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『精霊花』

 呪いを緩和させた見返りとして、エリシュオンから依頼を受ける事になった。

 容易いものだと想い、安易に引き受けたは良いがどんな依頼かは最初は分からなかった。依頼の内容を聞いてみると、湖を美しく彩る力を持つ“精霊花”というものを少し離れた山脈に行って入手してきて欲しいとの事だった。それでしばらくの旅の路銀も出すと言ってくれた。


「恩もあるし、旅の路銀も出すってなら、本当に言う事は無いな」

 エリュシオンに対してリシュアは深く感謝していた。

 呪い自体は余りにも強過ぎる故に、完全に抹消する事は出来ないが、それでもある程度封じ込める事が出来る。それだけでリシュアにとってはとてもありがたい事だった。


 そもそも魔剣の街ブリンガーに着いてからは、災難ばかりだった。

 あそこは遅かれ早かれ滅びるだろう。

 エリュシオンもそう予見していた。


 そして、泉によって呪いが緩和されて数日後。

 四名は馬車に乗って、山脈の麓まで行く事になった。

 途中の森では、色取り取りの不可思議なランプ花が咲いていた。

 ランプ花は、エシカが隔離されていた闇の森でも咲いていたものだ。エシカはランプ花を余り好んでいなかった。けれども、外に出て見てみるそれは、余りにも印象が違っていた。ランプ花の放つ光は美しい。そう言えば、その光は一筋の未来の希望を暗示させていたように思う。その希望に縋ってエシカは生きていた。エシカは今、自由だ。その自由の象徴を、森に咲くランプ花を見ながら感じたのだった。


 それにしても、自由とは一体、何なのだろうか。

 リシュアは、ある意味で言えば、エシカと同じような立場に立ったのだと言える。

 エシカは過去に大きな大罪を犯した。

 力を抑えきれずに、沢山の人間を炎で焼き、アンデッドの軍勢で殺した。


 リシュア自身、魔剣に取り憑かれて、そのような行いをしようと確かに考えていた。あの魔剣は取り憑いた者を狂わせる力があった。あの意識を、身体を乗っ取られていく瞬間、確かに自分が自分で無くなっていくのだという感覚に陥っていった。リシュアは自分が一体、本当に自分なのかどうかという事が分からなくなっていった。そこでリシュアは自分を定義するものが、自我なのか理性なのか、それとも何か別の存在なのか考えるようになった。


 呪いの力は、それ程までにリシュアにトラウマのようなものを植え付けてしまったのだった。二度と、あの魔の王の意識が自分の奥底から浮上して欲しくない。リシュアはただただ、それだけを願った。


 馬車は揺れる。

 未来への道筋を現わすように動いていく。


 この旅で何をつかめるのだろう?

 この旅で何を得られるのだろう?

 エシカと二人で、ラベンダーを巻き込んだ逃避行。それが最初の始まりだった。そして、ローゼリアやティアナを始め、色々な人達に出会ってきた。出会い、別れ、とても楽しい事が多かった。世界中の文化に触れてきた。リシュアはふと思う。これこそが生きる事なのだろうな、と。そう、生きている。魔剣に心を囚われていた時は、自分が自分で無い気持ちになっていた。だが、今は確かに生きていると言えた。


 山へと歩いている最中は、午後の日差しが照り付けていた。

 空には、ドラゴンや奇妙な姿だが美しい容姿の鳥達が翼を広げている。此処はある種の楽園であるのかもしれない。山中を歩いている最中も、色取り取りの花々が広がっていた。


 人間は美しいものを見る事によって、心が豊かになるのだという。

 リシュアは胸を躍らせていた。


「精霊花ってのは、一体、どんな形をしているんだろうな」

 リシュアが呟く。

「それはとても美しい姿形をしているんだと思うんです。見てみたいですね」

 エシカがそう返す。


 ロンレーヌは、旅の記録を記憶に刻んでいく。

 随分と長い年月、ロンレーヌは聖クイーン教会に仕えて、キテオンの街を護っていた。ただ。それだけだった。今はほんの短い時間、休暇を取っているだけに過ぎない。その間に少しでも想い出作りをしたい。嫌な事、悪い事ばかりではない想い出作りを。


