レッドキャップの谷。
そこには沢山の赤い頭をした妖精達が住んでいた。
レッドキャップ達は各々、山刀を手にしながら周辺を見回していた。侵入者が来るのを警戒しているのだろう。
「彼らに私達の同胞が沢山、切り殺されてしまいましたっ! 何とかして、奴らを退治してくれませんか!?」
シシャは怒りの声を押し殺していた。
「なあ。結局の処、なんで、奴らとの戦争が始まったんだ? 原因は一体、元々なんだったんだ?」
リシュアは訊ねる。
シシャはそれに対しては答えづらそうにしていた。
なので、リシュアは質問を変える事にした。
「お前らはさ。じゃあ、奴らの命を沢山、奪ったのか?」
そう聞くと、シシャはまるで自慢でもするかのように述べる。
「ええ。沢山、奴らの兵隊達を殺しましたとも。森の精霊達を使って、奴らの集落を沢山、壊滅させました。そしたら、奴らは怒って、更に私の同胞達を殺したのです。それにはもう報復を返すしかありませんでした。奴らは野蛮な民族ですっ!」
シシャは怒り狂う。
リシュアは心の中で溜め息を付いた。
結局の処、どちらが悪いのか分からない。ならどちらに加担すればいいのかも分からない。関わってしまうと、単なる藪蛇になる可能性が高い。じゃあ、関わらずにその場を去るのが一番じゃないだろうか? リシュアはそんな事を考えていた。ラベンダーがその場にいても、そう答えるだろう。
「とにかく、うちの長老に会ってくださいっ! 長老に会えば、私の話を分かって貰えると思うんですっ!」
シシャは自分の意見を押し通そうとしているみたいだった。
仕方無く、リシュアはエシカ達と共に、シシャの長老のもとへと向かう事になった。
森の奥に向かうと、フェアリー達の長老だと崇められている人物がいた。
やはり、性別はよく分からなかった。もしかすると、性別なんて分からないのかもしれない。彼らは怖ろしい事に、レッドキャップの頭部をまるで戦利品のように並べていた。レッドキャップの頭を剥製にして飾っていた。それを見て、リシュアは少しぞっとした。
「奴ら、蛮族を何としてでも倒しましょうっ!」
フェアリーの一人が意気揚々と叫んだ。
別のフェアリーもそれに対して賛同した。
みな、一つの号令となって、声を荒々しく上げていた。
リシュアは何だかその光景が不気味に思えて仕方が無かった。確かにフェアリーとレッドキャップでは、フェアリーの方が美しく、レッドキャップの方が醜い容姿をしている。しかし、そう単純なものなのだろうか? 容姿で決め付けて、醜い方が間違っているなどと安直な判断を下してもいいのだろうか? それは違うとリシュアは思う。
直近の出来事でも、沼地の神殿にいたドラゴンであるアルダージュは人々の助けの為に動いていたし、キテオンの街においてもロンレーヌ女王は人々の事を想っていたが、結局、大臣たちの暴政をどうにかする事は出来ずに生涯、塔に幽閉されてしまったというわけだ。
なので。
「すまないが、俺達は手伝う事は出来ない。お前達の問題はお前達で解決してくれっ!」
リシュアはきっぱりとそう言った。
すると、フェアリー達は怒り始めた。
「なんですって? 此処まで貴方達を信用して連れてきたのにっ! そうだ、分かったっ! 貴方達は邪悪なレッドキャップ達の先兵なんだなっ! そんな連中を生かして帰すわけにはいかないっ! 我々が天の神の名のもとに正義の鉄槌をくだしてやるっ!」
そう言うと、空飛ぶ妖精達は次々と、何処からともなくその手に槍や弓を手にしていた。リシュアは身の危険を感じて、エシカ達を守るように前面に出ると、いつでも反撃出来るようにする。
エシカもロンレーヌも困惑していた。
やはり、彼らに手を貸した方が良かったのだろうか?といった表情をしている。
その時だった。
「やっと見つけたぞっ! こんな処に潜んでいたんだなっ! 我らが同胞を沢山殺した者達めっ! 我らの食糧を無慈悲に奪った者達めっ!」
