「地下室に行きたいのですか? 快く案内いたしますよ」
教団のメンバーの一人である、ジェスイ女史が二人を地下室へと案内してくれた。
余りにも意外だった。
その瞳には、何か邪なものなど一切無かった。
その邪気の無さに対して、二人はこの教団の事を信用する事にした。ラベンダーだって間違える事もある。そのようなものだ。そうして、二人は教会の地下室へと向かっていった。地下室は奥深くへと進んでいく。何かひんやりとした空気が漏れ出ていた。
そして地下室へと辿り着く。
地下室の中央には、大きな柩があった。
その柩の周りには綺麗な造花によって彩られている。
「これはなんでしょうか?」
リシュアは訊ねる。
「この柩の中には、ロンレーヌ様が眠っていらっしゃるのですよ」
ジェスイはそう言う。
リシュアもエシカも言っている事の意味がよく分からなかった。
「どういう事ですか?」
エシカは訊ねる。
「そのままの意味です。ロンレーヌ様のご遺体をミイラとして保管した後、柩に収めていました。私達はロンレーヌ様の復活を願っているのです」
ジェスイは曇りの無い瞳で言った。
「ミイラって…………。二百年前のミイラですか?」
エシカは訊ねる。
「ええ。二百年前に亡くなられたロンレーヌ様の実際のご遺体です」
教団の女は、ただそう告げた。
実際の遺体を保管している。それだけで邪教であるという事は判断出来ない。だが二人が困惑したのも事実だった。そして。
「私達は、月に何度か、この地下室に集まって集会を開いているのです。そして。ロンレーヌ様の魂が此処に訪れて、私達にお言葉を投げ掛けてくださいます。辛いときも苦しいときも、ロンレーヌ様のお言葉があるからこそ、私達は生きていけるのです。そう、此処は慈善団体で、この街で貧困に陥っている方々の為にも寄付を行っています。全ては、ロンレーヌ様のお言葉通りの事をやっているだけです」
「人助け、ですか」
エシカは訊ねる。
「はい」
ジェスイは微笑む。
人助け、か……………。なら、間違っていないのだろう。それにしても、月に何度もロンレーヌの魂がミイラ化した身体にやってきてお告げを行うのだという。それに対しては少しだけ何だか少しだけ引っ掛かるものがあった。何かどうしようもない違和感というべきか。何か得体の知れない奇妙なちぐはぐ感というべきか。それを上手く言葉で表す事が出来ない。
「ロンレーヌ様は、一体、どんなお言葉を貴方達に発せられるんですか?」
リシュアは訊ねた。
ジェスイは笑う。
「苦しむ人々を助けよと言います。この街で行っている不幸な目に合っている人達の事を語ってくれます。ロンレーヌ様は、死した後も、この街のあらゆる処を見て周っているのです。二百年もの間も。それはとても素晴らしい事です」
教団の女は真っ直ぐな笑顔を浮かべていた。
†
そして、二人は今夜もこの施設で一夜を明かす事にした。
元々、借りていた宿は一度引き払って、荷物も此処に持ち込んできた。
「人助けをしている教団なら、別にいいんじゃないか? ミイラを保管していて、本人の魂がやってくる、っていうのには少し驚いたんだけどな」
リシュアは仰向けになりながら天井を眺めていた。
「確かにそうですね。リシュアの言う通りです。でも、何か、何だか引っ掛かるんです。なんでしょう。この何とも言えない違和感は………………」
エシカは上手く言語化する事が出来ずにいないみたいだった。
死者の魂を呼び戻すという事。
そういえば、あらゆる街で、死者と会話したりした。
そもそも、エシカの幽閉されていた闇の森も死者の巣窟だった。
死者との交信は、文化によっては邪悪なものになる。一般的な教会においては、それはネクロマンシーの類として邪悪なものとみなしている場所もある。だからこそ、慎重に扱わなければならない。だが文化が違えば、倫理観が違う。それはどうしようもない事だ。だから身勝手な正義を行使して、この教団が悪だと断ずる事なんて二人には出来ないし、そもそもこれまでの旅路において、様々な文化を持つ者達と出会ってきた。
だからこそ、だからこそ、ラベンダーの言葉は引っ掛かるのだ。
そんな分かり切っている事だからこそ、ラベンダーは敢えて此処は邪教の可能性があると言ったのではないか? ……いや、あの青きドラゴンの言葉にばかり振り回されていていいのだろうか? リシュアにはリシュアの、エシカにはエシカの倫理観が存在する。そして前の街で、吸血鬼同士の文化や価値観のせいで、ローゼリアは吸血を行っているブラッド・サッカー達と対立する事になった。そして、今もローゼリアはあの街でのブラッド・サッカーの根絶の為に動いているのだろう。………………。
「なんだかさ。エシカ」
「はい、なんです?」
「なんだか、俺は何が良くて何が悪いのか分からなくなってきた。そもそもロンレーヌが処刑された事だって、当時の民が重税によって苦しんでいたからじゃないか。それが女王のせいでは無かったとしても国民の怒りは当然、女王に向く事となった。ある意味で言うと、それは仕方の無かった事なんじゃないかなって」
「そうですね。確かに仕方の無い事です」
ロンレーヌは、民の為に生きる事が出来なかったとも言える。
結局の処、大臣の言いなりだったのではないか。
そんな女王が今更、魂となって、人々に対して、貧困に苦しむ者に対して啓示のようなものを頻繁に伝えに来るのだろうか?
