二人は宿に戻る。
ラベンダーが部屋の中で寝静まっていた。
<帰ってきたか>
ラベンダーは二人の顔を一瞥すると、すぐにベッドに横なった。
<そう言えば、お前らが興味を示すか分からないが。ロンレーヌを称える教団があるらしいぞ。そこに行ってみるか?>
「なんだそれ? そんなものがあるのか?」
<そうだ。その名も聖クイーン教団だ。単にロンレーヌ教団とも呼ばれている。興味はあるか?>
「じゃあ。明日にでも行ってみようかな」
「行ってみましょうよ! ラベンダーも一緒に行きましょう! 絶対に面白いですよ!」
エシカは無邪気に笑った。
<じゃあ。今日の処は俺は寝るとするぞ。お前らは夕飯はまだだろう? 下で用意してある筈だ>
二人は言われて、ばたばたと駆け足で宿の夕餉へと向かった。
†
翌日、三人で聖クイーン教団へと向かった。
そこは街の外れにある場所だった。
三人は街の外れまで歩いていく。
今までは教団と言えば、アンダイングの街のように邪教のような場所に入り込んだりしたが、今回は純粋にかつての女王であるロンレーヌを崇めている教団だろう。
教団はひっそりとした隠れ家みたいになっていた。辺り一面は荒涼としている。ただ、玄関の辺りはこの街特有の花々が植えられていた。
「すみません。誰かいませんか?」
リシュアは中の人物に訊ねてみる。
すると、すぐに中から修道服のようなものを身に付けた老いた人物が出てきた。六、七十代くらいの老女だった。
「はい…………。どなた様ですか?」
老女は訊ねる。
「俺達、旅の者なんですけれども。此処に興味があって、来ました。昨日、ロンレーヌ様の歴史が描かれて、彼女が幽閉されている塔へも向かいました。あそこは本当にこの街の観光名所なんですね。屋上はとても見晴らしが良く、美しい景色でした」
リシュアは素直に感銘した事を告げる。
「そうでしたか。貴方達はロンレーヌ様。我らが偉大なる女王の記念館を見てきたのですね。とても素晴らしい事です。ささっ、入ってお茶でもどうぞ。旅人でしたら、長旅で疲れてもいらっしゃるのでしょう?」
老女はとても親切な人物といった感じだった。
「いえいえ。宿を取っていますから、充分な休息を取れています。入れてくださって、どうもありがとう御座います」
リシュアはうやうやしく頭も下げる。それにつられて、エシカもうやうやしく頭を下げた。
中には、壁中に様々なロンレーヌの肖像画が並んでいた。
服装も様々で町娘の格好をしている女王の姿もあった。
中には修道服のようなものを着た者達で溢れていた。みな、少々、年老いていた。
三名は紅茶をご馳走される。
「とても良い茶葉ですねっ!」
エシカは朗らかに言う。
「はい。女王様も愛飲していたものですのよ」
老女は言った。
奥の部屋から優し気なピアノの音色が流れてくる。この空間はとてもリラックス出来る場所だった。なんだか、とても心が落ち着く場所だった。
†
聖クイーン教団の者達は、教団内にある宿に泊めてくれた。
このキテオンの街の特産品であるとても美味しい料理を三名に振舞ってくれた。
この街では、ハーブを添える料理が流行っていた。そう言えば、教団の周りにもハーブ畑が大量にあり、施設全体がハーブによって包まれていた。
「本当に此処はいい場所だな。みな、いい人達ばかりだし」
「そうですね……。みんないい人達ばかりです」
リシュアとエシカはそう言って笑い合った。
ラベンダーは対照的に何かを考えていた。
「なあ、何を考えているんだ? ラベンダー?」
彼が何か物想いに耽っている時は、大抵の場合、何か問題を抱えているか問題に直面している、問題が差し迫っている時だ。だからどうしても気になってしまう。
<いや、本当に皆が良き者達かどうか、と疑問に思ってな…………>
ラベンダーは眉をひそめていた。
それを聞いて、エシカは首を傾げる。
「みな、いい人達ばかりですよ。なんでも疑うのはよくありません!」
