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『魔剣の丘にて。 2』

 次の日、リシュアは何となく一人で魔剣の展示場へと向かっていた。

 いつもなら、エシカ達と一緒に同伴するのが当たり前だ。

 けれども、何故か今日は一人で見に行きたいという衝動が抑えられなかった。一人で見に行った分の埋め合わせは後で考えようと思う。


 ふらふらと、何かに操られるようにリシュアは魔剣の展示会場まで向かう。

 そこは祭司のような人間が何名かいて、快くリシュアを通してくれた。

 魔剣は階段を登った先に、ガラスケースの中に納まっているのだと聞かされた。


 その魔剣を手に取ってみたいという衝動がどうしようもなく湧き起こる。

 実際に触れてみる体験もする事が出来るらしい。


 魔剣はガラスケースに収まりながら、ある場所に突き立てられていた。

 これを引き抜こうと、みんなで頑張っているみたいだった。

 誰も引き抜けない。


 伝説の剣を引き抜いた者には、災いが舞い降りる。

 そういうものなのだろうか。


 リシュアは魔剣を遠目で見ながら、物想いに耽っていた。


 どうしようもないくらいに、剣に対して興味が湧いてきた。触れてみたい。まるで、それは母の温もりを求めている子供のようであった。魔剣の柄を握り締めてみたい。リシュアの衝動は収まらない。

 ……一体、なんなんだ?

 リシュアは何か自分が危ないものに触れようとしているのだけは分かる。分かるが、何故か抗えないような気がした。


 思わずリシュアは魔剣の処へと近付いた。

 柄に触れてみたい。

 彼はゆっくりと手を伸ばす。

 そして、魔剣を握り締めた。


 全身が熱かった。

 灼熱が全身を駆け巡っているかのようだった。

 一体、これはなんなのだろうか。リシュアには分からない。


 物凄いまでの動悸がする。

 何かが全身に駆け巡っているかのようだった。


 ……一体、何なんだ?

 リシュアは何か分からない力の奔流のようなものが身体の中を駆け巡ってきたのが分かった。自分が自分でなくなっていくような。


「お客さん、大丈夫ですか?」

 背中から従業員の一人が声を掛けてくれた。

 そこで、リシュアははっとなる。


「……いえ、なんでもないです」


 従業員は髭面の初老の男だった。


「たまにいらっしゃるんですよ。魔剣の方から興味をもたれる方が。魔剣が“手を握り締めたがっている方”がいらっしゃるんです。普通は誰が柄に触れても反応しないんですけれどもね。とにかく、お客さんも魅入られないうちに、早く帰った方がいいかもしれませんね」


 初老の男性はそんな事を言い出す。

 魔剣に魅入られるか。

 そんな状態だったのだろうか?

 分からない…………。


 とにかく、何だか不気味な気分になって展覧会場を早々に立ち去る事にした。エシカ達に抜け駆けしたので、後で一言、謝っておこうと思う。

 何者かが、隣に佇んでいるような気分がした。

 それが何かは分からない。

 それは、布を被った人物のように思えた。

 正体は分からない。

 左腕を伸ばして、リシュアの左腕をつかもうとする。

 マニュキアを塗った女の左腕に見えた。褐色の肌だ。


「貴方は一体?」

 リシュアは問い掛けようとすると、その謎の人物は何処かへと消えた。

 一体、何だったのだろうか? よく分からない。


 ただ、今までのパターンからすると…………。

 ……今のは魔剣の魂か何かなのだろうか。


「本当に一体、なんなんだ?」

 リシュアは一人、困った顔で立ち尽くしていた。



 ひとまず、宿に戻る前に簡易的な喫茶店に入った。

 何だか、気分が悪くて仕方が無かった。

 此処の特産品はブルーベリーの果実で作られたアイスクリームのパフェだ。リシュアはそれを口にする。今度、エシカとも一緒に来よう。そう思いながらパフェを待っていた。


 ……何者かの気配がする。

 リシュアは悪寒がして仕方が無い。


 パフェを口にした後、美味しいには美味しいのだが何だか味気ない。やはりみなで食べた方が良かったか、しかし、一人で行動する、という妙な背徳感もある。そう言えば、つねにみなで一緒にいた。ある意味で言えば、どんな時も誰かと一緒にいたような気がする。自分は彼らの元に帰らなければならない。


 帰らなければ…………?

 リシュアは、自ら妙な事を考えているものだと思った。

 リシュアが帰る場所は、エシカ達の下に他ならない。けれども何故、そんな事を考えてしまったのか。あの美しい魔剣を見てしまったからだろうか。引き抜きたい…………。


 どうしても、引き抜きたい…………。

 あの魔剣を引き抜きたい…………。


 何故か、先ほどからどうしようもない程の妄執に取り憑かれていた。

 あの魔剣に見て、柄を握り締めてみて、自分が自分で無くなっていくような感覚に確かに襲われた。彼は魔剣を手にして、魔の王になってみたいというどうしようもない衝動に駆られていた。それは一体、何処からやってくるのだろうか。


 もう一度、あの展覧会に行かなければならない…………。

 リシュアはパフェの会計を済ませた後、うずく身体を引きずるように店の外へと出た。


 すると、そこにはラベンダーがいた。


<おい。大丈夫か? 朝から一人、憑かれたようにあの魔剣の展示会に行っていたみたいだが。あれは確かに素養のある者を見初める力がある魔剣だ。まさかリシュア。お前はそれに“呪われたり”なんてしていないだろうな?>

 ラベンダーは酷く心配そうな表情をしていた。


「俺が…………呪われる?」

 思ってもみない事を言われた。

 呪われる?

 呪われているのか? 自分は?


<もし、お前が呪われているのだとすれば、一刻の猶予も無いかもしれないな。すぐに宿に連れ戻す。そしてエシカとロンレーヌに何とかして貰おうと思っている>


「いや…………。俺は呪われていない…………」

 そう言おうとしたが、自信が無い。

 リシュアの隣には、何やら奇妙な人物が立っている。どうやら、それはラベンダーには見えないみたいだった。

 なら、自分はやはり呪われている、という事なのだろうか?

 なら、一体、どうすればいい?


 呪いを解く方法なんて、仲間達に出来るのだろうか?


 そう思いながら、リシュアは地面に倒れていた。


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