もしかすると、何か裏があるのではないだろうか?
「まあ、いい。とにかく、ひとまず眠ろう」
リシュアはシーツを被った。
真夜中の事だった。
エシカはうなされていた。
夢を見ていた。
それは、縛られて布切れをかぶされて、生きながらにして土の中に埋められていく幼い少女の姿だった。これが一体、何の夢なのか分からない。ただエシカは経験上、これは実際に起こった事なのだという事に気付いていた。何か得体の知れない訪問者が現れて、エシカにこのような夢を見せている。
シャベルの音は無情で、冷たい鉄の箱に入った少女を生き埋めにしていく。
何となく、飢饉などに対する祈りによってその少女は人身御供にされたのだな、と思った。そして夢の場面が変わる。今度は教会のようなものが建築されていった。間違いなく、今、エシカがいる聖クイーン教団の施設だ。
そう言えば、この施設は一体、いつから存在するのだろう?
ロンレーヌが生きていた頃からあったのか? ロンレーヌが亡くなってすぐに建てられたものなのか? あるいはロンレーヌが亡くなった後、数十年。あるいは百年以上の歳月が経過してから建てられたものなのだろうか? まるで分からない。
少女はまるで助けを求めているようだった。
助けを求めている?
そう、少女は確かに助けを求めていた。ならば、この夢を見せているのか夢に出ている少女の霊そのものという事なのだろうか? 分からない。
「貴方は誰なの?」
エシカは訊ねる。
すると、何処からともなく、声が聞こえた。
「私はロンレーヌ。ロンレーヌの名前を名付けられた者、生まれたその時から、この教団を作る為の生贄として、育てられた孤児。私は女王ロンレーヌが亡くなった百年と少し後の世界で、この街全体が大飢饉に襲われた時に、儀式として使われた。あの柩の中にあるのは、女王ロンレーヌではなく、私のミイラ。そして、私は此処の教団の者達にお告げを言いにくる。毎月、三回程、それをこの施設が建てられてから、百年近くの間、行っている。私は………………」
少女は言葉を紡いでいく。
「少女であるロンレーヌ。貴方は楽になりたいのですか? 解放されたいのですか?」
エシカは訊ねる。
「私は解放されたいとは思わない。ただ。少女らしく生きたい。幽霊の私。ねえ、貴方の名前を教えて」
「私はエシカと申します」
「エシカ。私はこの街が見たい。色々な場所に行きたい。私のお願いを聞いてくれない?」
「それはなんでしょうか?」
「貴方の身体を借りたいの。霊となった今、私はある種の呪いによって、ずっと魂を固定されて、この教会から出られない状態にあるの。だから、誰かの身体を借りれば、旅をする事が出来る」
「それは私の意識は無くなるという事でしょうか?」
エシカは警戒心を露わにした。
「貴方の意識が無くなる事はないよ。意識を共有しながら、旅を続ける事が出来る」
「それでしたら、良いですよ」
エシカは優しく、にっこりと微笑んだ。
「いいの? 怖くないの?」
少女ロンレーヌはとても嬉しそうだった。
「ええ。構いません。何と言いますか、貴方が余りにも寂しそうでしたから。そんな人を放っておくわけにはいかないです。どうぞ、私の身体をお借りになってくださいませ」
「貴方はとっても優しいんだね。じゃあお言葉に甘えて、貴方の身体を借りるわ。じゃあ、貴方の中に入るね」
そう言うと、暗闇の中、少女ロンレーヌの影がエシカと重なり合う。
エシカは確かに何者かが、身体の中に入っていく事が分かった。
そうして、夢は覚めた。
そして、夢では無かった。
確かに、意識の中にもう一人、別の存在がいた。とても不思議な感覚だった。
†