけで充分なんじゃないのか。今の二人の関係は、旅をする上で、一番良いような距離感のようにも思えた。



 三名はいつものように宿を取る。

 なんだか、リシュアとエシカはそわそわしているみたいだった。

 ローゼリアがいなくなって、ある種のムードメーカーみたいな立ち位置の人物がいなくなった。それは何とも寂しくもあるものだった。


 この街の特産物である薔薇の紅茶を飲みながら、向日葵や紫陽花、マリーゴールドといった様々な花の花びらで彩られた肉料理をみなで口にしていく。

 花の香りが漂っていて、なんだかクリーミーな味がした。

 スープの中にも色取り取りの花が入っていて、眼を楽しませてくれる。



「さてと。此処の観光名所、巡ってみたいな」

 食事を食べ終わった後、自然とリシュアはそんな事を言い出した。エシカはリシュアの腕をつかむ。

「はいっ! 喜んでっ!」


 傍から見ていると、まるで仲睦まじい夫婦のようにも見える。

 ラベンダーは、自分の立ち位置が何なのかしばし悩んだ。

 今更、彼らを導いてやるのか? いや、彼らは二人旅の方が良いのではないか? だが、彼ら二人だとどうしても心許ない事が多い。先日のローゼリアの件だって、ラベンダーがいなければ事件は解決しなかっただろう。その事をラベンダー自身がよく分かっている。


 自分は彼らの保護者だ。

 その立ち位置はあくまで揺るがない。

 自分の軸はまるで変わらない。あくまで、リシュアとエシカの軸が同じだという事だけだ。


 ……俺も、自分自身の目的の為に動いた方がいいのかもしれないな。

 ラベンダーはそんな事を考えていた。

 ラベンダーにだって故郷があった。


 遥かなるドラゴンの地。

 何故、ヘリアンサス国に来たのか。

 それは彼らには語っていないし、これからも語るつもりは無いだろう。



 新しい旅立ちを行おうと、みなで話し合った。

 ローゼリアとは、そう言えば、随分、長い付き合いになった。彼女がいなくなって、自分達は今後、どのような旅にしたいかを考えた。


 花の街キテオンに来て、ラベンダーは何処となく居心地が悪そうだった。エシカはその事に気が付いていた。そして同時にラベンダーも、近々、何処かへ行ってしまうんじゃないかとも思った。


 色取り取りの花で飾られた展望台がある。

 そこの頂上からは、街全体を見下ろす事が出来る。

 すっかり、街の頂上に行き、展望台に向かう事も恒例になっていた。

 薔薇に包まれた塔があった。


 二百年程、昔の事だ。

 そこは、かつて昔、悲劇の女王が幽霊された場所なのだとガイドに聞かされた。


「悲劇の女王ですか」

 エシカは興味深そうな顔をする。

 話によると、その女王は無実の罪で死罪を言い渡され、恩赦により生涯、塔に幽霊されたのだと言う。そして、その女王の怨念のようなものが塔の最上階に住み着いているのだと聞かされた。


「面白そうだな。展望台よりも先に、その塔へと向かってみるか?」

 リシュアはエシカに訊ねる。

「はい、そうですね! とても面白そうです」


 人々が賑わっている。

 二人はチケットを買い、塔の中へと入った。


 悲劇の女王ロンレーヌ。

 彼女の人生と、その末路が塔の一階に設置された絵画によって表現されていた。

 ある意味で言うと、それは人生の春夏秋冬を印象付けるものなのかもしれない。


 最初の一枚は、ロンレーヌの出生の物語だった。聖人達からロンレーヌは祝福されている絵だ。


 二枚目はロンレーヌが女王として戴冠している絵だった。ロンレーヌの表情とは対象的に国民達は重い税によって苦しめられている表情が描かれていた。


 三枚目は街で革命が起きている絵だった。炎が燃え盛る中、ロンレーヌは混乱をしている様子で城の上から眺めている。


 最後は塔の中に幽閉された後に、悪夢を見せ続ける死霊によって、これまでの行いによる幻覚を見せ続けられるロンレーヌの絵が描かれていた。


 四枚の絵を見ていると、これではロンレーヌは無罪の罪というよりも、彼女自身の政治的理解の無さで圧政を強いてしまい、結果として庶民を苦しめていたようにも読める。絵画とは見るものによって印象が違うものだ。


「彼女は無罪なのですよね……」

 エシカは告げる。

 リシュアはどう言葉を返せばいいか悩む。

 無実の罪によって、生涯、幽閉された王女。彼女は三十年以上も幽閉されて孤独の中、死亡したのだと言われている。彼女は三十年余りも怨念を持ち続けたのだろうか。あるいは、自らの運命を受け入れたのだろうか。それは後の世の者達の想像に任せるしかない。ただ言える事は、理不尽というものは存在する、という事だ。


