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『地下世界の案内 2』

 少女テサラの記憶の中へと迷い込んだ事が分かった。

 テサラの記憶が、エシカとロンレーヌの二人へと流れ込んでくる。


 時は魔女狩りの時代だった。

 今でも、魔女狩りが行われているが、テサラの時代はより凄惨なものだったみたいだった。テサラの周辺では、人々が誰かを魔女だと告発し合う、そういう地獄のような光景が起こっていた。


 テサラの近所に住んでいた、テサラが物心付く前に仲良かったお姉さんが、魔女として異端審問官によって連れ去られた。そして凄惨な拷問の末、お姉さんは湖に沈められて殺されて、テサラの最初のトラウマとなった。人々は一度、魔女だと決めた相手を決して赦さなかった。


 神の名の下に行われる神聖な行為として、魔女狩りが行われた。

 それは何処までも気分の悪いもので、何処までも滑稽でしかないものだった。


 それから、やがて五年後には、テサラの母親が、そしてテサラ自身が魔女として捕らわれた。拷問はとてつもなく酷いものだった。そして、情け容赦の無いものだった。


 やがて、苦痛の中、テサラの母親は拷問の途中で死んで、テサラは幼い少女ながら磔刑に処されて、全身に火を付けられた。テサラは苦しみながら焼け死んだ。


 彼女の無念の魂は、消える事が出来ずに、こうやってアンダー・ワールド世界の奥底にある神殿へと辿り着いた。この神殿には様々なわけありの少女達の魂が流れ着くのだ。


 テサラは泣きじゃくっていた。

 もう、何百年も昔に肉体は朽ち果てているのに、魂だけがこの地に残留してしまっている。ロンレーヌはそれを見て、人身御供にされた自らの人生と重ね合わせる。自分は聖女として魂を利用される為に、人身御供にされた。一方、この少女は、ただ魔女として蔑まれ、嫌悪され、命を落とした。とてつもなく辛く苦しかったと思う。ロンレーヌは少女に寄り添いたいと思った。


「私が君の心を救ってあげられるかもしれないよ」

 ロンレーヌは笑う。彼女自身、儚げに笑う。

 少女は喜んでいるような表情になる。

 とても嬉しそうだ。


 ロンレーヌは、テサラの額を撫でた。

 これはロンレーヌの持つ、癒やしの力だった。

 ロンレーヌは、この癒やしの力によってキテオンの街の住民に百年もの間、尽くしてきた。


「私はすごいでしょう?」

 ロンレーヌは笑う。

 少女も笑った。


 少女はやがて、光の中に吸い込まれていった。

 とても嬉しそうな表情をしていた。


 やがて、ロンレーヌはあの神殿の中へと戻される。

 エシカは涙を流していた。


「私にも、彼女の過去が見えておりました」

「そうなんだ」

 二人して、悲しみにくれる。


 テサラはこの場にいなかった。

 もしかすると、無事、天に召されたのかもしれない。


 次は、アイルと名乗った少女の下へとロンレーヌは近付く。エシカも同じように近付いた。赤髪の少女だった。アイルは二人が自分達に危害を加える存在ではない事を知って、心を開いたみたいだった。


「お姉ちゃん達、私の事、聞いてくれるの?」

 アイルは二人に訊ねる。


「もちろん、聞くよ」

 ロンレーヌは笑いかける。


 アイルは笑った。

 そして、アイルの手を取る。

 どうやら、アイルの記憶の世界へと誘われていくのが分かった。



 アイルは農民の子だった。

 化け物達に襲われる、地方に暮らしていた。

 その化け物達は、農民達に生贄を要求してきた。

 頭が幾つもある、狼のような化け物だった。


 アイルの友人達は、一人、また一人と、化け物への生贄に捧げられた。それが村を守る為に必要な事だった。やがて、化け物は生贄を沢山、要求するようになってきて、ついに白羽の矢が、アイルのもとにも立つ事になった。


 彼女の父親は、それを嘆き悲しんだ。


アイルの父親は、アイルを絶対に生贄には捧げないと誓っていた。だから、二人で村を出ようという話になった。


 ある日の晩の事、身支度を整えた父親と二人で、アイルは村を出る事にした。長い旅になるだろう。そう、ずっと長い旅になる。この村にはもう、戻ってこないだろう。母親の方は流行り病で亡くなってしまった。家族は父娘二人だけだった。


 夜中の村の道を歩いている時、いきなりアイルの父親が背後から鉄砲で撃たれた。何度も何度も撃たれた。


 あとは、アイルはすぐに村の大人達によって身体を拘束される事になった。極めて理不尽な事の連続だった。どうしようもないくらいにアイルは絶望の底へと落ちていく感覚だった。やがて、アイルは化け物のもとへと連れていかれた。


 道中、村の裏切り者として、父親の死体が村に晒されていた。アイルはただただ泣き続けた。やがて、化け物の住まう場所へと向かった。人々はアイルを化け物へと差し出した。化け物はアイルの下半身を貪り喰った後に、今度は、いきなり村人達を襲い始めた。化け物は、始めから村人達全員を生かすつもりなんて無かったのだった。


 薄れていく意識の中、アイルが眼にしたものは、飛び交う悲鳴と化け物に生きながら喰われる村人達の姿だった。アイルはひたすらに天の神に祈りを捧げながら、そして父親の事を想いながら、短い生涯を終えたのだった。


 化け物は、あの後、力のある騎士や魔法使いに討たれたとも言われているが、真実は定かではない。


 やがて、場所は神殿へと戻ってくる。


 エシカとロンレーヌは、アイルの記憶を旅路に行って、涙を流していた。

 テサラの時といい。何故、人間はこうも残酷になれるのか。

 二人には重過ぎる映像だった。


「何故。人間はあれ程までに身の危険が迫ると、残酷になれるのでしょうか?」

 エシカは涙を流していた。


「それは人間だからだろうね。それはもう、どうしようもない事だよ」

 そう言いながら、ロンレーヌは、残り二人の少女に眼をやった。

 二人共、同質の暗い過去を抱えて、苦しみの際に死んだのだろう。

 それが、どうしようもなく、重くて苦しい。


 けれども、エシカの旅は、人々を救う事だった。

 ロンレーヌが生きた理由も、この世界に産み落とされた理由もそうだった。そして、ロンレーヌは自らの聖女としての自分を今や放棄している。だからこそ、この神殿にいる少女達には向かい合う必要があるのだと確信した。エンシェント達は、そんな二人の想いが分かった上で、この神殿の中へと連れてきたのだろう。二人の使命を知った上で。


「人の傷に触れるというのは、こうも苦しいものなのですね」

 エシカは言う。

「そうだね」

 ロンレーヌも頷く。


「ロンレーヌさん、貴方の心の傷にも触れました。貴方の人生も、本当は別の形であって欲しかったのでしょう?」

 その問いかけに対して、ロンレーヌは答えなかった。


 マリー。ロゼ。

 残り二人はそう名乗っていたか。

 彼女達の記憶を辿ろうと想う。


 それが、二人が天に召される為、救われる為の道しるべになるのならば。



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