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56:屋台での事件

 自警団の公用車は、拳闘大会の特設ステージがある港エリアに到着した。ファリエの自宅がある辺りだ。

 特設ステージ近くの駐車場に車を一度置き、そこからは徒歩で向かう流れとなっている。ステージの周囲にはすでに、沢山の屋台がひしめき合っていた。それと連動して道幅も狭くなってしまっているので、車で進むのは困難なのだ。


 公用車を警備するため、警護班の三分の一はここで待機となる。またカーシュ議員の秘書たちも、運転手役以外はここでお留守番だ。

 議員曰く

「警護の方以外も沢山連れ歩くと、威圧的になってしまいますし。皆さんもお留守番中に、近くを見て回っていてください」

ということらしい。

 慣れた様子で、秘書たちもニコニコと彼女を見送った。


 混みあわないよう、一般客よりも随分早めに会場入りするので、幸い周囲の人気は少なく閑散としている。まだ出店準備も完了していない屋台が多いらしく、あちこちに木箱が積み上げられたままだった。無人の店も目立つ。


 下々には優しいカーシュ議員は

「お祭りの様子を一足先に楽しめるし、嬉しいわ」

と、言葉通り楽しそうに屋台の群れを見渡している。そんな彼女を中心に据えて歩く、黒づくめの制服集団へ、声を張り上げる人物がいた。

「カーシュ議員さーん!」

 斜め前にある屋台の店員らしき女性が、大きく手を振っていた。真鍮製のアクセサリーが軒先に飾られた店である。


「あら、あのお店は何でしょう?」

 カーシュ議員は尋ねつつ、屋台の方へ足を踏み出した。彼女の斜め前に立つティーゲルが答える。

「おそらくアクセサリー型の魔道具を売る店かと。この街は魔道具の工房が多いですから」

「なるほど。きっと廉価な商品を、観光客向けに販売なさっているのね」

 議員はそう言って、しみじみとうなずく。開会式まで時間に余裕もあるため、警護班も彼女と屋台の女性の会話を妨害しなかった。もちろん周囲に不審者がいないか、警戒は怠らない。


 屋台の女性はどうやら、カーシュ議員のファンらしい。笑顔の議員が店の前に立つと、真っ赤になって歓声を上げた。

「本物に会えるなんて……写真で見るよりずっとお綺麗で、びっくりしましたー!」

 わなわなと震え、目も潤んでいる。これが全て嘘で、実は議員を狙う刺客だとしたら恐ろしい演技力だ。

 カーシュ議員も微笑んで、感涙寸前で鼻まで鳴らしている女性の腕を優しくさする。


「こちらこそ、応援してくださる方にお会いできて光栄です。少し、商品を見てもよろしいでしょうか?」

「えっ、そんな! 若い子向けに安い素材で作った、ちゃちな魔道具ばかりですよ! お守りぐらいの効果しかありませんし!」

 女性は瞬く間に青ざめ、恐縮したように腰まで引けている。なんとも感情豊かな人物だ。

 謙虚な有権者に、議員も更ににこにこした。

「そうですね。どれも若い方も喜びそうな、可愛らしいデザインですもの。私の娘もお洒落が好きなので、お土産にすればきっと大喜びです」


 くるり、とカーシュ議員が後方のファリエの方を振り返った。

「すみません、シュタイアさん。娘に何か買って帰りたいので、同世代の目線でお勧めの商品を選んでいただけないでしょうか?」

 突然の任命に、ファリエはびっくりしてその場で少し飛び上がった。いいのだろうか、とつい議員の隣に立つティーゲルの顔を窺う。

 彼もすぐに視線に気付き、ニコリと甘く笑ってうなずいてくれた。どうやら自分がしゃしゃり出ても、問題ないらしい。ファリエもはにかんでうなずき返し、小走りで前へ出た。


 二人の視線のやり取りに気付いたらしく、カーシュ議員が意味ありげに目を細める。そしてティーゲルを見上げた。

「ちなみにホロウェイさんに、お付き合いをなさってる方はいらっしゃいますか? もしいらっしゃるなら、一緒にお土産を選んでみてはいかがでしょうか」

 その質問にファリエはぎくり、と全身を一瞬強張らせてしまった。しかしティーゲルは有事の場合に限ってのみ、肝が据わっている。普段のポーカーフェイス下手ぶりが嘘のように、一切動揺は見せずに愛想笑いを浮かべて肩をすくめた。


「あいにく今は、意中の女性を口説いている真っ最中ですね」

「まあ、そうでしたの……ちなみに勝ち目はおありでしょうか?」

 ぐいぐい突っ込む議員の斜め後ろで、秘書がこっそり苦笑した。またお節介をお焼きになって、と少し呆れているようである。

 ティーゲルも似たり寄ったりの表情で、軽く肩をすくめた。

「そうですね。ありがたいことに、俺のことを憎からず思ってはくれているようです。なので、じっくり腰を据えて頑張っている最中です」


 これは他部隊の面々にとって初耳だったらしく、先ほどまで壁に徹していた警護班がわずかにざわついた。おかげでファリエの、ギクシャクした歩みも多少ごまかされただろう……たぶん。

