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魔剣の街、ブリンガー

『魔剣の丘にて。 1』

 魔剣の丘ブリンガーは長閑な街だった。

 人々の息遣いが聞こえる。


 白や黒の鳥が空を飛び交っていた。

 青い鮮やかな花々に彩られた街だった。


 エシカはこの美しい街の彩りを見ながら、とても嬉しそうだった。リシュアも馬車の中から街を見て、とても楽しそうな顔をしている。すっかり保護者面としたラベンダーもそんな二人の表情を見て楽しそうにしている。

 ロンレーヌはエシカの膝の上に乗りながら、この街を見つめていた。


 ロンレーヌは遅かれ早かれ、花の街キテオンに戻り、人々を救わなければならない。なので、一緒にいられる時間は限られたものとなっている。それでもエシカ達はロンレーヌと一緒にいられる時間を掛け替えのないものにしようと思っている。


 それにしても、ロンレーヌは長い間、キテオンの街の為に尽くしてきた。彼女はあの花の街の人々をどう思うのだろうか。直接、リシュアは聞いてみた事があるが。ただ“使命”だと答えられた。

 使命か。

 ある意味で言えば、それはリシュアとは無縁のものだった。

 遥か遠くのヘリアンサス国を飛び出して以来、彼は王子という使命を投げ捨てた。投げ捨てて以来、貧しい者達も多く見てきて、自分はいかに恵まれた立場にいるのかという事も分かった。そして旅先で路銀を稼ぐ事の大変さ。それはとても地道な作業の積み重ねだった。


「本当に、随分、遠くまで来たものだな…………」

 出来れば、この感情をロンレーヌにも味わって欲しい。

 見た処、キテオンはロンレーヌがいなくても上手く機能していけるとリシュアは踏んでいる。


 自分達の旅はいつ終わるのだろうか。

 終わりが無い方がいい。

 こうやって、ずっと旅をしていきたい。

 きっと、ロンレーヌもそうだろう。


「もっとずっと一緒にいられたらいいですね」

 エシカはロンレーヌに対して、そんな事を告げる、

 ロンレーヌは嬉しそうにしていた。


 もうすぐ街に辿り着く。

 此処ではどんな人達と巡り合えるのだろう。人々と会うのは一期一会だったりする。そんな期待を胸にして、みな、色々な街へと旅している。


 ブリンガーの街では、魔剣の丘という場所が名所みたいだった。

 強大な力をもたらす魔剣。

 それを一目見ようと訪れる者達が多い。


「でも、魔剣なんて盗まれたりしたら、それこそ大変なんじゃないのか?」

 リシュアが呟く。

「確かにそうですね。ちゃんと管理が行き届いているのでしょうか?」


<まあ管理が行き届いているから、街の名物として成り立っているんだろう。そんなに気にする必要は無いと思うな>

 ラベンダーがまとめた。


 青いネモフィラ畑によって囲まれた街。

 そこが魔剣の街、ブリンガーだった。



魔剣を手にしたかつての英雄は、魔の王になった。

此処は、そんな伝承が語られる街。


 英雄は元々、強大な怪物達から街を守る兵士の一人だった。

 けれども、怪物達の強さに打ち勝てなかったのか、あるいは魔剣の魅力に打ち勝てなかったのかの真相は分からないが、魔剣に魂を売り渡して魔の王になった。

 そして、英雄は女神によって倒される宿命になってしまった。


 それは、数百年前。

 あるいは千年以上前の物語だ。

 今はただ、魔の王となった英雄がかつて手にしたとされている魔剣が展示場に飾られている。その魔剣が本物なのか、レプリカなのかは誰も分からない。ただやはり引き抜けば不幸が訪れると程の強大な力を持っているのは確からしかった。


 四名は街に辿り着くと、宿を取る事にした。

 宿の寝床に入る度に、リシュアは旅の疲れが癒される。ついでにシャワー室なども部屋の中にあったりすると更に最高だったりする。此処には部屋の中にシャワー室が設備されていた。さっそくリシュアはシャワー室に入り、湯舟に身体を浸ける。やはり水道設備がしっかりしている場所はいい。これまでの旅で特に良かったのは不死鳥の街の高層ビルのプール施設だった。


「あったまるなあ」

 リシュアは上機嫌な顔をしていた。

 窓からは街並みが見える。

 遠くには、魔剣を保管したと思われる美術館らしき場所があった。

 明日には、いつものように、街の名所に向かってみようか。今回はロンレーヌもいる。きっと彼女も喜ぶこと思う。


 そう考えながら、リシュアは湯舟の中にぶくぶくと顔を沈めていった。



「なんだか、とても嫌な予感がするわ…………」

 ロンレーヌはそんな事をエシカに告げた。

「嫌な予感、ですか?」

「うん。なんていうか、本当にあの魔剣の場所に行っていいのだろうかって。そんな気がしてならないの……」

「そうなんですか? うーん…………私としては行ってみたいんですけど、ロンレーヌさんはそのような不吉なものや忌まわしいものに対して察知する力が強いですからねえ…………」

 エシカは残念そうな顔をしていた。


 そう言えば、と、ロンレーヌは想い出す。


「そう言えば、明らかにリシュアが魔剣に対して興味を示していたよ。余り良い感じはしなかった。だから、彼を見守ってあげていて欲しいな」


「そうなんですか………。うーん、それは困りましたねえ…………」

 エシカは小さく溜め息を付く。


 ラベンダーに相談してみようかと思ったが、あの青いドラゴンはいつものように何処吹く風といった感じで何処かへと向かっていってしまった。本当にあのドラゴンは猫みたいな感じだ。改めてそう思う。


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