リシュアは後ろの方をちらりと見る。
すると真っ赤な額をした小さく醜い猿のような姿をしたレッドキャップの群れ達が、次々と弓矢を手にして、フェアリーの群れへと矢を放とうとしていた。
しばらくして、一気に動乱が始まる。
レッドキャップの何名かは、リシュア達を逃そうと頑張ってくれた。
「奴らは我らの食糧を奪った。そこから戦争が始まった。我らの同胞を残忍に殺害してまわった」
レッドキャップの一人が言う。
「奴らは見た目と口先ばかりで人間を誑かすんだ! とにかく、あんたらが無事で良かった。奴らの口車に乗らなくて良かったな。とにかく、此処は俺達に任せろっ! 悪いようにはしないっ! 今すぐ逃げるんだっ!」
醜い顔の小さな妖精がそう告げると、リシュアは頷いて、エシカとロンレーヌを抱きかかえるようにその場から全力で逃げた。
背後では互いに対する罵り合いが続いていた。
いわく、互いが互いに対して、悪しき邪悪な妖精だと言い合っていた。
その光景を見て、リシュアは半ば呆れ顔になってしまった。
†
美しい見た目をしているから正しい存在というわけでも、醜い見た目をしているから悪い存在というわけでもないのだろう。リシュアは本当に今回、身を持って、それを知った。いや、とうの昔から知っていた事なのだが。
馬車の中で、リシュアはラベンダーにそんな事を話した。
<まあ、よくある事だ。戦争には裏と表がある。どちらが正しいとは一概に言えない。だからこそ、見た目や人の話に騙されない事だ。それを眼の辺りにするというのは本当に良い事だな>
ラベンダーはそう締めくくった。
「ああ。本当にそうだよ。それにしても、面倒臭い奴らだったな…………」
リシュアは項垂れた。
そして、リシュアは寝転がって、馬車の窓から空を見上げる。
空には、星々が煌めいていた。
御者の話によると、もうすぐとても美しい景色が見える丘に辿り着くのだと言う。その丘からは沢山の星々を見渡す事が出来るのだと。
ロンレーヌにはそれを見せてあげたい。ロンレーヌとはいつまで旅を続けるのだろうか。彼女はキテオンの街の人々を救済するという使命がある。けれども…………。
けれども、ほんの少しの間だけ、自由を得てもいいんじゃないかとリシュアもエシカも思っている。誰かの犠牲によって、多くの人々の幸せが成り立っているというのはそれはとても辛いものなのだ。権力者の暴政の話、偏見や差別、そしてどちらが善か悪か分からないという事。その事を短期間のうちに自分達は見聞きする事が出来た。
そして、スカイ・フォールの街での、ローゼリアの事を想い出す。ある意味で言えば、吸血鬼同士の問題は人間である自分は介入するべきではないのかもしれない。人間側からしてみると、吸血鬼は吸血鬼同士で問題を解決するべきなのだ。そう考えると、彼女の決心、彼女がリシュア達から離れて吸血鬼のみで解決しようとしたのは、何となくわかるような気がする。
「空はこんなにも、綺麗で、天は余りにも平等にみなを照らしているってのに。本当に何が正しくて、何が間違っているのか分からないな。なんだか、当たり前の話なんだけどな」
それはある意味で言うと“災厄の魔女”であるエシカを、闇の森から連れ出したリシュア自身にも言える事だった。
自分達は他人をこれまで助けてこれたのだろうか?
それは本当の事を言うと分からない。
「リシュア」
エシカはリシュアの額に手を置く。
そして、静かにエシカはリシュアの身体を抱き締める。
「リシュアは物事を深く考え過ぎなのですよ。ほら、空をごらんなさい。沢山の星々が見えますよ」
エシカは笑う。
御者は馬車を止めた。
みな、馬車の外を出る。
ロンレーヌは生まれて始めて見るであろう、余りにも広大な景色に感動を覚えているみたいだった。
星が、月が、暗雲が、夜が、暗い森が、とてつもなく空の明かりによって輝いて見えた。
丘の上から見える景色は、何処までも何処までも無限の可能性を秘めているかのようだった。