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『地下世界の案内 1』

 モグラ人達の数名に案内されるまま、四人は地下街の奥底を歩く事になった。

 地下一階の住民達が捨てたと思われるスクラップによって、整備された小屋が建てられており、地下一階の住民達が出した残飯を肥料にして畑などが大きく作られていた。


「君達が地下一階の住民達と呼んでいる人々は、やはり憎くて仕方ないのか?」

 リシュアはモグラ人の一人に訊ねてみる。

 モグラ人は頷く。

 もう、どれくらい昔か分からないが、人間達は地上の村々から地下へと移る計画を行い、それに伴い、外の工場地帯で働いていたドワーフ達と手を組んで、地下世界を開発するイメージが出来上がっていたらしい。当時のモグラ人達は、地下の洞窟の奥底に住んで暮らしていたのだが、その領土も都市開発によって追われてしまったのだという。


 つまり、途方の無い程の怨恨が積み上がっているとも言えなくもないのだ。


 リシュアとエシカ、ロンレーヌには、彼らの話を聞く事しか出来ない。

 いつかきっと、地下一階の者達と共生出来るとは、とても思わない。

 そもそも、地下一階の者達。アンダー・ワールドの者達は、モグラ人の存在を認識していない者達も多かった。彼らは、かつて地下世界に住むという未来都市を設計して、そこに移り住んだのだという。地上の様々な脅威から逃れる事は出来たが、地下の住民達と上手く仲良くする事が出来なかった。


「おっしゃられる通り、貴方達が触れる事ではないのです。そして私達は、貴方達、旅人を責めるつもりはない」

 モグラ人の一人はそう言いながら、地底の湖畔へと案内する。

 湖畔の中は、地上と同じように釣り人が多くいた。此処では淡水魚から深海魚など様々なものが釣れるらしい。独自の生態系を持っているものもいるそうだ。また、地底サメや地底クジラなどといった生き物達も存在するらしい。


 地上の世界とは違い、極端に違った生態系を持っているとリシュアは思っていたが、意外にも地下にいっても、大きく生態系は変わらなかった。それは何よりも興味深い。


「なんだか、此処は此処で居心地がいいね」

 そうロンレーヌは言う。



 モグラ人の話によると、地下三層へと続く場所があるとの事だった。

 そこには、また違った種族が住んでいるらしい。

 どのような者達が住んでいるのか、みな興味があった。


 岩石のようなものが削り取られ、天然の階段のようになっている。上手く舗装されていない。エシカはゆっくりロンレーヌを抱えながら、階段を下りていく。


「此処より下にいる方達は、一体、どんな人達なんですか?」

 エシカは素朴な疑問をモグラ人に訊ねてみる。


「此処から更に下に住んでいる者達は、僕達よりも、更に気難しい者達だよ。長年、上の階に行けなかったからね。より変わった独自の文明を築いている」


 地底人、という言葉が正しいのだろうか。

 そもそも、地底世界に住む事を選んだ者達は、元々、地底人だと言えなくもないか。

 エシカとロンレーヌは興味津々だった。

 階段を踏み外さないように、ゆっくりと降りていく。

 モグラ人はランタンを手にしながら、下に明かりを向けていた。


 ラベンダーは慎重な顔をしていた。


 三十分近く、石段を下りた頃だろうか。


 そこには集落があった。

 とても、人間の集落とは言えないものだ。

 その集落は、天井に作られていたからだ。

 蝙蝠か何かでも住んでいるのだろうか。あるいは不気味な形状をした別の何かかもしれない。


「おーい。旅の人が遊びに来たぞ。良かったから、歓待してくれないかいー?」

 モグラ人は天井にある集落に向かって、呼び掛ける。


 すると、天井の集落の中から何やら得体の知れない者達が出てきた。彼らは小さな触手を幾つも持ち、空中をゆったりと浮かんでいる。まるでクラゲのような姿をしていた。


「地底に宙を舞うクラゲっていたんだなっ!」

 リシュアは思わず叫ぶ。


「彼らは“エンシェント”という種族です。あるいは“古きもの”とも呼ばれております。この地底に生息していて、テレパスによって言葉を伝えてくる。我々、モグラ人の伝承によると、彼らは女神の使いであるとも言われています」

 モグラ人は、そのクラゲに似た生物達に、畏敬の念を抱いているみたいだった。


 確かに、この古きもの、と呼ばれる者達は美しい姿をしていた。

 まるで、透明な空飛ぶアクセサリーのように身体を揺らめかせながら浮かんでいる。極めて奇妙な生き物だった。リシュアもエシカも、これまで世界中を旅してきたが、地底の底にいる空飛ぶクラゲなどというものは見た事が無かった。


<君達はどうやら、人間で、それから、旅の者達だね?>

 彼らの言葉が、頭の中に入り込んでくる。

 テレパスを使えると言ったか。

 その声は、直接、脳の中へと入り込んでくるのだろう。


<君達は色々な経緯を持って、色々と数奇に満ちた人生を送ってきた者達だね。記憶の断片を覗けば分かるよ>


「記憶を覗き込む事が出来るんですか!?」

 エシカの声も裏返る。

 ロンレーヌも非常に嫌そうな態度だった。


<うん。覗き事が出来る。君達は人々を救いたがっているんだね。お二人共、なので、僕達が匿っている四人の少女達を救ってくれないかい? 彼女たちの記憶へと誘う力を僕達を持っているよ。でもね、僕達ではダメなんだ。実際に、人間の心が本当の意味で分かるわけじゃないしね。だから、君達にお願いしたいんだ>