<確かにな。疑心暗鬼になるのは良くない。何でもな。だが、この場所は果たしてそうなのだろうか? 俺は少し思う処があるんだがな>
「なんだよ。言ってみてくれないか?」
リシュアも首を傾げる。
<此処がある種の“邪教”の教団では無いという保証は、何処にも無いという事だ。そもそも、此処は教会とは独立した宗教体系の下に成り立っている場所だ。ある程度、普通に疑ってかかるべきだと俺は思うんだがな>
ラベンダーの言っている事はもっともだった。
だが、どうにも二人は釈然としない。
アンダイングの街での不死鳥の教団。そしてセルキーの街での邪悪なシスターであるリンディ、彼らのような明らかに悪意や邪悪さを振りまいていた連中とはまるで違うように思うのだ。
<まあ。もっとも、俺の杞憂の可能性もあるがな。ただ、俺の言っている事はちゃんと念頭に置いておくべきだと思うんだがな。どうだろうか?>
「いや、確かにその通りだよ。ラベンダー、お前の言っている事は本当にそうだ。此処が邪教であるという保証は何処にもない。少なくとも、一般的な教会にとっては異端的な宗教だろうからな……」
リシュアは腕を組んで頷く。
<分かっているのなら、問題ない。それに人間は時として、その純粋さ故に邪悪な事を行う事も多いらしい。俺はその事を少しは熟知しているつもりだ>
ラベンダーの意見は、つねに慧眼に満ちている。直近では、スカイ・フォールの街での人間を襲う吸血鬼事件を解決には、ラベンダーが必要不可欠だった事は間違いない事だ。イエロー・チャペルにおいても、殺人事件に対してラベンダーが警察の情報を集めたりしてきた。だからこそ、そんな彼からの発言だからこそ、リシュアもエシカもこの施設の者達が邪悪な考えを持っているなどという事は断じて認めたくない。おそらく優しい人間から裏切られる、という事を考えたくはないのだろう。それはとてつもない心理的なストレスを感じる。ある種のトラウマになるかもしれない。仮にもしこの聖クイーン教団が邪教だとするならば、闇の儀式を行っているのだとするならば、リシュアは立ち去ろうと考えていた。何も知らなかった事にして立ち去ろうと。
そのような事をリシュアはエシカに耳元で囁き掛ける。
すると。
「駄目です…………」
エシカは告げる。
「悪い事をしているのならば、止めさせるべきだと私は考えています。それが私が旅をする上で誓った事なのです。私自身が自分が悪い事をしているという自覚が無く、沢山の人々を不幸にして、殺しました。私の旅は贖罪の旅なんですっ! ですから、私は此処の人達みんなが優しかったとしても、悪い事をしているのならば、それを止めなければならないと考えています!」
エシカは悲鳴のように言った。
ラベンダーは頷く。
<そうか。覚悟があるのか>
「はい、覚悟があります!」
<なら、この施設の地下室に何かキナ臭いものが隠されている。それに関してはどうしたいかお前らが考えろ。お前ら自身で判断しろ。俺は今回、介入するつもりは無い>
そう言うと、ラベンダーは何処かへと飛んでいった。
後には、リシュアとエシカの二人だけが残った。
ラベンダーは地下室、と言った。既に彼は地下室を調べたという事か。あるいは、彼なりに教団の者達から地下室に関する情報を入手してきたのだろうか。それは分からない。ラベンダーはみなの中で余りにも頭が良過ぎる。そして、それを誇示したりなどしない。ただ飄々と啓示のような事を話したりする。だからこそ付き合いやすいというものはある。そしてラベンダーは気まぐれな処がある。助言は言うが、基本的には、その助言に対して、リシュアやエシカに対して放任している節がある。
つまる処、自分達で色々な事を決めろというわけだ。
リシュアは深呼吸をする。
「そうか。地下室か。なあ、エシカ。何とかして、此処の地下室を覗いてみないか?」
「あるいは、皆様に、直接、地下室を覗いていいのか、聞いてみるのも良いかもしれませんね」
「確かにな。裏が無いのだとすれば、快く地下室に案内してくれる筈だ」
リシュアはそう断言した。
†