地下世界の街である『アンダー・ワールド』へと四名で向かう事になった。
この街に向かう為には、地下へと下る為の地下鉄に乗らなければならなくて、みなでその地下鉄へと乗った。地下世界。それは天空の街であった『スカイ・フォール』と対比させているかのような感覚だった。
アンダー・ワールドは街というよりも、複数の集落によって連なっている場所らしいのだが、一括りにして『アンダー・ワールド(地下世界)』と呼ばれるものとなっていた。あるいはジオフロントと呼ばれる場所らしい。
地下鉄を待っている間、四名共、不思議な空間を眺めていた。
地下にライトが照らされている。
それだけで、不思議な気持ちになった。
「今度の街はどんな感じなんだろな」
リシュアはベンチに座りながら、エシカに呟く。
「とても楽しみですね! 地下世界って、どんな感じなのでしょうか?」
エシカも楽しそうだった。
それに伴って、ロンレーヌもカタカタと笑っていた。
しばらくして、列車がやってくる。
明かりが美しい。
切符を買った者達は、みんな列車の中に入っていた。
列車の運転席には、ドワーフと呼ばれるひげ面で赤ら顔をした、少しでっぷりした身長が低めの種族が車掌をしていた。ドワーフという種族は、みな、初めて見る。主に探鉱などの仕事に携わっていると聞かされた事がある。
「あれがドワーフですか」
エシカは物珍しそうな顔をしていた。
「じろじろ見るのはよくないぞ」
そう言いながらも、リシュアはドワーフに対して興味深そうな顔で見ていた。
しばらくして、列車がごとりごとりと動き出す。
地下世界の中を、列車が進んでいった。
真っ暗闇の中を、人工物の光が照らしている。
ごとん、ごとん、ごとん、ごとん、と、地下鉄は進み続けていた。
†
地下世界に訪れて、目まぐるしいばかりの光景に、みな息を飲んでいた。
地上のありとあらゆる場所のように、見事なまでに地下に建造物が立ち並んでおり、バザールなどもあった。行商人達が行きかっている。まさに、地底の街といった様相だった。
「まるで、アンダイイングやヒュペリオン。スカイ・フォール並みに、大きな建築物が並んで立っているな」
リシュアはまじまじと、その光景に関心していた。
今まで訪れた大都市の様相をしている、いや、それ以上の光景が此処には広がっているのかもしれない。
このアンダー・ワールドにおいては、製鉄業、建築業が盛んであり、見事な都市空間を作っているのだという。
街を見て回りたい処だが、まずは街に着いたら、宿の確保だった。
少し前に、竜の王であるエリュシオンから、たんまりと路銀は貰っている。しばらくは喰うに困らない程度にはある。
「せっかくなので、良い感じの宿に泊まりませんか?」
エシカはそう提案してきた。
大きなビルディングが、地下世界の天井へと向かって尖塔を輝かせていた。
そして、四名は少し良さげな宿に泊まった。
建造物の八階だ。
此処からは、街一面を見渡す事が出来る。
地下空間は何処までも広く、そして、この都市は、延々とドワーフ達の手によって広がっていくものらしかった。リシュアもエシカも窓から見える光景を目にして、とても感心する。夜景がこの世のものとは思えない程に美しい。
「この街の観光名所は何なんでしょうね?」
エシカはそんな事を呟く。
「街の案内書によると、観光名所らしい名所や、歴史みたいなものは特にないらしい。此処ではつねに現在進行形で、歴史が作られていっているそうなんだ。だからこそ、観光名所、博物館の類は存在しないみたいなんだ。よく分からない考えだっては思うけどさ」
リシュアは街の案内書をパラパラと読みながら首を傾げていた。
特に散策する場所が無いのならば、適当に散策するのもいいかもしれない。
この街では、特別な種類の地底トカゲの種類が馬の代わりに馬車を引いているらしかった。それに乗って、街全体を見てみるのもいい。ロンレーヌがとにかく嬉しそうだった。
「そういえば」
エシカは思う。
旅先では、つねに宿などで洗濯を行っている。
ロンレーヌの衣服の洗濯は、しばらく行っていない。
