そこは遺跡の中心部となっていた。
巨大なドラゴンが、そこには鎮座して、この部屋に入ってきた者達を見下ろしていた。
アルダージュは人間の言葉を話せない。
なので、通訳を行っている神官の座にいるウンディーネの一人が、四名に対してアルダージュの言葉を届けていた。
「ようこそ、我が城へ。歓迎する、と言っておられます」
<ありがたい。しかし、俺はドラゴンだ。アルダージュは人間の言葉が話せないのだな。そのような声帯器官を持ち合わせていないのか?>
ラベンダーは少し挑発とも取れるような質問を行う。……彼からすると、純粋な疑問なのだろうが。
通訳は二人いて、一人はあの巨大なヘビのドラゴンからリシュア達へ。もう一人はリシュア達の言葉をアルダージュへと通じる役割を担っていた。
「そなたは、人間の言葉を操る奇妙なドラゴンだ。少なくとも、私にはその力は無い、と言っております」
<奇妙なドラゴンか。まあ、いい>
ラベンダーは、にいぃ、と笑った。
「大自然の災害は、あの村に、いつ訪れるんだ?」
今度はリシュアが訊ねる。
「もうじき。次の満月の晩の前には訪れると申しております。あの村は今度は湖の中へと水没するでしょう。そして、それを止める術は無いのかもしれません。人々が我らの、アルダージュ様の言葉に耳を向けない限りは…………」
通訳のウンディーネは苦々しそうに答える。
何とか知恵を振り絞って、人々を助ける事は出来ないものだろうか。
そうだ。
ラベンダーは人の言葉を操る事が出来る。
ラベンダーの力を借りて、人々を脅かせばどうだろうか。
そのような事をリシュアは提案してみた。
「面白い。それが可能ならば、やって欲しいとおっしゃっております」
<なるほど。やるだけやってみるか。次の満月の晩の前だな。大体、六日後くらいという事か>
ラベンダーは少し楽しそうな顔になる。
たまには、邪悪なドラゴンというものを演じてみるのも面白いかもしれない。ラベンダーの中には、確かにそんな感情が芽生えていた。古来より人というものは竜を恐れるものだ。自らもそれを体現する存在になってもいいのではないだろうかと。
†
真夜中のウンディーネの村にて。
ラベンダーはロンレーヌの人形を手にして、月の光が照らされる中、湖の上を翼を広げて飛んでいた。
人々は巨大なドラゴンが通り過ぎるのを見て、言葉を失っていた。
あの例の強大なドラゴンである沼地の王アルダージュ以外にも、ドラゴンが空を舞っている。それは人々にとっては脅威以外の何者でもなかった。ラベンダーは口元から稲妻を迸らせ、人々を威嚇する。そして、ラベンダーの掌の中に納まっている人形がみなにテレパシーの力で語り掛けた。
「もうじき、この村は滅びます。ドラゴンの手によって。湖の底に沈みます。死にたくなければ、次の満月の夜までに村から出ていきなさい。これは警告です、あるいは命令です。我らの言葉を聞きなさい」
ラベンダーは小さな稲光を辺りにまき散らして威嚇を続けていた。
人々は恐れ戦いていた。
彼らにとって、ドラゴンは恐怖の対象でしかない。
抗おうとする者達はいなかった。
人々は、逃げ惑いながら、わずかな家財道具や財産を手にして村から離れていく。
そして………………。
一週間程が経過した。
人々がいなくなった無人の村に大津波が訪れて、村を湖が飲み込んでしまった。自然現象の獰猛さ。それは一、二頭のドラゴンよりも遥かに怖ろしいものだった。無情そのものが一面を覆っていた。
「これで良かったんだな」
リシュアは水の精霊達のいるアルダージュの神殿から、村を見下ろしていた。
「これで良かったと思います。人々は故郷を失いましたが、命を失う事は無かった。彼らは流浪の民になるかもしれませんが、それでも人は強いと信じています。彼らの運命の先に賭けましょう」
水の神官はそう告げる。
「そうだな。人間は強いのだからな」
そうして、しばらくして、みな、この場所を去る事にした。
エシカもロンレーヌも、人々を助けたい。
その結果、人々が故郷を失う事になったとしても、ある意味で言えば、それはどうしようもない事なのだろう。四人はまた新たな旅路へと向かう事になった。邪竜ではなく、人々の命を危惧していた善竜であったアルダージュのもとを後にして。