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『竜の王の住む村、カルダール 1』

 美しい花畑が広がっている。

 ドラゴンの住む村は他にも巡った。


 この地のドラゴンは崇められていた。

 まるで精霊を祀る信仰のように。


 この地の者達は、ドラゴンに花を捧げているのだと聞いた。


「とても面白い文化ですねっ!」

 エシカは無邪気に笑う。


 このカルダールという村は、とても麗しく美しい。

 ドラゴンの為に生き、ドラゴンの為に死ぬのだという、それは先祖崇拝なのだという。ドラゴン崇拝というのは珍しい処だと思った。少し前に行った村ウンディーネでは、沼地のドラゴンであるアルダージュを酷く恐れていた。


 この街のドラゴンの王はエリュシオンと呼ばれており、全身の鱗から神々しい光を放つのだという。


 ブリンガーでの心の傷が癒えればいい…………。

 ロンレーヌはエシカとリシュアに対して、そう思っていた。ラベンダーはいつも通り飄々とした態度をしている。ロンレーヌはみなに何らかの気遣いをしたいが、気遣いの仕方をどうすればいいか分からない。ずっと教団の中にいたロンレーヌは、他人との接し方について色々と分からない部分が多かった。


 ただ、幸いな事に村を散策すると心が穏やかになるものが多くあった。

 神殿のような作りの家々。

 所々、観光名所になり得るドラゴンを象った意匠の彫像。


 もはや小さな街といってもいい。

 ロンレーヌはエシカに抱きかかえながら、辺りを見渡していた。


 いつものように、宿を見つけて泊まる事にする。


 今回は、湖の近くの宿だった。

 湖畔は澄んでおり、湖の周辺には沢山の花畑が広がっている。

 四名はその宿に泊まる事にした。


 窓辺から見える湖畔は美しい。

 美しい花々が湖の周りの辺り一面に咲き誇っている。

 此処にも水の精霊がいるのだろうか。

 とにかく、不思議な場所だった。


 此処の特産品は花の香りがする紅茶だった。

 みな、その紅茶を口にする。とても美味しい。

 最近、いつもながら、物を口にする事が出来ないロンレーヌが少し悔しそうな顔をしていた。いつか人間の身体になれれば美味しいものを口に入れる事が出来る。彼女はそうぼやいていた。


「それにしても、此処は本当に空気がいいね。私は景色を見ているだけで満足だよ」

 タンスの上に置かれたロンレーヌは、楽しそうに窓の向こうを眺めていた。


 ウンディーネの村よりも、この景観は美しい。

 ヒューペリオンの街に通じるものが、この場所にはあった。村の周りには古代遺跡も点在している。とても貴重なものなのだろう。


「さてと。この村ではどうする?」

 リシュアが屈伸運動を始める。


「せっかくですので。竜の王様に挨拶しに向かいませんか?」

 エシカは提案する。


「それもいいかもしれないな。じゃあ、そうしようか」

 リシュアは紅茶を飲み干すと、まったりとした午後の香りを嗅いでいた。



 ドラゴンの王との謁見は、今日中に果たす事が出来そうだった。

 四名は神官をしている村人に連れられて、竜が祀られている神殿へと向かっていく。


 花畑を越えた先に、大きな神殿があった。

 ロンレーヌを抱きかかえていたエシカは、思わず驚きの声を上げる。

 神殿の周りには、何頭ものドラゴン達が舞っていた。

 ドラゴン達の動きはとても優雅なしなやかさがあった。

 ドラゴン達の身体には、鳥の羽のようなものがあったり、シカや一角獣の角のようなものが生えたりしている個体もいた。様々な姿をしているドラゴン達だった。


 四名は神殿の中へと入っていく。

 中には、様々な動物の彫像が並んでいた。

 最奥に竜の王であるエリュシオンが鎮座しているのだという。

 一体、どんな姿をしているのだろう。

 心は神聖な気持ちに彩られる。

 まるで心の底が浄化されていくかのような雰囲気が、この神殿の中にはあった。


「一体、どんな姿をしているんでしょうね」

 エシカはリシュアに訊ねる。

「どうなんだろうな。でも、所々に彫像があったから、その姿なんじゃないかなあ」

 リシュアは答えた。


 そして、しばらくすると神殿の最奥へと辿り着く。


 そこには巨大なドラゴンが鎮座していた。


 背中は鳥の翼のようだった。

 全体的に白鳥のような肢体を思わせるドラゴンだった。


 美しい…………。そんな印象を受けた。


<その者は呪われておるな>

 開口一番に、竜の王はリシュアに告げた。


「えっ? やはり分かるのですか?」

 リシュアは訊ねる。


<あのブリンガーという街の魔剣であろう。あの街はずっと魔剣を護り続けてきた。それは妄執的な程にな。魔剣が一体、どのような効果をもたらすのか分からぬ筈もなかろうに。余りにも愚かな所業だ>



 竜の王、エリュシオンはそう告げる。


<愚かなもの。そう思い続けていたのか? ならば、貴方は何故、放置したというのか?>

 ラベンダーは訊ねる。


<それは人間達が決める事だ。私は手を出さなかった。結果、愚かな末路を迎えたとしても、それは知った事ではない。あの街は自ら滅びへと向かうであろう。聞く処によると、大火災があり、魔剣も見つからなかったというわけではないか>


 エリュシオンは、心底、馬鹿馬鹿しそうな口調だった。

 確かにもっともその通りだろう。

 あれは、余りにも馬鹿らしい。

 人間が自ら呪いを祀り、呪いを使って興行を起こしている。

 それはどうしようもなく下らなく、どうしようもない人間の自己中心的な考えなのだという事がリシュアにもエシカにもラベンダーにもロンレーヌにも分かる。


 あの街の人間は余りにも愚かだ。

 特に市長であるバロンは、その愚かさを体現した人物そのものと言っても良かった。


<お主、名は何という?>

 ドラゴンの王は、リシュアに訊ねる。


「リシュアと言います」

 彼は竜の誰何に答える。


<リシュアか。良い名だ。遠い地の太陽の王国の王子だな。そして、光の魔法の使い手であるな>


 エリュシオンは、何もかもを見通しているといった様子だった。

 リシュアは深々と頭を下げる。


<リシュアよ。お前の身体には、まだ呪いが残っている。だが案ずるな。私がこれからお前の呪いを完全に解けぬまでも緩和させる場所を教えよう。お前はその場所へと行くべきであろう>


「……そのような場所があるのですね? 是非、教えてくださいっ!」

 リシュアは顔を上げる。


<此処から北の地に少しだけ行けば、呪いを浄化する泉へと続く地下洞窟がある。モンスターの溜まり場となっているが、奥にある泉に浸かれば、その瘴気を取る事は可能であろう。そして、お前の呪いを解く事は仲間達の、そして、多くの人々の為である事は分かるな?>


「はいっ! もちろんですっ!」

 リシュアは再び、深々とお辞儀をした。


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