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『地下世界アンダー・ワールド 3』

 三名は高層ビルの宿に戻っていた。

 窓から都市一面を見晴らして、やはり、遠くまで見える為にあの巨大モグラがビルを破壊したのはどれだけの大惨事であったのかが分かる。


 人間側。ドワーフ達も、あのモグラを何が何でも討伐したくて仕方がない。

 それは何年も前から続いているのだと聞く。

 リシュアはベッドの上に腰を下ろしながら、ラベンダーの帰りを待っていた。といっても、ラベンダーも今回ばかりはお手上げなのだはないかと思っていた。せいぜい、あのモグラの棲み処が分かるくらいだろう。


「やっぱり、強過ぎる化け物と対峙した時に、俺達ではどうにもならない事もあるなあ」

 リシュアは腕組みしながら、そんな事を考える。

 ヒュペリオンの街にあった彫像達。神話の怪物達。高い山から見下ろした神話の巨人達の像。たとえば、あれと戦えば、どうやっても勝てないのは明白だった。どうしても、人間ではどうにもならない災害のような生き物というものはいるものなのだ。


 おそらく、それらと対峙した時にどうすればいいのか?

 討伐するべきなのか、あるいは共存の道を模索するべきなのか、この街の住民はそういう事に迫られているのかもしれない。あるいは、助言を受けるというのも一つの手なのかもしれないと思った。ちょうど、カルダールの村のエリュシオンならば一体、どのような助言を与えてくれるだろか。少し気になる処だった。もしかすると、ラベンダーならば単身、カルダールまで戻ってエリュシオンから助言を聞くのかもしれない。


「あるいは、俺の中にある魔の王の力。魔剣の力ならば………………」

 リシュアはぽつりと言ったが、それを聞いて、エシカとロンレーヌは物凄く嫌そうな顔をしていた。記憶は朦朧としている。ブリンガーの街で、魔剣に、魔の王に身体を乗っ取られた時、リシュアはリシュアではなかった。もう二度とリシュアが、別の存在になってはならない。それだけは、エシカ達は嫌だろう。


 そんな事を考えているうちに、みな、お腹の音が鳴った。

 せっかくなので、この街の特産品を食べようという事になった。


 アンダー・ワールドの特産品は、カレーライスだった。

 地下街で栽培されていると聞かされている、ジャガイモやニンジンが大きく香辛料もよく効いている。そして何といっても、羊肉のゴツゴツした感じが食べ応えがとてもあった。


 しばらくして、ラベンダーが、ぱたぱたと翼をはためかせながら、宿の中に戻ってくる。

 ラベンダーは、にぃ、と笑う。


<どうやら、あのモグラの怪物が暴れ回っている理由が分かったぞ>


「そうなのか。早いな」

 リシュアは驚く。


「さすが、ラベンダーですね!」

 エシカはいつものように称賛の声を送った。


「しかし、俺達で出来る事はあると思うか?」


<介入は止めた方がいいかもしれない。飯を食ったら、来てくれ。案内する>

 ラベンダーは少し面倒臭そうな顔になる。

 彼がいつも面倒臭そうな顔をしているという事は、解決しにくい問題だという事なのだろ。分かっている。



 地底街の馬車に乗り、街のはずれへと向かう。

 どんどん、高い建造物のある場所から外れていった。


 そこには見捨てられた工場跡のようなものがあった。

 ラベンダーは、そこで馬車を止めるように言う。

 エシカはロンレーヌを抱きしめる。


 四名は、工場跡の中へと進んでいった。

 そこは、ヘリアンサス国では見た事が無いような見事としか言いようがない発展した都市の残骸などが広がっていた。少なくとも、この地下世界の建築様式は今まで訪れた大都市でも再現する事は難しいだろう。


 そして、此処はそんな大都市を動かす上での残骸が広がっている場所。工業地帯の成れの果てだ。様々な謎の機械や謎の部品が転がっている。うかつに触れると危険なものもある為に、みなは、なるべく工場跡地の中の部品には触れないように前へと進んでいった。


 そして、ある人影のようなものを見つける。

 それは、モグラの頭をした者達だった。


「あなた達は旅の者達ですか?」

 リシュアの肌や、服装など雰囲気を見て、モグラの頭をした者は訊ねた。


「はい。貴方達は?」

 リシュアは訊ね返す。


「私達は人間達やドワーフ達によって、領土を追われた者達。仮にモグラ人とでも言いましょうか。お察しの通り、あの巨大な怪物は私達が差し向けているのです。此処は以前は、我々の土地であった事を主張する為に…………」

