目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

49:プチお茶会 in 執務室

 ニーマ市の秋祭りは、拳闘祭なる大変物騒な別名の方が他地域での覚えも明るい。生粋のニーマっ子にとってこれは、割と恥ずべき現象だったりするのだが。

 だが祭りは二日間に渡って行われ、そこで一般人も参加可能なガチンコ・ステゴロ殴り合い大会――つまり異名の由来でもある拳闘大会も行われる、いわば”奇祭”なのだ。物騒な名前で認知されていても、仕方がないだろう。


 なお毎年、そんな仁義なき殴り合いバトル――一応、格闘技経験者と素人で区分けはされている――は市北部の港に設けられる、特設ステージにて毎年行われている。港と市街地には屋台も多数出店しては、参加者や観客の財布を狙うのだ。

 また拳闘大会の優勝者は秋祭り二日目の夜に催される、パレードに参加するのも恒例行事となっている。これはちょっとした栄誉であろう。


 とはいえここに越して来て二年目のファリエはまだ、パレードにお目にかかれていない。出発地点が自分の自宅近くという情報は仕入れているものの、去年はずっと自警団本部内に控えていたのだ。

 そこで号泣する迷子をあやすことと、毎分持ち込まれる遺失物の処理で手一杯だったため、退勤後も家でぐったりと床に突っ伏すことしか出来なかった。なので今年は、パレード見学が密かな目標でもある。


 幸いにしてカーシュ議員が参加するのは、秋祭りの一日目だけだ。そして彼女に付きっきり警護をする予定のティーゲルとファリエは、二日目に休みを取る予定となっている。

 そのしわ寄せは恐ろしいことに、二日目に出勤予定であるシリルに押し寄せそうなのだが――意外にも彼は、不愛想ながらもファリエの警護班入りを喜んでいた。


「お偉い様方に借りを作る事は、大変喜ばしいですから。警護中に可能であれば、弱みも握っておかれるとよろしいかと存じます」

「よ、よろしくないです!」

 休憩中にそんなことを提言され、彼の向かいに座るファリエは泡を食った。

 ティーゲルも含めた三人で、室内の隅に置かれた談話ブースでお茶を楽しんでいる最中のことである。室内が無事に片付いたことで、ティーテーブルも置けるようになったのだ。


 なお、手ずから紅茶を淹れてくれたのは、まさかのシリルだった。お茶は濃いめに抽出されているが渋みやエグみは一切なく、ストレートでもミルクでも楽しめる。意外な特技である。


 そんな紅茶にミルクを入れて楽しむファリエだったが、自分が諜報に向いているとは到底思えない。何かをやらかそうとしてあっさり議員に見つかり、逆に追いつめられる予感しかしない。

 青ざめる震えるファリエへ、はて、とシリルは首を傾げた。ティーカップを持つ挙動と合わせて、黙っていればとても育ちがよく見える。彼が黙っていることは、まずないのだが。

「隊長を囮に、あるいは貴方が囮となって隊長が粗探しを行えば、まずまずの成果を上げそうですが」

 そして言っていることは犯罪者そのものだ。ファリエはぶんぶんと首を振った。筋を痛めそうな勢いである。

「なんの成果も得られませんから!」


 握力が強いため、ハンドルをへし折りそうという理由からティーカップを鷲掴みにしているティーゲルも、隣のシリルへ疑惑の視線を向ける。

「シリル殿は、カーシュ議員に恨みでもあるのか?」

 すまし顔で、シリルは首を振った。

「いいえ、全くございません。お会いした事もありませんから」

「……では、身内に議員と敵対関係の方がいる、とか?」

「まさか。我が家は代々、学者や魔術師を排出する研究者気質の一族ですから、政界には一切興味がありませんね。皆、知的探求心に全身全霊を注がんとする、大人しく心優しき民なのです」


(心優しいっていう表現と副隊長が、全然結びつかない……かも)

 ファリエは黙ったまま薄っすらと、そう考えた。

 ティーゲルも同じだったらしく、琥珀色の目がますます訝しげになっている。

「ひょっとしてシリル殿は養子だったり――いや、何でもない」

 先ほどまでパウンドケーキをつついていたフォークを無言で眼前にかざされ、ティーゲルは両手で顔を守りつつ素直に謝る。


 なおもシリルがティーゲルの眼球を狙うので、注意をそらすためにファリエもあわあわと口を開いた。

「えっと、それじゃあ副隊長は、どうしてカーシュ議員を嫌ってるんです?」

 フォークによる刺突攻撃が止まった。シリルは皿の縁にフォークを置いて、ファリエに向き直る。

「いえ、嫌ってはおりませんよ」

 あっさりの否定に、ファリエはたれ目を大きく瞬かせた。

「え? でもでも、弱みを握りたいって……」

「嫌ってはおりませんが、為政者の弱みは握っておいた方がお得でしょうし、何かと面白い事が起きそうですので。少し気になった次第です」


 つまりは単なる好奇心からの、スパイ行為の激励であるらしい。心優しさは一切見当たらないものの、己の知的探求心がうごめくままに生きている姿は確かに、研究者一族の末裔と言えよう。