 それでも雪のように白い肌が、赤らんでいるのまでは隠せていなかった。ファリエは有事でも平時でも、肝が小さいのだ。


 だがカーシュ議員も、先ほどのティーゲルの発言とファリエの顔色で、色々察して気が済んだらしい。それ以上は追及しなかった。代わりにティーゲルへ上品に微笑む。

「真面目で誠実な貴方の恋路が、上手くいくことを応援しております」

「光栄です、ありがとうございます」

 そつなく礼を述べる彼に議員は満足げにうなずき、次いでファリエを手招きして隣に立たせる。

「さあシュタイアさん、お勧めのデザインを教えてくださいな」

「あ、はっ、はい」


 ファリエは何故かティーゲルとカーシュ議員の間に、挟まれるように立たされた。両側から放たれる謎の圧を感じつつ、真剣に商品を吟味する。

 カーシュ議員のご息女を見たことはないが、やはり母親似の凛とした少女なのだろうか――ファリエはそんなことを考えつつ、百合の花が透かし彫りされたバングルを選んだ。甘すぎず、一方で安っぽさもないデザインだ。いわゆる高見え商品である。


「このバングルが、可愛いと思います。シンプルなので、お洋服も選ばなさそうですし」

「あら、本当に素敵ですこと。魔石も鮮やかな黄色なので、あの子に似合いそう」

 落ち着かない様子で商品選びを見守っていた女性店員も、議員の言葉にはしゃぎだす。

「光栄でございます! 実はこちら、本店で発売予定の商品の試供品でもあるんです!」

「まあ。それではまだ、本店にも並んでいない商品ですのね?」

 そう尋ねるカーシュ議員の語尾が、なんとも楽しそうに跳ねている。女性に限らず全人類が好きであろう、流行の先取りの気配を感じたらしい。


 ワクワクする議員へ、女性店員も頬を赤くして大きくうなずいた。

「ええ。今回のお祭りでの反応を見て、販売数を決める予定ですね。なので素材は真鍮にしてますが、デザインはほぼ一緒です。魔石も、オリジナル商品と同じランクのものを使っているので、サイズこそ若干小さいですが質は変わりません」


 商売人らしい怒涛のセールストークに、カーシュ議員はますます笑顔になった。

「あの子も絶対に喜ぶこと、間違いなしですね。それでは、こちらをお願いいたします」

 まさかの即決に女性店員も一瞬面食らうが、すぐに揉み手でうなずいた。

「ありがとうございます! では、せっかく議員さんに買っていただくんですし……念のため、術式の検査もしておきますね。少しお待ちください」

 そう言って屋台の奥にある木箱から、点検用の魔道具を漁り始めた。


 彼女を待つ間、カーシュ議員はファリエを見た。次いで楚々と頭を下げる。

「掘り出し物を見つけてくださって、ありがとうございます」

「いっ、いえっ! カーシュ議員の娘さんならきっと、かっこいい女の子だと思って、そういう子に、似合いそうなのを選んだだけ、でして……」

 ほにょほにょとした弁解に、議員もくすりと笑う。


「そんな風に思っていただけて、光栄です。ちなみにシュタイアさん自身がお好きなデザインは、どれになるのでしょう?」

「ええっと……」

 議員が意味ありげにティーゲルへ目くばせしたことに気付かず、困り顔のファリエは平台に並ぶ商品を再度眺める。


 幸い好みの商品は、すぐに見つかった。平台の左上辺りに並ぶイヤーカフだ。イヤーカフには三日月形のチャームと、赤い魔石がそれぞれ細い鎖でつながれていた。魔石の色味が、ティーゲルの髪色にどことなく似ている赤だったので、思わず心惹かれたのだ。

「わたしはこのイヤーカフみたいなのが、好きです」

「あら、とても可愛らしいですね。魔石も星形に削られて愛らしいですし、貴方にとてもよく似合いそう」

 議員はそこでちらり、と再度ティーゲルを見た。しかし彼女が何か言うよりも早く、女性店員がパタパタ戻って来る。


「すみません、お待たせしまして! 術式の点検だけ、さっと済ませますね」

「ええ、是非お願いします」

 話は立ち消えになってしまったが、議員はすぐに微笑んで応じた。彼女の選んだバングルへ、女性店員が羅針盤に似た点検用の魔道具を近づける。


 その時、ファリエは違和感を覚えた。

 点検用の術式も習得している彼女にしか気付かないであろう、かすかな違和感だ。それは魔道具をちらりと見た時に気付いた。

 違和感の原因が魔道具の表面――青い魔石を囲う術式にあると気付いた時にはすでに、女性店員は魔道具を起動寸前であった。


「待って!」

 血の気が引くと同時に、ファリエは店員の持つ魔道具を強引に奪い取った。だが一瞬遅く、すでに起動を始めていた魔道具の魔石が淡く光り始める。


 ファリエはカーシュ議員をはじめとした、事態にまだ気付けていない周囲を守るため、議員とティーゲルの間から飛び出した。同時に障壁魔術を構築する。

 そして彼女が無人の方角へ魔道具を放り投げるのと、魔石から長く鋭い氷の塊が、無数に飛び出すのはほぼ同時だった。

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