エシカはロンレーヌのお洋服を洗濯する事に決めた。
そして、彼女の身にまとう洋服も新調してあげたい。
「じゃあ。ロンレーヌの新しい服を買いに店を巡るか。ドール用の服とか売っているといいんだけどなあ」
リシュアは街を散策する目的をそう決めた。
†
地底で育った特別な種類のトカゲが幌を引く乗り物に乗りながら、四名はアンダー・ワールドの世界を見渡していた。地下世界に電灯が幾つも灯っており、昼も夜も無い。ただ時計だけはあった。まるで、太陽や月、星々の代わりとして、時計の数が異常なまでに多かった。それは街中にある柱時計の多さが物語っていた。
「私のお洋服、買ってくれるなんて、楽しみね」
ロンレーヌは無邪気な口調だった。
「ラベンダーは、どんな服を私に着て欲しい?」
<俺に訊ねられても困るんだがな>
ラベンダーは少し鬱陶しそうに返す。
確かに、ラベンダーは人間の服の美的感覚が分からないかもしれない。彼はロンレーヌに絡まれるように話しかけられて、少し困った表情をしていた。
ロンレーヌは、いつにも増して、饒舌に話したい様子だった。
ロンレーヌは、百年以上もの間、花の街キテオンに対して奉仕してきた。それが今は束の間の自由を得ている。ロンレーヌがいなくなって、聖クイーン教団の者達は非常に困っているだろう。それでいいとリシュアもエシカも考えている。自由になるという事。エシカはロンレーヌの生い立ちに自らを重ねていた。
そして、ロンレーヌは、いつかまたキテオンの街に帰らなければならない。そして、キテオンの者達を助けなければならない。そのつかの間の時間、どれくらいまでいられるか分からない時間の間、共に想い出作りをしてあげたい。
だから、みんなロンレーヌの為に何かやってあげたいと思っていた。
この都市は美しい。
いや、これまで訪れたどの都市もそれぞれ美しかった。
ただ、魔剣を観光名所にしていたブリンガーや、悪魔を宗教としていたアンダイイングなどという街もあったが、どの街も美しかった。四名の乗っている馬車もどきは、ショッピングモールへと辿り着く。乗車賃を払って、四名はそこへと向かった。エシカがロンレーヌを抱きかかえていた。
ドール用の服なんてあるのだろうか。
子供服がいいかもしれない。
なので、四名は子供服を見に行く事にした。
すぐに良さそうな場所が見つかった。
大量の子供服売り場だった。
ショーウィンドーは華々しい恰好の子供服を、マネキンに着せている。
ロンレーヌの球体関節人形の身体は、三歳児くらいだ。それくらいの年齢の服を買ってあげればいい。ロンレーヌに見せた処、フリルがいっぱい付いている服が欲しいと彼女は言った。
「やっぱり、私は女の子だから、フリルやレースが沢山、付いているものが大好きかな」
ロンレーヌはそう言って、嬉しそうな声を上げる。
「じゃあ、せっかくですので、そういたしますかっ!」
エシカは着せ替え部屋にロンレーヌを連れていって、様々な洋服の着せ替えを行っていた。
フリルとレースがいっぱいの服を着せられて、ロンレーヌはとても喜んでいた。そういえば、ロンレーヌは生きていた頃、お洒落らしいお洒落をした事があるのだろか。かつてキテオンの街で女王と同じ名前を持ち、キテオンを守る為に人身御供にされた少女。彼女は心からキテオンという花の街を愛しているのだろか。エシカはそれを聞けない。ロンレーヌ自身、あの街には複雑な感情があるのかもしれない。
しばらくして、ロンレーヌは四着ほど、服が決まった。
一つは真っ白なロリィタ服のワンピース。
二着目はイチゴ柄のワンピース。
三着目は夜をイメージした青色のワンピース。
そして、彼女が着ているのは湖をイメージした水色のワンピースだった。これらを全て買う事になった。少々、値段は張ったが、路銀はまだ尽きていない。リシュアとエシカの旅の服もついでに買う事になった。
「女の子だから、やっぱり色々な可愛い服を着たいよな」
リシュアは笑う。
そして、二人の旅人用の服を売っている場所へと向かった。
寒い時の外套や、暑い日差しの時にまとうマントを買っておかなければ…………。
†