 呆れと困惑がないまぜになった青い瞳を向けられ、シリルは肩をすくめる。

「とはいえファリエさんは、まるで呪われていらっしゃるかのような鈍くささを秘めておいでですし、隊長も隊長で嘘が下手でいらっしゃる。弱みをかぎつけるのは、難しそうですね」

「……恐縮です」

「悪かったな、嘘が下手で」


 両者の若干ムッとした顔にも動じず、シリルは淡々と続けた。

「カーシュ議員の警護は大変でしょうが、彼女は市井しせいの方々には気さくかつ、親切な方だと評判でいらっしゃいます。ファリエさんはお祭りに参加されるのは二度目でしょうし、楽しみ半分で警護を務められたらよろしいかと。その方が、緊張もほどけてパフォーマンスも向上なさるでしょう」

 無礼千万かつ反社会的な提案をしていた数分後に、建設的かつ有意義なアドバイスをしてくれるため、シリルという男性は始末が悪い。


 ただファリエも三ヶ月近く同室で働いているため、こういった分かりづらい性格も可愛げと思えるようになっていた。彼女のこの人の好さは、たしかにスパイ活動に不向きだろう。

 こうして、いともあっさりほだされた彼女は、ふにゃりと笑う。

「日傘を持ち歩いても、怒られないでしょうか?」

「ファリエさんが吸血鬼だからこその、ご指名なのでしょう? その点は議員が配慮なさって当然かと」

 シリルの考えに、パウンドケーキを頬張っていたティーゲルも同意する。

「一応団長には、日傘について議員に根回しするよう依頼済みだ。万が一、議員が難癖をつけて来るようだったら、すぐに帰ってやっても構わんだろう。先に無理を言ったのは先方だからな」

 ティーゲルもティーゲルで、二年目のファリエに色々と押し付けている現状に思うところがあるらしい。案外鋭い舌鋒だし、凛々しい眉もしかめられている。


 いざカーシュ議員からあれこれ言われた際にも、これなら安心できそうだ。微笑んだファリエはこてん、と首を傾ける。

「帰ってもやることがないので、護衛は頑張りますね。でもこっそり後ろから、日傘の露先つゆさきで議員の頭を小突こうと思います」

 露先とは、広がった生地の先端についている小さな金属パーツのことである。眉間に当たったりすると、思いのほか痛いのだ。


 思いがけないファリエの武力行使宣言に一瞬ぽかんとして、ティーゲルはすぐに大笑いした。

「ファリエ嬢も段々、肝が据わって来たな!」

「我々の薫陶くんとうの賜物ですね」

 優雅に紅茶を一口飲んで、シリルは涼しげにのたまった。どちらかと言えば、汚染の方がふさわしい気もするが――言わぬが花だ。


 ファリエは覇気のない半笑いで、何故か嬉しそうな上司二人を受け流しつつ壁を見た。そこに時計が引っかけられているのだ。さして面白味もない、木枠のシンプルな時計である。

「あ、そろそろ休憩もおしまいですね」

 彼女の呟きに、ティーゲルも時計を見上げ、肩を落とす。

「仕方がない。あと三時間、頑張るか」

「ええ。馬車馬のように何卒、励んでください」

「いやいや。君も一緒に励むんだぞ?」


 他人事のシリルへすぐさま揚げ足取りをするティーゲルについ笑って、ファリエはトレイへ手を伸ばす。花模様が彫りこまれた木製のトレイに、三人分のティーカップとお皿、そしてティーポットを手際よく載せた。

「これ、洗ってきますね」

 カップを転倒させないよう、慎重に持ち上げる。自分が一番下っ端なのだから、とファリエはこういった雑務を率先して引き受けがちなのである。

 出入口へ向かうファリエを見て、ティーゲルも続いて立ち上がった。そして彼女に先行して、ドアを開けて待ってくれた。


「あ、ありがとうございます」

 ファリエがへどもどと礼を言えば、ティーゲルも笑い返しつつ少し身をかがめた。そのままファリエへ、そっと耳打ちをする。

「祭りの二日目だが、二人で見て回らないか?」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?