リシュアの呪いを解く。
魔剣の呪いを解いて、レンディ達を解放する。
それは果てしなく難しい事のように思えた。
けれども、みな、リシュアの為に動きたいと思っている。当然だ。旅の仲間であるし、何よりもエシカの………………。
<さてと。魔剣の伝承をもう少し、調べるしかないようだな>
ラベンダーはそう告げる。
資料は市長のいる場所にあるのだと聞いている。
なら、市長の家に行くべきなのではないだろうか。
または、街の大きな図書館にも保管されていると聞く。
だが、もしかすると、一刻の猶予も無いのかもしれない。
レンディは、何とか力を持って押さえていると言った。ロンレーヌも何とかして呪いを止めようと頑張ってくれていた。二人にはとても感謝している。時間は余り無いのかもしれない。呪いが進行すれば、レンディいわく、リシュアの魂は魔剣に飲み込まれてしまうらしい。それだけは絶対に食い止めなければならない。
まず、市長に話を付けるのが筋じゃないのか?
そういうわけで、市長の家にエシカとラベンダーの二人は行く事にした。
市長の家に向かう頃には、すっかり夕刻になっていた。
市長の家は、頑丈な石造りの家でまるで堅牢な要塞のようになっている。エシカはひとまず警備兵達に声を掛ける事にした。
「市長との面会? それはもう過ぎているし、面会の為には一週間程が必要だ。今日は帰って役所の方で手続きをして貰おうか」
警備兵達は断固とした口調だった。
「お願いします! それどころじゃないんですっ! 私の大切な人が、魔剣の呪いを受けてしまってっ!」
エシカは本当に混乱していた。
こんな時、ローゼリアがいたのならば、有無を言わさずに刃による暴力によって強行突破を起こしたのかもしれない。けれども、エシカは性格上、どうしてもそれが出来なかった。だが、自分の性格がどうとか言っていられる猶予は無いのかもしれない。もしかすると、今日にでもリシュアは魔剣の呪いによって取り込まれるのかもしれない。エシカはただただ悲愴な気持ちで心がいっぱいになった。
「お願いしますっ! どうにかっ!」
エシカは顔を覆って、泣きそうになる。
ラベンダーは有無を言わさなかった。
警備兵達に微力な電撃魔法を喰らわせていた。
途端に、警備兵達は、失神して地面に倒れ込む。
<おそらく、この家の中に入る鍵は彼らが持っているだろう。懐をまさぐれば出てくるんじゃないか?>
「ラベンダー!」
エシカは嬉しそうに叫ぶ。
<最悪、街の指名手配犯にされる可能性もあるが、悠長な事は考えていられん。緊急事態なのだから仕方が無い>
ラベンダーはそう言って、鼻を鳴らす。
警備兵達の服をまさぐった後、エシカは市長の家へと入る鍵を見つけたみたいだった。そして二人は門を開け、扉の前まで入り、鍵を回して扉を開いていく。
二人は中へと入る。
中には、一人の白い貴族風の衣装を着た男が立っていた。白髪交じりで年齢は五十代といった処だろうか。がっしりとした体格の男だ。
「貴方がこの街の市長さんですか?」
「不届き者が。いかにもわしは、バロン・デ・ドゥール。この街の市長だ。しかし、警備兵達を退けるとはな」
バロンと名乗った男はとても不機嫌そうな顔をしていた。
これから、街の警察を呼ばれるのは困る。そうではない。二人は話し合いに来たのだから。
「あの、魔剣が暴走してしまい、私の大切な人が魔剣の呪いにかかったんですっ!」
エシカは祈るように叫んだ。
バロンはそれを聞いて、首を横に傾げた。
「呪い? そんなものがあるのか? デタラメを言っているわけではないな? デタラメを言っているのなら、速やかに警察を呼ぶぞ?」
「でたらめでも何でも無いですっ!」
エシカは叫ぶ。
ラベンダーは静かに睨み付ける。
バロンは二人を睨み返した。
「いいか。警察を派遣させる、お前らの事を覚えておるぞ。今はただ、とにかくこの屋敷から出ていけっ!」
<そうか。そうならいい>
