マリーは何処にでもいる普通の少女だった。
紫色の長い髪の毛は、ヒマワリの付いた帽子がよく似合っていた。
ロンレーヌは、今度は彼女の両手を握りしめる。
マリーは突然、泣き出した。
エシカは、ロンレーヌの背後でおろおろとしていた。
ロンレーヌは、マリーの過去を覗いていた。
マリーは貧しい村で生きていた子だった。
貧しい村の、ちょっとした田舎の貴族の娘として生まれた。
田舎の貴族には権力などという存在を持たなかったが、村の者達から貴族は相当、妬まれていた。上から税金を取る役割をマリーの父親は課されていた。その過程で、村人達の国に対する不満が積もり積もって、マリーの家を襲撃するという計画が立てられていた。
ある日、マリーの家は村人から火を放たれた。
ごうごうと、炎が燃え盛っていた。
マリーは、どうする事も出来ずに慌てふためいていた。
マリーの母親は、農民達の手によって農具で襲撃されたのだと聞く。
幼いマリーは、その事を理解する事が出なかった。父親は武器を手に取って、使用人達と共に農民達に挑んだ。家は何とかして全焼せずに済んだが、父親は紅茶に入れられた毒によって倒れた。
後から聞かされた事だが、使用人達もグルだったらしい。
革命を起こしたのだと、村人達は騒いでいた。
マリーの両親の権力など、たかが知れていた為に、結局、村人達の暮らしはよくはならなった。そして、マリーはその過程で捕らえられ、みなの前で公開処刑をされた。
ロンレーヌは、涙を流しながらマリーの人生を眺めていた。
どうか、彼女に救いがあるように。ロンレーヌは祈りを捧げ続けた。
すると、マリーは涙を流しながら、この場所から消えていった。
魂の浄化。
そして、ロンレーヌは最後にロゼと向き合う。
ロゼは笑顔だった。
果てしない笑顔だった。
その笑顔の奥には、深い悲しみを帯びていた。
ロンレーヌは、ロゼの手を握りしめる。
ロゼの記憶に聖女にされた少女は入り込んでいく。
†
ロゼは、両親から捨てられた子だった。
彼女の育ての親は、森の奥の主である狼のような怪物だった。怪物はロゼに人間の服を着せ、人間の食べ物を与えた。狼の怪物は人に変身出来る姿を持っており、ロゼを育てる事が可能だった。
ただ、ロゼは両親から捨てられたショックの余り、心を閉ざしていた。
彼女の閉ざされた心は、長い年月の間、開かれる事は無かった。
やがて、ロゼは十二歳の誕生日を迎えた時に、森で大規模な狩りが行われた。魔物や怪物を退治するという名目の狩りだった。狩り人である国家の軍人達は、片っ端から森の魔物達を殺して回った。
やがて、魔物達の死骸が累々と積もっていった。ロゼは魔物達と共に生きていた。ロゼは人間達に害する事は無かった。ただ、森の魔物達は違ったのだろ。人間を食べる魔物もいた筈だ。だから、討伐される事となったのだろう。
ロゼの最後の記憶は、ロゼを育ててくれた狼の怪物が沢山の人間達によって魔法で殺される光景だった。それが、彼女が見て、絶望した最後の記憶だった。やがて、ロゼも捕らえられた。彼女は牢屋の中に放り込まれ、化け物達の申し子と言われた。日に日に、ロゼの身体は瘦せ細っていき、彼女は牢獄の中で独り、孤独のまま死んだ。
ロンレーヌは、深い悲しみに襲われる。
そして、立て続けに四人もの非業の最期を遂げた者達の記憶の世界に旅立って、ロンレーヌはかなり心をすり減らしていった。
神殿内に戻ってくると、ロンレーヌが記憶を覗き込んだ四人の子達が、ロンレーヌの事を心配そうに眺めていた。
「私達は、貴方に心の痛みを共感して貰いました…………」
マリーという少女が告げる。
「ですから、私達は、もうすぐ旅立てるかもしれません。此処は魂が滞留する場所。私達は、いつかお空に行かなければならない。最後に、貴方達と出会って本当に良かった」
貴族の娘であるマリーは、みなの代表としてロンレーヌとエシカにそう告げた。
そして、四人の少女達の輪郭が次第にぼやけていく。
気付くと、ロンレーヌとエシカは神殿の前に佇んでいた。
ロンレーヌは、霊体となって、その場所にいた。
エシカは彼女の魂を入れた球体関節人形を抱きしめたまま、ぽかんとした顔で、ロンレーヌを見ていた。
「ロンレーヌ。こんなに美少女だったのですね」
エシカは言う。
「そうだよ。私はこんなに美少女なんだよ」
ロンレーヌは笑う。
キテオンの街で、霊体であるロンレーヌの姿を見たが、正直、その時は少し怖かったような気もする。約百年もの間、キテオンの街で人身御供をしていた少女。彼女はまるで、聖女といった風貌だった。エシカはロンレーヌの身体を抱きしめる。ロンレーヌは嬉しそうな表情をしていた。
「彼女達は、無事、天に昇る事が出来たのかな?」
ロンレーヌは、エンシャント達に向かって訊ねた。
エンシェントの一体は頷く。
<うん。彼女達が、みな、この地下世界を抜けて、天に昇っていく姿が見えたよ。それにしても、君自身も幽霊であるにも関わらず、天に昇ろうとは思わないんだね?>
「うん。私にはまだ、やる事があるから。キテオンの街に再び戻って、街を見守る事。あの聖クイーン教団と、街の者達に加護をもたらすのは窮屈だったけど、充実していなかったわけじゃない。私は生まれてきた使命を放って、今、エシカ達と旅をしている」
ロンレーヌは笑う。
「また、キテオンに戻らなければならないのは分かっているけれど、それでも私は旅をしたい。想い出作りをしたい。それはいけない事なのだと分かっていても」
ロンレーヌは少し悲しそうな表情をしていた。
エシカは、ロンレーヌの手を握りしめる。
彼女と一緒にいたい、という、魔女と呼ばれたエシカの答えだ。
「もう少し、私はみんなと旅をするよ。いいよね?」
外にいたリシュアとラベンダーの二人は頷く。
そろそろ、この地底街にいるのも終わりだ。
地底街の問題は、地底街で。モグラ人達で。アンダー・ワールドの住民達で解決すればいい。介入する事は極めて難しい。ただ、知る、という事は出来る。
そうして、四名は、地底街の旅を終える事になった。
一度、宿に戻った後、また地下鉄に乗らなければならないだろう。