次に眼が覚めた時は、宿のベッドの中だった。
エシカが心配そうな顔で、リシュアを見ていた。
「ラベンダーから聞きましたっ! リシュアが呪いに掛かったんじゃないのかってっ! それで私、いてもたってもいられなくなってっ!」
エシカは心の底から心配している顔をしている。
そして。
「呪いの元凶は、やっぱり、魔剣に触れた事だと思うよ。元々、リシュアは力のある魔法剣士だった。だから、魔剣の方もリシュアに興味を持ったんだと思う。この街に辿り着く前から魔剣はリシュアの事に興味を持っていた。そう考えた方が自然かな」
椅子の上に乗っかったロンレーヌはそんな事を言い始める。
魔剣は元々、リシュアを見初めていたのだ。
そんな事を言われて、リシュアは何となく合点がいく。
確かにこの街に着いてから、あの魔剣に対して強い興味と執着のようなものを感じていた。それ自体が魔剣の力なのだろうか。
「とにかく、私がいて良かったね。私は呪い専門で抑え込む事が出来る。私なら、リシュアに罹った呪いを抑え込む事が出来ると思うよ」
ロンレーヌは冷静に言う。
<助かる。お前がいてくれて何よりだ>
ラベンダーは嬉しそうだった。
エシカはもっと、嬉しそうな顔をしていた。
「リシュアは心を持っていかれる事は無くなるのですね? それはとても望ましい事ですっ!」
「うん。でも気を付けて、魔剣の精霊、呪いの具現化みたいなのは今もそこに立っているから。リシュアのすぐ傍かな」
ロンレーヌはエシカ達が見えないものを解説してくれた。
「なんかローブを着た女の人みたいなものが見えるんだ。何処で拾ってきたのか分からないけれども、霊体にも見えるし、亜神のようにも思えるね。このままだとリシュアが危ないよ。何とかしないと」
ロンレーヌの言葉を聞いて、エシカは驚愕する。
リシュアが危ない…………。
その言葉だけで、エシカの感情は悲鳴を上げていた。
「なんとかならないんですか?」
エシカは泣きそうな顔をする。
<このままだと、リシュアはどうなるんだ?>
ラベンダーも訊ねる。
「うんと。その女の人に身体を乗っ取られるかもしれない。それくらいに危険だよ。だから早く何とかしないといけない。私達に出来る事は分からないけど、早く何とかした方がいいよ。私が抑え込んでいるのも、すぐに限界が来ると思うから…………」
心なしか、ロンレーヌは悲鳴を上げているようだった。
当初は自信に満ちた声で、呪いを抑え込めると言ってみたが、やはり呪いが強過ぎてどうにもならないといった処なのだろう。
<なんとかならないか。いや、俺が何とかする>
ラベンダーはそう言うと、魔剣が展示されている場所を窓から睨んだ。
「ラベンダー、私も一緒に向かいますっ!」
エシカは声が引きつっていた。
<分かった。俺の背中に乗って向かうか?>
そう言うと、ラベンダーは全身を巨大化させていく。エシカはラベンダーの背に乗った。久しぶりの乗り心地だった。彼の背中はやはり気分がいい。ラベンダーは空を滑空していく。そして魔剣の展示場へと向かった。
†
二人は魔剣の展示場へと辿り着く。
長い階段の先に魔剣が展示されていた。
ラベンダーは巨体を小さくし、いつもの鳥くらいのサイズにまで姿を変える。二人にはこの先にある禍々しい闇を感じ取る事が出来た。それがリシュアに災厄を放っている事もだ。このままいくと、リシュアはどうなるのだろうか。そう言えば、魔剣の伝説では、魔剣を手にした英雄は、その後、魔の王になったのだと聞く。
リシュアをそうはさせたくはない。
二人は必死の想いで、階段を駆け上った。
魔剣は禍々しい輝きを放っている。
観光の為の道具としては、余りにも相応しくないのではないか。けれども、この街の住民は、その“呪われた道具”を観光名所として展示した。