ラベンダーは辺りに電撃をまき散らしていく。
バロンは眩さに眼が眩んでいるみたいだった。
ラベンダーはエシカの肩元の服を口で引っ張り、屋敷を出る事を促す。エシカはそれに渋々従う。
「リシュアが心配だ。時間を無駄にしたくない。ひとまず、宿に戻ってリシュアの様子を改めて見てみよう」
そうして、市長に対する直々の懇願は無駄に終わった。
†
ベッドの上に寝かされていたリシュアは、かなり容態が悪くなっているみたいだった。
レンディとロンレーヌが部屋の中にいた。
「さっきから、お姉さんと一緒に何とか呪いの進行を止めているんだけど、これは本当に難しいよ。本体が霊体である私でも、魔剣の呪いを完全に遮断する事は出来ない」
と、椅子に置かれたロンレーヌは言う。
「私も彼への呪いを食い止めようとしておりますが。今や私も“魔剣の呪いの一部”。私がいる事によって、呪いの進行こそ引き延ばせても、呪いによって巻き起こされる彼への身体の負担は私を通して圧し掛かってきます………………」
レンディは悲しそうな顔をしていた。
レンディが言うには、リシュアは魔剣を引き抜きたいという欲望に負けそうになっているのだという。そしてその衝動を食い止める事そのものが、彼への身体の負担になってしまっている。つまり、レンディの存在自体がやはり、リシュアの心身を蝕んでいるのだと。
対してロンレーヌは、ただただ、そんな彼女を慰めているみたいだった。
善霊として人々を護る為に生み出された存在であるロンレーヌ、望まぬ形で魔剣に囚われて今や悪霊のような形となったレンディ。二人は同じ幽霊であるが故にも、余りにも、その経緯が違う。
その事実に対して、エシカは余りにも何とも言えない心境に襲われていた。
<状況は酷く悪くなった。此処に警官隊の連中がやってくるだろう>
ラベンダーはその事実を淡々と告げる。
「リシュアを連れて、逃げた方が良いのでしょうか?」
<どうだろうな。それもありかもしれないが>
ラベンダーには考えがあるみたいだった。
<おい。レンディ。お前に少し提案があるんだが…………>
ラベンダーはある提案を持ちかける。
それを聞いてみて、レンディは頷く。
「分かりました。やってみます」
そして、しばらくして警官隊が部屋の中へと宿の中へと入り込んできた。
「市長の家を襲撃した侵入者が此処にいるだろうっ!」
「顔が割れている! 真っ黒なドレスに黒髪の女、そして、小さな青い竜だろう?」
街の警官隊達は騒いでいた。
ラベンダーは彼らの言葉を聞いて鼻を鳴らす。
ああ、ようやくやってきたのか、とばかりに。
警官隊達は部屋の中へと入り込む。
リシュアは苦悶に満ちた表情をしながら、警官達を睨み付けていた。
「ああ…………。なんだよ、お前達は………………」
リシュアは起き上がろうとする。
ラベンダーはリスクを承知で、レンディとロンレーヌに提案したのだった。もし、警官隊達が現れたら、魔剣の呪いの進行を一時的に止めてみないか?と。
どうやら、警官達も気付いていたみたいだった。
リシュアの放つ禍々しいオーラにだ。
リシュアは何処からともなく、自らの得物にしている短刀を手にする。短刀の先からは真っ黒に輝くオーラのようなものが迸っていた。リシュアの瞳はさながら憎しみのようなものが溢れ出していた。警官達は怖気づく。
リシュアが刃を振るおうとする。
その時、レンディとロンレーヌの二人が必死でリシュアの力を押さえた。
警官達は悲鳴を上げて、その場から去っていっていく。おそらくは市長のバロンに報告するのだろう。
リシュアの全身から、魔力のようなものが迸っていた。
鈍色の光を彼は放っていた。
レンディ、ロンレーヌ、エシカ、ラベンダーの身体が弾き飛ばされていく。
気付けば、リシュアはこの部屋からいなくなっていた。
何処に向かったのかは、おそらくみな、見当がついていた。
おそらく、あの場所に他ならない………………。
†