 二人は塔の二階へと向かった。

 そこには、ロンレーヌが生前、使っていた豪奢な家具が並んでいた。

 見目麗しいものばかりだ。


 彼女は二十七歳で断罪されるまで、さぞ幸せな人生を送っていたのだろう。

 そして、彼女は五十八歳で没した。

 自分の今まで生きてきた人生よりも長い間、孤独な塔に閉じ込められるというのは一体、どういう事なのだろうか。何を想っていたのだろうか。豪華な家具を見ながら、エシカはかつて幽閉されていた闇の森の事を想い出す。闇の森はとてつもなく広かった。


「なんだか、私はロンレーヌ女王に対して、申し訳無い気分でいっぱいです」

 そうエシカは言う。


「他人は他人だろ」

 リシュアはそう返す。


 どのように似たような境遇を重ねた処で、所詮は他人に過ぎないし、歴史上の人物はあくまで歴史によって後の世に改変されている。二階の端に行くと、今度はロンレーヌ王女が幽霊されていた部屋が再現されていた。極めて狭く、窓は鉄格子。自ら命を絶つ事も出来ない。何となく不潔さを思わせる部屋だった。もしかすると、ネズミの類も多く入ってきたのかもしれない。


「なんだか、酷くじめじめとした場所に住んでいたんだな」

 リシュアはそう思いながら部屋の中を眺めていた。


「……行きましょう、リシュア。なんだか、私は少し気分が悪くなりました」

 エシカは口元を押さえる。


「もうこの展示場を出るかい?」

 リシュアは訊ねる。エシカは首を横に振る。


「いいえ。もう少し、いえ、全て見ます。次は三階に向かいましょう」

 そう言って、エシカは三階へと続く階段へと歩みを進めていった。


 三階には、当時の革命の状況が描かれている蝋人形が大量に置かれていた。燃え盛る炎、農具を持って暴れ狂い、城へと訪れる人々。民は増税によって苦しんでいたらしい。だが、大きな税をかけたのはロンレーヌ女王ではなくて、当時、女王以上に権力を持っていた大臣たちだった。ロンレーヌは仕方なく大臣に従うしかなかった。


 強欲な大臣たちは、そのまま民の手によって断頭台や火刑によって処刑された。

 その様子が蝋人形や絵画によって表現されている。

 それらはとてもおどろおどろしい光景だった。


「最上階へと向かいましょうか」

 エシカは言う。


 最上階へと続くエレベーターへと向かう。


 エレベーターの中には、ロンレーヌ女王の肖像画が貼られていた。

 そして、二人は最上階に辿り着く。


 そこには、ロンレーヌが実際に幽閉されていた部屋があった。二階の模範的に作られたものとは違う。その部屋の中には何もなく簡素な状態だった。ただ窓の鉄格子だけがあった。実際に部屋に入る事が出来た。エシカは窓を覗き込む。


「此処は空しか見えないんですね…………」


 暗い部屋と空ばかりを見ていた、かつての女王。彼女は三十年余りを何を想って過ごしていたのか。時代の移り変わりに取り残されながら、何を考えていたのだろうか。退屈しのぎとして本を読む事は可能だったのだと聞く。本を読みながら、世界中のあらゆるものを想像し、この国のあらゆるものを想像したのだろうか。あるいは、毎日、自由になる事を求め続けたのだろうか。エシカはそのような事を考える。


「屋上への階段へと向かうかい? この街全体を見る事が出来るよ」

 リシュアはエシカの手を取る。

 そして、二人で屋上へと続く階段を登った。


 屋上から見える景色は、とてつもなく圧巻なものだった。

 花の街を高い場所から見ると、花によって象られた装飾庭園などは一枚の絵になっていた。それは動物だったり、神話の怪物だったり、神話の神々だったり、神話の英雄だったりした。その中から、あるものを見つける。それは女王ロンレーヌを花々で描いた装飾庭園だった。花々によって一枚の絵画になっている。本当にこの技術は素晴らしいものだった。かつて訪れたヒュペリオンの街を想い出す。あの街には神話が眠っていた。そして、今、眼の前にも神話の情景によって彩られていた。


「凄いですわね。……………」

 エシカはすっかり先ほどの陰鬱な気持ちを忘れて、塔の屋上から見える景色に見惚れていた。リシュアも見惚れていた。


 そしてリシュアは青空を見上げる。

 この世界は余りにも広大だ。

 そして、二人はまた旅を続けるだろう。この広大な空の下を。決して、同じ場所に留まってはいられない。もしかすると、それが二人の宿命なのではないかと最近は思っている。


「ずっと二人で色々な場所を旅しよう」

 リシュアは言った。

「はい。……二人だけではなく、ラベンダーさんも、これから出会う旅の仲間達とも!」

 エシカがそう言って、二人は笑い合った。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?