<まったく、何も考えずに忌まわしい事をしてくれる>
ラベンダーは街の住民達に対して悪態を付いた。
実際、腹立たしく思えるのはエシカも同じだった。
魔剣が展示されている場所は、大きな広間だった。
此処で、リシュアは魔剣に潜んでいる何者かによって取り憑かれたのだろう。
ラベンダーとエシカは話し合って、物理的に魔剣を攻撃しようという話もしていた。たとえ、そうする事によって街の住民に迷惑が掛かったとしても呪われた魔剣をそのままにしておくわけにはいかない。
展示場に集まっている警備員達に対して、ラベンダーは睨みを効かせる。
<我々の大切な仲間が、この魔剣によって呪いを受けた。もっとちゃんと管理して欲しいものだ>
それを聞いて警備員達は、とても困惑した表情になる。ラベンダーは有無を言わさず、警備員達を黙らせるように恫喝するつもりでいた。
ラベンダーはいつでも雷撃を飛ばす準備をしていた。
突如、魔剣が置かれている場所の傍に、ローブを着た女性が現れる。
女性は顔を見せる。
黒髪の美女だった。
<お前は何だ?>
ラベンダーは訊ねる。
「私はこの剣に宿った者です。かつて、私の恋人はこの剣を引き抜く事によって、英雄になり、そして魔王になりました」
やはり、そうか。
この魔剣に取り憑いている女も、霊体として、魔剣に飲み込まれているみたいだった。ならば、リシュアの魂も、いずれ魔剣に飲み込まれるかもしれない。
エシカはそんな不安を口にする。
女は頷く。
「はい、そのような悲惨な結末になるやもしれませんね…………」
女は悲しそうに告げた。
「貴方のお話をもう少し聞きたいです……」
エシカは彼女に同調する。
恋人を魔剣に飲まれたという事、一体、それはどういう事が起こったのだろうか。
「この魔剣。『アビス・ブリンガー』は、とても恐ろしいものでした。人々の魂を閉じ込めるものなのです」
魂を閉じ込める。
それは、一体、どういう剣なのか。
女は涙を流し始めた。
「もしかして…………」
「はい。この魔剣の奥には、私の恋人の魂が眠っているのです。語り掛けても答えてくれません。私はとてつもない長い刻、彼の声を聞こうとし続けていました」
届かない想い。
届かない願い。
一体、彼女はどれ程の間、慟哭し続けたのだろうか。
「貴方の名前を教えてください」
エシカは、女に訊ねる。
女は頷く。
「私の名はレンディと言います。けれども、それは魔剣の渦に飲まれて記憶の彼方へと失われていった名前。私は生前の記憶が断片的なのです」
レンディはとても悲しそうな顔をしていた。
警備員達は、そんなレンディの言葉を聞いて何とも言えない後ろめたい表情になっていた。この魔剣は長らくの間、この街の街起こしの道具として使われてきた。観光の為の道具として。そうやって、この街は潤っていた。今更、魔剣を手放す事は出来ないだろう。この魔剣は市長の顕現によって飾られているのだから。
呪われた魔剣の呪いが、今も健在だとするのならば、それは何とかして誤魔化さなくてはならなくなるだろう。ラベンダーはそこまで見据えていた。
<とにかく、俺達で何とかして、お前の恋人の魂を取り戻す方法を試みてみる。なので、リシュアに取り憑くのは止めて貰えないか?>
ラベンダーはそう言うが、レンディは首を横に振った。
「いいえ。この魔剣は、私の意志無しで貴方の大切な人に取り憑いているのです。私はあくまで媒体として、外に出てきているだけです」
「そんな………………」
エシカは悲痛な顔になる。
<状況は分かった。何とかしてみようと思う>
ラベンダーは静かに溜め息を付いた。
そして、二人は宿へと戻る事にした。
†