 エンシェントは、そう言った。


 そして、エシカ達は空飛ぶクラゲの一体にいざなわれて、集落の奥へと向かう事になった。リシュアとラベンダーの二人は、集落の前で待つように言われた。エシカ達は、集落の奥へと向かっていく。


 そして、ある神殿のような場所へと辿り着いた。

 神殿は、天井に生えている建造物ではなくて、地上にあった。エンシェント達いわく、元々は遥か昔に人間の魔法使いが、この集落に訪れた時に創り上げたものらしい。そして、ある特殊な空間となって、この場所は守られ続けている。


 神殿の中に、エシカは入る。

 すると、ぱあっと眩い光に包まれていた。

 エシカはすぐに気付いた。

 この神殿の中には、精神体となった身体だけが入る事が許されるのだろうと。


 光の中、ロンレーヌは真っ白な服を着た少女の姿になっていた。

 いつもの人形姿ではない。

 真っ黒に茶髪がかった髪の毛をした、少女だった。

 少女は、エシカの腕を握りしめていた。


「これが貴方の本当の姿? もともとの姿なんですか?」

 エシカは少女に訊ねる。


「うん、エシカ。これが私本来の姿だよ。これが私ロンレーヌ本来の姿だよ。百年以上前に失ってしまった私の身体だよ。こうやって、今、再現されている。なんだか不思議なものだね」

 ロンレーヌは笑う。


 何とも、此処は奇妙な空間だった。

 まるで、これまで生きてきた世界の全てから断絶したような……あるいは、時間軸全てから断絶したような場所へと向かっているかのようだった。

 まるで、自分が生まれてきた場所に還っていくような気分だった。

 何とも、不思議な心地がした。

 とてつもなく奇妙な気分。


 そして、光の中に入ってから、エシカと人間の少女の姿になったロンレーヌの二人は神殿の中にいた。そこは、窓が綺麗な雪…………あるいは、星のようなものが降り注いでおり、教会の中のような場所だった。


 そこには、四人の白い服を着た少女が椅子やベッドに座っていた。


「彼女達は?」

 エシカはロンレーヌに訊ねる。


「声が聞こえてくるよ。この子達は、心に傷を負った子達なんだ。それぞれの傷をね。ねえ、君達、私達に名前を教えてくれないかな?」

 ロンレーヌは子供達に訊ねる。


「テサラ」

「アイル……」

「私はマリーって言います」

「ロゼって言うの」


 少女達は口々にそう答える。


 彼女達の眼を見ていると、やはり、何処か怯えているみたいだった。


「此処が何なのか分かったよ」

 ロンレーヌは、エシカに告げる。


「此処は一体、なんですの?」


「おそらく“魂の通り道”。成仏出来なかった子達が、此処にやってくるんだと思う。多分、現世に未練のようなものがみんなあるんじゃないかな。あるいは現世で受けた心の傷が深過ぎて、此処に滞留しているのだと思う。そして、あのクラゲ達。……エンシェントの正体も分かったよ」


「彼らの正体?」

 エシカは首を横に傾げる。


「うん。彼らの正体。彼らはおそらくは、生と死の番人みたいな精霊なんじゃないかな? モグラ人達は、彼らの世界がある事が分かったんだ。でも、アンダー・ワールドの住民達は知らない。地下世界を掘り続けていったら、冥界へと行き着く扉へと突き当たる事に。もしかすると、モグラ人達は、その事も危惧しているのかもしれないね。少なくとも、いつか、何とかして解決しなくてはいけない事なんだよ」


 ロンレーヌの表情が少し曇る。

 つまり、アンダー・ワールドに住む者達は、都市開発を進めていく過程で、冥界の扉にまで近付いてしまっているという事なのだろうか?


 だが、もはや、それはエシカにとって知る由ではない。エシカがどうにか解決出来る事ではないし、リシュアもラベンダーでも無理だろう。ただ人々の行いを見守っていくしかないのだろう。


「その事はまあいいや。アンダー・ワールドの住民達の事に関しては、ひとまず、置いておくね。私達にやって欲しい事は。彼女達の心の傷を癒やす事なんだと思う。エンシェント達は、多分、そう望んでいる…………」

 ロンレーヌは小さく溜め息を付く。


「キテオンの古の女王ロンレーヌと同じ名前を持つ者として。聖女の力を与えられた者として、私は彼女達の心の治療を行おうと思う。今、私は力が溢れてきている。キテオンの聖クイーン教団にいた頃、幽霊として裏側からキテオンを支え続けてきた力がある。魔の王にはまるで対抗する事が出来なかったけれども、この子達の心を癒やす事なら出来ると思う」


 そう言って、ロンレーヌは子供達の一人に近付いた。

 子供達は震えていた。

 最初にテサラと名乗った子が、ロンレーヌとエシカに近付いた。

 髪の毛を短いツインテールによって、まとめた子だった。


「私の事を救ってくれるの?」

 テサラは二人に訊ねる。

 ロンレーヌは頷く。


 エシカとロンレーヌは、テサラの手を取る。

 瞬間、辺りに光が輝いていた。



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