 モグラ人の一人は、怒りと悲しみが混じった声で言った。


 エシカは何ともやるせなかった。

 これは、自分達が介入してはならない問題なのだろう。

 他にも幾つか、こういった面倒事に旅の中ででくわした事がある。その時は必ず、介入してはならない、という事で結論付ける事になった。


 自分達が手に余るものがある。

 介入する事によって、余計に悪い事になってしまうかもしれない。


 そのような事を理解する事は大切な事だ。リシュアはそう理解している。

 ただ、一応、提案してみようと思う。


「現状、双方が良くなるように俺達が出来る事は無いか?」

 リシュアのその提案は、余り良くない事なのかもしれない。余計に問題をこじらせてしまう事なのかもしれない。ただ、黙って見ておく方が余計な問題を引き起こさなくて済む。ただ、あの巨大モグラによる建物の倒壊は、被害者となったアンダー・ワールドの住民達を見るとやり切れないものがあった。


 モグラ人の一人はしばらくの間、考えていたみたいだった。

 どうやら、リシュアの懸念も察して貰っている。


「では、我々の文化を貴方達、旅の人々に見て貰えないでしょうか?」

 彼はそう述べた。

 確かに、文化を見るというのは、相互理解に繋がるだろう。リシュア達は、ただの旅人にしか過ぎない。けれども、文化を見る事によってこの地に生きる人間とモグラ人双方の事が分かるかもしれない。


「一向に構わないよ。お前達の文化というものを見せてくれ」

 リシュアは笑った。


 モグラ人は笑った。

 笑顔は共通言語なのだと思った。



 地底世界を四名は進んでいく。


 朽ちた工場地帯から少し離れた場所に、洞窟のようなものがあった。そこは光るキノコなどが生えている。紫色のキノコだ。モグラ人達は、これらを電灯として使っているらしい。

 しばらく洞窟の中を進んでいくと、洞窟が大きく広がっていく。

 進んでいくうちに、光るキノコの数は多くなっていく。徐々に、洞窟という場所から、地面に階段などがある、しっかりと整備された場所へと変わっていく。


 そして、見ると、地下には巨大なモグラ人達の集落があった。

 人間とドワーフの街であるアンダー・ワールドの更に地底に、モグラ人達の街はあった。モグラ人達は探鉱の採掘を行っていたり、畑を作っていたり、牛を飼っていたりした。所々には、あの巨大な怪物モグラを雄牛くらいの大きさにした生物などがのんびりと佇んでいた。そういう生き物なのだろ。あの怪物モグラには何か特別な名前があるのかもしれない。


「凄い街ですね」

 エシカは驚く。


 見る処によると、アンダー・ワールドの住民達によって、モグラ人達は住むべき場所を追いやられたという事になる。もし、この問題に介入してしまえば、彼らの中で行われている冷戦のようなものに介入する事になる。だから、リシュアもエシカも、ただ、彼らの事を知るという事にとどめようと思った。


「この地底街は根深いのです。他にも、色々な人々が住んでいます。それを是非、見ていってください」

 四名を案内してくれたモグラ人は、そう言った。


 連れて行かれた場所は、巨大な樹木がある場所だった。

 樹齢何百年、千年以上と言った処だろうか。

 この地底世界には、こんなに巨大な木が生えているのだ。とても不思議に感じる。

 樹木には、所々に、翼の生えた人間の女性の姿が生えた像が彫られていた。モグラ人達が進行する女神らしい。その女神は人の姿をしていながら、モグラ人達の未来永劫導いてくれる繁栄の女神として崇められていた。


 このような光景を見る限り、エシカは想うのだ。

 どのような文化圏、どのような種族にも、彼らの神々がいて、彼らにとっての営みがある。それはこれまで対峙してきた狼男達や、よく関わってきた種族である吸血鬼にとってもそうなのかもしれない。


 空から水音がした。

 どうやら、この地底世界に雨が降っているみたいだった。

 天井を見上げると、此処には雲のような蒸気が発生していた。

 もしかすると、太陽のようなものもあるのかもしれない。少なくとも、この地底世界には雲が存在する。


「なんだか不思議な光景ですね。リシュア。ロンレーヌ」

 エシカは、ぽわぽわとした視線で天井を眺めていた。


「それより、雨が降ってきたんだから、せっかく買って貰ったお洋服が、びしょびしょに濡れてしまうよ、エシカ」

 ロンレーヌは苦言を呈する。


「はは、違いない。エシカ。何処かに雨宿りさせて貰おう」


 この地底世界には、色々なものが存在する。

 モグラ人の世界にも、小さなショッピングモールが存在しており、四名はそのショッピングモールの中へと入った。ショッピングモールの中には色々な雑貨店が並んでいた。お菓子屋さんや服屋さんなども存在する。なんだか、人間にドワーフ達が暮らしている街並みと、余り変わらないように見えた。


 地下世界の一階層に住んでいる者達と、二階層に住んでいる者達は、ある意味で言うと、戦争のようなものをしている。ただ四名は介在しない事によって、彼らの生活の営み、彼らを知ろうと思った。


 見聞きして知る事、それはとても良い事なのかもしれない。

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