 エシカに抱きかかえながら、ロンレーヌは辺り一面の景観を眺めていた。

 竜の王が支配する村であるカルダールが遥か遠くに見えてくる。

 もう、随分と馬車で進んだものだ。山道は長い道のりだった。


 途中、獣の群れに襲われる事もあった。

 狼やクマの姿をしたモンスター達だった。

 リシュアが光の刃で、その怪物達を切り刻んでいく。

 エシカが炎によって、怪物達を焼いていく。


 ラベンダーは二人の成長を見ている父親のような雰囲気があった。

 もしかすると、ラベンダーは何か正体を隠しているのかもしれない。長い年月を生きて、色々な経歴を持っているのかもしれない。ラベンダーは自分の事を多くは語らない。ロンレーヌはそんなラベンダーの態度に気付いていた。


 ロンレーヌは移り行く景色を眺めていた。

 花の街キテオンでも、美しい花々が咲き誇っていた。

 ロンレーヌは影から、色々な者達に祝福を与えていた。それは苦しむ病人の治療だったり、貧しい者達に希望の光を与える事だったりしてきた。そうやって、聖クイーン教団は成り立ってきた。過去の女王と同じ名前を付けられたロンレーヌ。生贄にされた時から彼女の運命と自我が残り続けるまでの人生は決まっていた。それが変わり、ロンレーヌは外の世界を見る事になった。


 …………少しでも多くの時間を彼らと共有したいとロンレーヌは想っていた。


 花の香りも、空の蒼さも、あらゆるものを共有したい。

 それが一週間でも、一日でも、多く共有したい。


 長い年月、自分の体感では、もうどれくらいの年月の間、キテオンの街に尽くしてきたのか分からないロンレーヌだったが、別の違った人生があってもいいのだと自分には思った。人身御供として生きる事以外の人生。そんな人生があってもいいのだろうかと。


 ふいに。


「私、このまま、ずっとみんなと一緒にいたいな」

 ロンレーヌは、そんな事を呟いてしまった。


 エシカは孤独の辛さを誰よりも分かっているつもりあった。

 数十年もの間、闇の森の中に閉じ込められていた。

 それは酷く寂しくて苦しいものだった。


 リシュアも若いなりの経験で、王宮に閉じ込められる息苦しさは理解しているつもりだった。自分には一国を背負う王にはなれない。そう痛感していた。


「ずっと、一緒にいていいんだぞ」

 リシュアはそう告げる。


 ロンレーヌは嬉しそうだった。



 そして、山頂へと近付いていた。

 もうすぐ、精霊花が見つかる。

 精霊花は一体、どんな形の花をしているのだろうか。

 不思議とみな、心が躍った。


 やがて、山頂に辿り着いた。


 精霊花は、何て事はない、スミレに似た花だった。

 ただし、他の花々とは違い、確かに魔力を帯びており、透明なガラスのようになっていた。これをエリュシオンは欲しがっている。


 リシュアは精霊花の花を摘んでいった。


 これで、エリュシオンは満足してくれるだろう。

 もうすっかり、空は月が輝いていた。



 翌日の事。

 エリュシオンの魔力を灯された精霊花は、湖のほとりに植えられた。


 湖は一面、美しい紫色へと染まっていた。元々、ガラス細工のように美しかった湖がマローブルーの色彩へと染まっていく。まるで、精霊達が舞い降りて魔法を起こしたみたいだった。実際、エリュシオンは巧みは魔法使いだった。彼の魔法によって、カルダールの村の者達の心は癒やされていた。


 この街に貧しき者、大病を患っている者はいないのだと聞く。

 それも全ては、竜の王であるエリュシオンの力によるものなのだろう。


 ロンレーヌは、その竜王に仕えてみたいという想いもあったが、みなとまた旅の続きをしたいという願いもあった。まだまだ、自分の旅は続いていくのだろう。


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