ティーゲルをどう思っているのか――アルマからそう問われ、ファリエはブラウスをスカートの内側に押し込めながら顔を赤くした。
「それは……普通に、頼もしい隊長だと、思ってますよ。ええ、そう、普通に」
「え、じゃあ自分、隊長のコト振ったん? あんたみたいなうるさくて無駄にデカい男、お呼びちゃうねん!って」
わざとらしく両手を口に当てて仰天するアルマの推理に、ファリエものけぞる。
「あ、いえっ、そういうのじゃっ」
慌てる彼女へ、アルマは流し目を向けた。
「じゃあ、アレやな。めんどいけど恨まれても嫌やし、『わたしたちぃ、ずぅーっとお友達でいましょうね!』的なカマトト全開・当たり障りなさすぎアンサーで煙に巻いたんやろ」
「違いますっ。わたし、そんな嫌な人じゃないです!」
「えー、でも口説かれてウザかったんやろ?」
「うざくないです! ちゃんと、恋人になることも前向きに、かん、がえ……」
ファリエの声が尻すぼみになる。ああ、どうして自分はこんなにも単純なのだろう、と今更後悔しても後の祭りだった。
露骨な煽りに全力で乗ってしまい、ほぼほぼ回答を言ってしまったファリエは羞恥と悔しさに打ち震えた。
深い青色の涙目でアルマをにらむが、彼女はニヤニヤ笑いで肩をすくめている。
「なあ、ファリエ? 自分まだ、一人で事情聴取とかはせん方がよさげやね。相手が詐欺師とかやったら、絶対やりこめられて終わりやん」
事実ファリエもその通りであると自覚しているので、怯える猫のようにうなることしか出来なかった。
アルマはひとしきりファリエをからかって満足したらしく、あやすように彼女の銀髪を存外丁寧に撫でる。
「ま、隊長って割と優良物件やもんな。そこそこ男前やし、性格もゴリ押し気味やけど基本優しいし。あの若さで隊長なりはったから、出世も間違いないし……たしか次期団長候補とか、言われてんやっけ?」
「えっ、そうなんですか?」
それは新人補佐官のファリエにとって初耳である。素直に目を丸くした。アルマも彼女の驚きようを見下ろし、得意げに片眉を持ち上げる。
「せやで。だからちょっと前から、結婚願望強めの姉ちゃんらに絡まれることもあって――で、ロマンス方面の感性が腐ってはるから、すぐに『アレはないわぁ』って言われとったみたいやで」
「あー……」
ファリエは今まで知らなかったそんな裏事情に、ほんのり嫉妬を覚えた。だがそれ以上に、結婚願望強めのお姉さま方が「アレはない」と断じる気持ちもよく分かったので、ティーゲルへのフォローの言葉がすぐに出てこなかった。
「……でも、隊長はリスの才能がありますから」
そしてようやく出た擁護が、これであった。
「いや、ごめん、リスの才能って何? あの人って無限に前歯、伸び続けてんの? こわっ」
「あ、いえ、手錠をねじ切っちゃったことはあるけど、そこまでは人間辞めちゃって、いないと思います。きっと」
「もう十分辞めとるやん。隊長ってアレなん? 前世ドラゴンなん?」
アルマが青ざめ、こんな世迷い事を尋ねてきた。
しかしファリエも抱いている疑いだったため、つい笑ってしまった。なるほど、先祖でなく前世ならば可能性は大いにある。
クスクス笑う彼女に、警戒するような目つきだったアルマも表情を明るくした。
「まぁ、ええか。そんな変人やったら、よそに取られる心配なさそうやし。ファリエも乗り気みたいやし、よかったわ」
その言葉で再び耳まで赤くなったファリエだが、小さくはにかんだ。
「はい。その、隊長とは前向きに……えっと、頑張ります」
「なんやねん、それ。政治家の所信表明ちゃうんやから」
アルマが再度、ファリエの髪を撫でる。今度はもう少し豪快に。
「たぶんないと思うけど。でも隊長に泣かされたりしたら、ちゃんと言いに
「みんな……?」
貧弱なファリエの分も剛腕のアルマが殴るなら、まだ分かる。だが“みんな”とは誰なのだろう、とファリエは首をかしげた。それに、アルマが真剣な顔でうなずき返す。
「せや、みんなや。ヘイデンとかメアリ姐さんとか、事務のミランダさんとかロブ君とか、あとその他ワチャワチャ第三部隊の連中やな」
アルマ一人で背負い過ぎである。
「それは……さすがに隊長も死んじゃうと思います。あとかわいそうなので、やめてあげてください」
ファリエは更衣室を出ながら、悲しげな表情でそう訴えた。唇を尖らせて、アルマも再考する。
「たしかに、死なれたら困るな……じゃあ、ファリエとヘイデンの分だけボコって、半殺しぐらいにしとくな」
「はい、お願いします」
ファリエはぺこり、と頭を下げてからハッとなり、もっと根源的な問題点に気付いた。
「違います! 隊長はそんな、酷いことしないと思います! それに傷害罪になっちゃいます!」
「え、今そこに気付いたん?」
焦りで青ざめるファリエに、アルマもギョッとなる。
「分かっててボケに乗っかってんのかと思ったわ……」
しかしアルマが顔色を悪くするのは、なんだか納得できなかった。ファリエも柄になく、露骨にむくれる。
「アルマさんは、日常会話にボケとツッコミとオチを求めすぎです。そんな高等技術、わたしにないです。だって人付き合い、下手なんですよっ」
そうプリプリと怒ったのだが、アルマは秋の青空のような気持ちのいい笑顔だ。
「下手な割に自分、割と打てば響く逸材やと思うで?」
「ああ、確かにそうだな!」
突然低音のいい声が背後から乱入してきたため、二人して廊下を飛び上がった。次いで同時に振り向けば、同じく更衣室から出て来たばかりのティーゲルが立っている。
「あ、隊長……」
どこから聞かれていたのか、と居心地の悪さに顔を引きつらせる二人を気にせず、変人隊長は朗らかに続けた。
「ファリエ嬢は口下手かもしれないが、聞き上手で相槌も上手いから、話しやすい相手で間違いないな!」
普段であれば嬉しい褒め言葉、のはずだが。
つい先ほどまでのアルマとの会話が尾を引いており、ファリエは彼に水を向けられるだけでみるみるうちに赤面していった。頭に生卵を載せれば、すぐに目玉焼きが作れそうな赤さと熱である。
彼女の異変に気付き、ティーゲルが猫目をまたたく。
「む、ファリエ嬢? どうした?」
居たたまれなさと気恥ずかしさが臨界点を越えてしまい、ファリエはその問いに答えなかった。代わりに涙目のまま、ぺしりと彼の腕を叩く。気の抜けた音だが、これでも彼女の全力の一撃である。
「ファ、ファリエ嬢? 一体どうしたんだっ?」
まさかのファリエからの暴力に、ティーゲルが素っ頓狂な声でわなないた。しかしファリエはまだ無言で、精一杯の怖い顔を作っている。落涙寸前だが。
一連のやり取りを間近で観察していたアルマだけが、両者の事情をつぶさに理解したうえで、腹を抱えて一人爆笑した。