目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

『水の精の村 3』

 そこは遺跡の中心部となっていた。

 巨大なドラゴンが、そこには鎮座して、この部屋に入ってきた者達を見下ろしていた。


 アルダージュは人間の言葉を話せない。

 なので、通訳を行っている神官の座にいるウンディーネの一人が、四名に対してアルダージュの言葉を届けていた。


「ようこそ、我が城へ。歓迎する、と言っておられます」


<ありがたい。しかし、俺はドラゴンだ。アルダージュは人間の言葉が話せないのだな。そのような声帯器官を持ち合わせていないのか?>

 ラベンダーは少し挑発とも取れるような質問を行う。……彼からすると、純粋な疑問なのだろうが。


 通訳は二人いて、一人はあの巨大なヘビのドラゴンからリシュア達へ。もう一人はリシュア達の言葉をアルダージュへと通じる役割を担っていた。


「そなたは、人間の言葉を操る奇妙なドラゴンだ。少なくとも、私にはその力は無い、と言っております」


<奇妙なドラゴンか。まあ、いい>

 ラベンダーは、にいぃ、と笑った。


「大自然の災害は、あの村に、いつ訪れるんだ?」

 今度はリシュアが訊ねる。


「もうじき。次の満月の晩の前には訪れると申しております。あの村は今度は湖の中へと水没するでしょう。そして、それを止める術は無いのかもしれません。人々が我らの、アルダージュ様の言葉に耳を向けない限りは…………」

 通訳のウンディーネは苦々しそうに答える。


 何とか知恵を振り絞って、人々を助ける事は出来ないものだろうか。

 そうだ。

 ラベンダーは人の言葉を操る事が出来る。

 ラベンダーの力を借りて、人々を脅かせばどうだろうか。

 そのような事をリシュアは提案してみた。


「面白い。それが可能ならば、やって欲しいとおっしゃっております」


<なるほど。やるだけやってみるか。次の満月の晩の前だな。大体、六日後くらいという事か>

 ラベンダーは少し楽しそうな顔になる。

 たまには、邪悪なドラゴンというものを演じてみるのも面白いかもしれない。ラベンダーの中には、確かにそんな感情が芽生えていた。古来より人というものは竜を恐れるものだ。自らもそれを体現する存在になってもいいのではないだろうかと。



 真夜中のウンディーネの村にて。


 ラベンダーはロンレーヌの人形を手にして、月の光が照らされる中、湖の上を翼を広げて飛んでいた。


 人々は巨大なドラゴンが通り過ぎるのを見て、言葉を失っていた。

 あの例の強大なドラゴンである沼地の王アルダージュ以外にも、ドラゴンが空を舞っている。それは人々にとっては脅威以外の何者でもなかった。ラベンダーは口元から稲妻を迸らせ、人々を威嚇する。そして、ラベンダーの掌の中に納まっている人形がみなにテレパシーの力で語り掛けた。


「もうじき、この村は滅びます。ドラゴンの手によって。湖の底に沈みます。死にたくなければ、次の満月の夜までに村から出ていきなさい。これは警告です、あるいは命令です。我らの言葉を聞きなさい」


 ラベンダーは小さな稲光を辺りにまき散らして威嚇を続けていた。


 人々は恐れ戦いていた。

 彼らにとって、ドラゴンは恐怖の対象でしかない。

 抗おうとする者達はいなかった。

 人々は、逃げ惑いながら、わずかな家財道具や財産を手にして村から離れていく。


 そして………………。

 一週間程が経過した。


 人々がいなくなった無人の村に大津波が訪れて、村を湖が飲み込んでしまった。自然現象の獰猛さ。それは一、二頭のドラゴンよりも遥かに怖ろしいものだった。無情そのものが一面を覆っていた。


「これで良かったんだな」

 リシュアは水の精霊達のいるアルダージュの神殿から、村を見下ろしていた。


「これで良かったと思います。人々は故郷を失いましたが、命を失う事は無かった。彼らは流浪の民になるかもしれませんが、それでも人は強いと信じています。彼らの運命の先に賭けましょう」

 水の神官はそう告げる。


「そうだな。人間は強いのだからな」

 そうして、しばらくして、みな、この場所を去る事にした。


 エシカもロンレーヌも、人々を助けたい。

 その結果、人々が故郷を失う事になったとしても、ある意味で言えば、それはどうしようもない事なのだろう。四人はまた新たな旅路へと向かう事になった。邪竜ではなく、人々の命を危惧していた善竜であったアルダージュのもとを後にして。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?